第26話 微笑ましい日常
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生徒達は授業に没頭し、静まり返った廊下を狐面の男が走り抜け、それを聖火が追いかける。
「意外と早い! それなら、炎命術……熾火」
聖火の身体の中の炎が燃え滾り、目には見えない橙の小さな光が体を灯す。先程とは別物にならないほどの速度で、狐面の男の影を追った。
追いつけそうで追いつけない距離を走り続け、気がつくと校舎からは離れ、闘技場付近の通路に到達。狐面の男は逃げ込むように闘技場へ入り込んだ。
「……こっちにきたはず」
聖火が周囲を見回すも、誰も居ない。
耳を澄まし、気配や殺気を辿るが、闘技場内に聖火以外の人間が引っかかる事はなかった。
ーー逃したか、つぐ兄のところに戻ろう。
聖火は踵を返し、水戸の方へと去っていった。
保健室近くの廊下に戻ると、水鏡檻に先程の生徒が閉じ込められ、捕縛されていた。
「つぐ兄、大丈夫だった?」
「ああ、俺は大丈夫だよ。そっちは?」
聖火が首を横に振ると、水戸は訝しげな表情で顎を触る。
「逃げ足も早く、誰なのかの特定も出来ない。聖火で捕まえられないのなら、俺でも厳しいな」
「闘技場に逃げ込まれて、気づいたら居なかったんだ。油断したよ、つぐ兄ごめん」
落ち込む聖火の頭に手を置き、水戸は優しく微笑む。
「大丈夫、心配すんな! こういう奴らは必ず、もう一度現れる。次こそ捕えよう!」
聖火は水戸の態度に安堵し、満面の笑みで首を縦に振った。
「一つお願いがあるんだけど、聖火、これから火山様に会って、状況の説明がしたい! 一緒に着いてきてくれるかい?」
「それは構わないけど……俺も?」
「状況説明は多ければ多いほど良いからね。火山様には先に連絡して許可は得てる」
「分かった、それなら行こう」
水戸と聖火の2人は理事長室へと向かい、扉を叩いた。
他の生徒達の授業時間が終わり、朋絵と美澄、朔の3人は席が近いこともあってか、次の授業の準備をしながら話をしていた。
「さっきの廊下での騒ぎは何だったのかしら?」
「……私達が離れてる間に……朔が対応したって」
首を傾け、疑問符を浮かべる2人に対し、朔は口を開く。
「目が赤くなって自我を失うっていう、最近学園外で噂になってるアレのことだよ」
「炎命士協会からメールで通達が来てた気がするわ。それが学園にも入ってきたってことかしら?」
スマホをスクロールし、届いていたメールの内容に視線を落とした。
朔がコクリと頷いたのに反応して、美澄が続ける。
「その生徒は入学前からおかしかったってこと?」
「いや、隣のクラスの龍馬君が昨日は普通だったって言ってたから、違うと思う」
朋絵と美澄は訝しげな表情を浮かべる。
「それじゃ……何処かで何かを投与されたか、付与されたか。でも、これが誰かの意図的なものなら……」
「100%焔獄衆ね。現時点で断定は出来ないけれど、学園にも入り込んでるってことになるわ」
朔は良人のことを脳裏に浮かべ、2人の会話から推測して、その可能性が高いことを頭の中で肯定する。
ーーあの時のことは、龍馬と聖火、朔の3人、火山理事長、小夜の2人の秘密にすると言われた。
2人がいくらプロ炎命士の焔階級で、友達だとしても簡単には口に出せない。朔は、静かに口を噤んだ。
「焔獄衆……私は会ったことないけど、2人はあるの?」
朔の問いかけに反応したのは、朋絵だった。
「……うん、あるよ。命の炎を燃やして、自分達の利害の為ならば、手段も厭わない。妖を利用して目的を達成したり、ロクな奴は居ないかな」
「そうね。今までは大した統率も取れてない、輩の集まりみたいなものだったのに、最近は誰かが上に立ったという噂もあるわ。奴らの動きに一貫性があるの……あっ、今のは聞いてないことにして頂戴!!」
朋絵と美澄は炎命士協会の外秘情報を口にしていることに気がつき、冷や汗を浮かべる。
「ごめんね、私が興味本位で聞いてしまったばかりに!!」
「朔が謝ることじゃないよ、大丈夫!」
そう言って、朋絵は優しく微笑んだ。
「ごめんね、どうしても気になって! 話を戻すのだけど、その生徒を朔はどうやって止めたのかしら?」
美澄は興味本位で前のめりに聞く。
「私には特殊な眼があるって話は2人にしたと思うんだけど、赤目の生徒達からは妖に近しい力、核を感じ取ることが出来る。それを私は斬っただけ」
「……黒炎眼にしか成せないやり方ってことだね」
「他の生徒から聞いた情報だと、水戸先生は水鏡檻に閉じ込めて捕縛したみたいだし、凡庸性のある解決方法は無さそうね」
やれやれと2人は首を横に振る。
「情報ありがとう。もし、私達2人がその状態になったとしたら、朔。その時は私達のことを任せたわよ」
朔の方を向いて、2人はにこりと笑った。
「えぇ……うん。出来る限りのことはするよ! でもそれは私も同じ! その時はお願い!!」
「当たり前だよ。だってもう、朔は友達だもん」
美澄は自分が言われたわけではないが、朋絵の物言いに驚いた表情を浮かべ、微笑ましそうに笑う。
「極度の人見知りの朋絵が……成長したわね! よほど、朔の事が気に入ったのかしら?」
「……うるさい! そんなんじゃ……っ! 初めて会った時から、気になってたから……」
どんどん声が小さくなり、美澄は意地悪そうに聞き返した。
「え? なんて言ったかしら?」
「……うるさい! ちょっとお手洗い……」
朋絵は恥ずかしそうに顔を赤らめて、教室を出て行った。
「朔、ありがとうね。朋絵があんなこと言うなんて、ビックリしちゃったわ!」
「いやいや、私は何も……寧ろ、声を掛けてくれた2人に感謝してるくらいで……ほんとに」
「良いのよ、困ってる時はお互い様でしょ。これからもよろしくね!」
以前より、明らかに明るくなった朔を見て、美澄は胸の中で心の底から安堵した。
授業が始まる鐘の音が届き、小走りで現れた朋絵に茶々を入れながら、微笑ましい日常がまた始まる。
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