第31話 崩れた憧れ
闘技場の控え室。催しがなければ普段は誰も近づかない場所で嬉々とした声が響く。
「へぇ……まさか、学園から適合者が出るとはね。やはり、天狗様が仰ったことは間違いない。いい報告が出来そうだ。清水……やはり、血は抗えないか!」
ーー嬉しそうに笑う男と、制服姿の白髪の少女。
緋色の目を暗闇に光らせて、笑った。
聖火が学園に戻ると、生徒や教師の暴走にて混乱に満ちていた学園は落ち着きを取り戻していた。
流石は紅蓮階《水鏡》の采配か、水鏡檻で捉えられた生徒、教員達はかなりの数に及び、いずれもぐったりと気絶している。
「水戸先生、話があって……ちょっといいですか?」
「ああ、いいよ」
他の生徒に見られるわけにもいかず、二人は他人行儀な態度を保ったまま、目線だけを交わして闘技場へ向かった。
「聖火、そっちは終わったかな?」
「うん、煉夜は保健室で様子を見て貰ってる」
聖火の答えに水戸は眉間に皺を寄せた。
「……? どうして? アイツはこの件の犯人だよ? 保健室に運ぶ必要はない。協会を呼んで、裁いてもらわないとだよ」
水戸がスマホを取り出し、耳に当てようとするのを聖火は遮った。
「つぐ兄……今回の件だけど、犯人は別にいるよ」
「……え? あの態度と言い、決定打になる狐面まで被ってた。どう考えても、アイツが犯人だよ」
聖火は水戸の物言いと態度に違和感を感じた。
「何でそんなに焦ってるの?」
「……何が言いたい?」
不思議そうに首を傾ける水戸へ、聖火は恐る恐る続ける。
「これは、煉夜から押収した狐面。この狐面から、どうして、つぐ兄の匂いがするの? 」
先程まで晴天だった空が、一瞬にして曇天へと変わった。
「……聖火は優秀だな」
水戸はいつもの砕けた表情とは、まるで別人のような冷たく哀しげな表情を浮かべ、狐面を見つめて口を開く。
「まさかこんな形でバレるとは思わなかったよ」
聖火の"否定して欲しい"という一縷の願いは簡単に砕け散った。
「……ッ! 嘘だ、つぐ兄……ッ! どうしてッ!!」
「聖火……」
水戸は哀愁を漂わせ、目を伏せる。
「お前だけには知られたくなかったよ……」
「……違う」
聖火は何度も首を横に振った。
「違う……つぐ兄が、そんなことするはずない……」
何度言い聞かせても、目の前にいる水戸は何も否定しない。
その沈黙が、何よりも残酷だった。
スルッと聖火の手から狐面が落ちる。
そのまま力が抜けたように、聖火は膝から地面へ崩れ落ちた。
ーーそんなわけない。つぐ兄が狐面の男?
心がざわめき、記憶の中の頼りになる憧れの炎命士、《水鏡》が音を立てて崩れ落ちた。
「……こうなった以上、俺は目的の為なら手段は厭わない。邪魔立てするなら戦うしかないな」
「……何でだよ、つぐ兄! 何でそんな酷いことしてるんだよ!」
珍しく冷静になれず、握った拳を地面に叩きつけた。
ジンジンと拳が痺れる。
聖火は立ち上がり、眼前の"兄だった"存在に目を向け、悲しげに呟いた。
「つぐ兄、まだ間に合うよ。こっち側に戻ってきてよ!」
「……聖火、すまない」
冷たく言い放たれた言葉、聖火は飲み込めずにいた。
ドンドンと胸を拳で叩き、必死に気持ちを切り替える。歯を食い縛って、辛い感情と向き合う。
「はぁ、はぁ……まだ意味がわからなくて頭がおかしくなりそうだ。でも……! 兄貴を止めるのは弟の役目だから、そっちがその気なら覚悟してもらう!」
聖火は真剣な表情で拳を構えた。
聖火の脳裏に、これまでの記憶が蘇る。
初めて任務で共闘した時のこと。
戦い方を教えてくれたこと。
くだらない話で笑い合ったこと。
――全部、嘘だったのか?
「……いや」
聖火は首を横に振る。
「あの時間まで、嘘だったなんて思いたくない」
それでも、目の前にいる男はーー今の聖火にとって、倒すべき敵だった。
「だから……絶対に止めてやる!」
水戸も人差し指を胸に当て、構えの姿勢をとった。
「炎命術……白熾!」
「炎命術……水鏡檻!」
聖火の体を白い光が包み込み、水戸の周囲に四角い4枚の盾が顕現された。
「止められるものなら、止めてみなよ」
水戸は強く踏み込み、一枚の水鏡檻を足場に空中へ飛び上がった。
「炎命術……時雨弓!」
水戸は懐から筆を取り出し、虚空へ書き殴る。
描かれた文字が水蒸気へと変わり、その中から白い弓矢が顕現した。
「聖火が相手なら侮らない方がいいだろうからね。念には念をだよ」
弓を引き、収束された光が矢となって装填。
聖火に狙いを定め、手を離す。空気を切り裂き、真っ直ぐ目標の眉間へと放たれた。
「……ッ!」
地面を強く蹴り、一気に加速。背後で爆発が響き、聖火が先程立っていた地面が抉られ、爆風と砂埃が立ち込める。思ってた以上の威力に驚愕し、聖火は強く踏み込んで跳躍。水戸との間合いを一瞬で詰めた。
「時雨弓の弱点をついての特攻、悪くない。だけど……」
拳を強く握り締め、水戸の頬へと力一杯に放った。
だが、拳が届くギリギリのところで別の水鏡檻に叩き落とされた。地面に叩きつけられる寸前で受け身を取り、更なる追撃を懸念して水戸の方へ視線を向ける。
ーー時雨弓の再装填には五分かかる。
装填される前に片をつける!!
「炎命術……字装・迅!」
聖火の指先に灯る命の炎が"迅"の一文字を描き、空気に混じるように消滅、白い光が輝った。
「聖火が炎命術を使うとは珍しい。それだけ、時雨弓の一撃を警戒してるんだね」
先程とは比べ物にならない程の速度で地面を蹴り、加速。跳躍を繰り返し、目にも止まらない速度で水戸の懐へともう一度潜り込んだ。
拳を強く握り締め、胸の炎が揺れる。
「炎命術……字装・剛!」
赤い光が包み込み、標的を見定めた。
ーー目標は水戸の眉間。
空中浮遊に使っている一枚を除き、残る三枚が三重の壁となって聖火の前に立ちはだかった。
「さあ、どうする? 俺の炎命術を知っているということは、俺も同様。聖火の炎命術は熟知している!!」
拳に灯る赤い光を収束させる。
水鏡檻が防ぐことは分かっている。
――それでも、聖火は拳を止めなかった。
「……こんな壁、ぶっ壊してやるッ!」
ーー瞬間、爆発に近い衝撃と爆風が闘技場を包み込む。
その少し遠い、背後からの視線に聖火はまだ気づいていなかった。
◾️時雨弓
水戸の炎命術で顕現される弓。一矢の威力は相当高いが、使用後、再装填に約5分間使えなくなる。
雨や水分などを吸収すれば、再装填時間は短縮される。
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