第30話 奪われた意志
何もない暗闇の世界で煉夜は目を覚ました。
「ここはどこや?」
周囲を見回しても、何もない。誰も問いかけに答えてくれない。
ーー煉夜、何でこんな事を! 答えてくれ!
憤りを感じている聞き慣れた声が頭の中に響く。
「……聖火? おい、どこや! 聖火!」
暗闇の中、聖火の声が聞こえた方向へひたすらに走る。すると、白い光が見えた。
「……聖火ッ! そこにおるんやな! 待ってろ! 今行く!」
強く踏み出して、一筋の光を追う。
だが、次第に光は弱く、小さくなっていく。
どれだけ走ってもーー届かない。
追っていた光が消え、周囲が真っ赤に染まった。
ーーこの世の中の全ての妖を一匹残らず、殺す。
「やめろや……! そんなん、俺は望んどらへん! やめろおおおおお!」
自分の声で、思ったこともない、言いたくもない言葉が脳裏を駆け巡る。
煉夜は力尽きたように、赤く染まった部屋で気を失った。
「あはははははは! 力が漲ってくる! この力で、全ての妖を一匹残らず、殺したるわ!」
煉夜の背中に無数の腕が生え、それはまるで翼のように連なった。良人の時同様に、その姿はまさしく妖。
「俺の知っている煉夜はそんなこと言わない!」
「何を抜かしとんねん! 俺が煉夜や! お前の知っとる俺ってなんやねん! うっとおしいわ!」
聖火は両足で強く踏み込み、凄まじい速度で跳躍。煉夜の背後に回り込むと、指に命の炎を灯した。
「炎命術……字装・剛」
空中に書き殴られた"剛"の文字が消え、聖火の身体が赤く光る。
「この刀、逃げられへんやろ! いい加減食らえや!」
煉夜の背中から生える無数の腕からは、腕の数に等しく無数の小刀が放たれる。全方位からの逃げ場の無い刀など、お構いなしに聖火は拳を握った。
「……お前、誰だよ! 俺の知ってる煉夜は、見境なく妖を殺そうとする奴じゃない! 自分の正義の為に……力を付け、努力し、勇敢に戦う奴だ!」
煉夜が放った小刀が頬を掠め、鮮血が飛ぶ。
それでも聖火は一歩も引かなかった。
空中に飛んだ小刀を足場にして、さらに加速。
疾風迅雷の如き速度で強く握った拳を迷いなく、煉夜へ放った。
「……嘘やろ! 自爆特攻も甚だしいやないか!」
咄嗟に無数の腕を連ね、鉄壁の肉壁を生成。
瞬時に防御姿勢に入るがーー
「……ッッ!?」
ーーその肉壁は一撃で一網打尽。
たった一撃で赫灼が生成した核が3つ破壊された。
「……嘘やろ? 何でこんな力が……赫灼が圧倒されるなんておかしいやろ!」
聖火は腰を落とし、全身の力を拳へ集中させる。
「俺がお前をーー」
煉夜は一撃を恐れて、目を瞑る。
「ーー絶対に助けてやる!」
拳が煉夜の腹部に強くめり込んだ。
煉夜の身体が宙を浮き、何度も地面に打ち付けられながら吹き飛んでいく。
背中から生えた腕が赤い蒸気となって消滅し、煉夜の顔から赤い狐面がころりと落ちた。
「……煉夜! 大丈夫か! 煉夜!」
必死に呼びかけるが、意識が戻らない。
緋色の世界で煉夜は再び、目を覚ました。
「助けてくれ……助けてくれ……! 俺は、妖と共存したいだけなんや! これは、ほんまの意思や!」
誰に嘆くでも、弁明するわけでもない。ただ、何かに抗って、その言葉を吐きながら跳ね起きた。
ーーお前、誰だよ! 俺の知ってる煉夜は、見境なく妖を殺そうとする奴じゃない! 自分の正義の為に……力を付け、努力し、勇敢に戦う奴だ!
聖火の声が再び聞こえる。その声音は強く、憤りを感じさせるものだった。
「聖火……! そうや! 俺は、ただの一度もそんなこと望んどらん!」
真っ白い光が収束し、聖火の声が聞こえる方へ再び現れた。真っ直ぐ、必死に光を追いかける。
だが、煉夜の足に無数の手が絡みついた。
行く手を阻むように、光がどんどん遠くなっていく。
「俺の身体から出ていけや! 意味わからへんもんが、人様の夢を踏み躙るような真似をするんやないわ!」
手を振り解き、必死に走った。
自分自身の夢を掴み取る為に、必死に。
「俺の夢は、いつか! 妖と共存することや! その夢をこんな所で踏み躙られてたまるかぁぁぁッッ!」
全力を振り絞り、力思いに駆ける。
煉夜は真っ白い光を掴み取り、緋色の世界から脱出した。
瞑ったままの煉夜の瞳から涙がこぼれ落ちるのが見える。聖火は辛そうな表情で見つめ続けた。
「今はまだ……目を覚さないか。保健室に連れて行こう。つぐ兄にも報告しないと……っと、あの面は」
煉夜が付けていた赤い狐面を手に取り、聖火は違和感を感じた。
「……ッ!? えっ……この匂い……ッ!」
ツンとするような匂いが鼻をつき、聖火はハッとした。
「……なんでこの面から、この匂いが?」
聖火の頭の中で様々な情報が混ざり合う。
ーー煉夜は狐面の男じゃない。
煉夜が口にした"赫灼"という丸薬。人格や性格すらも変える程の劇薬を管理してる人間がいる?
緋色の瞳をしていたけれど、自我が保てている?
暴走しないケースも存在しているのか?
疑念が疑念を呼び、聖火は頭の中で一つの仮説を立てた。
ーーこの件は、裏で"あの人"が糸を引いている。
◾️字装・剛
全身の筋力向上、火力向上、身体的防御上昇を付与する字装。
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