第28話 憧れの炎命士
昼休みが終了し、午後の授業の鐘の音が響く。
教室に帰ってきた聖火と煉夜は自分の席に腰を下ろし、授業を待った。
授業内容は日本史について、担当の教員は現炎命士の方。
「よし、それじゃ始めるぞ。教科書の15ページ開けー」
聖火は教科書の15ページ目をめくり、でかでかと書かれた"陰陽師との歩み"という見出しに視線を落とす。
「今日は炎命士協会と凄く仲の悪い陰陽師について、学んでいくぞー」
教員は淡々と授業を開始した。
「昔、歴史に名を残すSSSランクの妖、総称で葬過と呼ばれる存在が居たことは皆知っているね?」
ほぼ全員が頷き、教員は納得したように続ける。
「その葬過との戦いで中心となったのが、火山様率いる炎命士達と、土佐に本拠地を構える陰陽師達だ。両者の協力によって葬過は封じられ、日本は再び平和を取り戻した。お互いを信頼していたそうだ」
生徒の一人が学園から支給された教科書を読んで、首を傾ける。
「先生、この教科書には仲が悪いと記載されてますが……」
「良い疑問だね。そう、仲が悪くなったんだ。昔は共に妖を屠り、平和を築こうとしていた。陰陽師は妖を封印し秩序を守る。炎命士は妖を倒すことで終わらせる。この思想の違いが大きくなっていったと言われているよ」
教員は掌をパンっと叩いた。
「それでも、お互いに思っている事は変わらない。いつか、肩を並べて妖を共に倒せる未来が実現する可能性だってある。君達が炎命士になった時に、どんな炎命士になりたいか、考えた事はあるかい?」
教員は腕を組んで、教科書を閉じる。
「ここからは授業とは脱線するが、それも良いだろう。憧れの炎命士をあげてみて欲しいんだ。じゃあ、授業を退屈そうに聞いている煉夜から!」
煉夜は、突然名前を呼ばれた事に驚き、机と椅子をずらしながら動揺したように立ち上がった。
「別に退屈やない……! 憧れの炎命士? そんなもん、一人しかおらんわ」
「へぇ、先生のこと?」
教員は顎に手を当てて、ニヤリと笑う。
「ちゃうちゃう、そんな無名ちゃうねん。紅蓮階の血盟や。一回助けられたことあんねん」
教員のキメ顔も虚しく、聖火は驚いた。
「先生も業火階だから一応無名ではないんだけど……まあ良いや。血盟の炎命士ね。こんなに早く名前が上がるとは思わなかったよ。助けられたってのは?」
「3年くらい前やったかな。突然遭遇した妖に襲われた時、守ってくれたんや。かっこよかったで!」
教員は、うんうんと頷き、血盟について語り始めた。
「素性は不明、名前も不明、背丈から見るに大柄な男だと推測されてて……紅蓮階しか、その正体を知らない。業火から下には一切降りてこないんだ。俺は実際に会った事はないけど、素晴らしい人なんだろうな」
聖火は内心ヒヤヒヤしながら聞いていた。
ーー煉夜を助けた? いつのことか、全く身に覚えがない。
後ろを振り返ると、煉夜は自慢げに笑っていた。
「他には居るかな? じゃあ、君!」
「私は炎道大地様です! あの大人の貫禄っていうか、本当に凄くて!! 多くを語らない寡黙なところもかっこいいんです!」
女子生徒は立ち上がりながら興奮したように言った。
ーー中身は子供っぽい大人だし、寡黙に見せて、身内じゃ妖倒すことくらいしか能が無いような人だけどね。
心の中で辛辣な評価をし、次に答える生徒へ視線を向けた。
「僕は、《白夜叉》です。あの剣捌き、紅蓮階じゃ剣の腕前で彼女の次に出る者は居ないって!! 一度お会いしてみたいです」
ーー小夜さんは確かに強い。あり得ないほどの神速な抜刀。朔さんの抜刀を見たからこそ分かるが、小夜さんの剣捌きは別格だ。
その後も何人か同じようにして名前が上がる度、聖火は自分のことのように内心喜んだ。
紅蓮階は未来の炎命士達にここまでの夢や希望を与え続けられているのだと、実感する程喜びが絶えない。
「残念ながら、先生って言ってくれる人は居ないか。じゃあ、聖火。君は憧れてる炎命士は居るかな?」
そろそろ自分の番が来そうだと思っていた聖火は立ち上がり、真剣な表情で口を開いた。
「俺は特別講師に来てくれてますが、《水鏡》水戸貞継さんです。技術力の高さや強さは勿論ですが、何よりも最優先に人を助けようとする炎命士だからです!」
教室の空気が一瞬止まったかに見えた。
「ええと、誰からか聞いたのかな?」
「あっ……そうです。好きすぎて、聞いたことを自分のことのように語ってしまいました! すみません!」
聖火はうっかり滑った口を悔いて、笑って誤魔化した。
「時間的に授業はここまでだな。次の授業は……」
鐘の音が響き、授業が終わったと同時に聖火のスマホがズボンのポケットの中で振動した。
「……?」
スマホを取り出すと、水戸からメッセージが届いていた。内容は寮部屋に来て欲しいとのことだった。
「お? どうしたん? 聖火」
「ちょっと寮に忘れ物したみたい。取りに行ってくるよ」
「そーなん。それはしゃーないなぁ。次の授業に間に合うようにな!」
聖火は笑顔で教室を出る。
緊急的な呼び出しに胸の中のざわめきが取れない。
何か嫌な予感がしていた。
寮の部屋に入ると、ツンとしたメントール系のタバコの匂いが鼻をつく。寮の窓を開け、喫煙している水戸が立っていた。
「つぐ兄、急な呼び出しどうしたの?」
「聖火、落ち着いて聞いてくれ! 赤い狐面の男の正体が分かったんだ」
水戸の言葉に聖火は喜びと怒り、不安が全身を駆け回る。だが、それでも冷静さを欠かんと深く頷いた。
「学園内部の生徒? 教員?」
「……いや、生徒だよ」
ーーなぜだろう。急に胸のざわめきが煩くなった。
「聖火のクラスメイト、火神煉夜。彼が赤い狐面の男の正体で間違いない」
「……ッ! そんな……! つぐ兄、それは嘘だよね? いや、だって…‥あいつはそんな奴じゃ……!」
聖火は驚嘆のあまり、水戸の顔を睨みつけた。
だが、眉ひとつ動かさない水戸の真剣な表情が全てを物語っている。
「……聖火には酷な話だよな。大切な友達がそんな風に言われたら疑いたくなる気持ちもわかる。俺の目で見てしまったんだ……火神が狐面を付けるところをな」
水戸は辛そうな聖火の感情を汲み取って、頭の上にポンと手を置いた。
「聖火、これは任務だ。俺達、紅蓮階に課せられた学園の秩序を守る為の……覚悟が決められなければ、俺が捕縛する。無理はしなくていい」
「つぐ兄……大丈夫だよ。いつまでも、つぐ兄の優しさに甘えてたら、俺は強くなれない。だから、大丈夫。煉夜に聞いてみる、何でこんなことをしてるのか。そうしたら、何かわかるかもしれない」
聖火の心の中はぐちゃぐちゃだった。
ただ、自分の私情による迷惑を水戸にかけたくない。
ーー煉夜、何でこんなことを?
良い妖を守れるような世界を作るんじゃなかったのかよ!
聖火の憤った言葉は胸の中で響く。
「つぐ兄、煉夜の所に行くよ」
「ああ、俺も行こう。この事件に幕を引きに行くぞ!」
聖火と水戸の二人は煉夜の元へと向かった。
その頃ーー
煉夜は一人、中庭で空を見上げていた。
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