第21話 箱庭の境界
この度は山に来てくださり、誠にありがとうございます!
早朝、クラス分け試験の結果が昇降口の至る所に張り出された。聖火は自分が"B"クラスだと確認し、教室へと向かう。
西洋の王宮を彷彿とさせる豪華な壁や床のデザインは、まるでここが日本ではないと思わせるような造り。教室も豪華な一室で、内装まで拘られている。
窓際の席に座り、ぼーっと窓の外を見つめる。
ーー入学早々、色々なことがあった。
あの狐面の男は何者なのか、良人のあの姿は一体。
頭の中で掻き回してみても、状況がバラバラと崩れるくらいで明確に答えは出ない。着々と解明していくしかないと、心に決意していると、他のクラスメイト達が続々と教室の席に腰を下ろし始めた。
真新しい制服のデザインを自慢しあったり、自分なりの着こなしを試したりと楽しんでいるようだった。
「えっ……あの子ってもしかして……」
「同じクラスなの!? 最悪なんだけど……」
ヒソヒソと聞こえる言葉の数々、女生徒だけではなく、男子生徒までもが聖火を見るなり、口元を隠して白々しい視線を向ける。
「焔獄衆とも繋がってる噂だよ……」
「強かったら何しても良いのかよ!」
「こっち見てるぞ、絶対関わらない方がいいな」
ーー流石は階級社会か。
良人のことがあっても、そう簡単に変わらないのは、この日本の闇となる部分の根底がそこにあるからであろう。
聖火は特に気にも留めずに、その言葉を無視する。
するとーー教室の後ろの席で机の上に椅子を上げたあからさまに態度の悪い少年が口を開く。
「空気の悪い教室やな……お前らヒソヒソ話さんで、本人に直接言ったらええんちゃう? まあ無理か、名家って言ったって、腰抜けの集まりやもんな!」
少年の声に何人かの厳しい目線が集まる。少年は、一番近い席の男子生徒へ詰め寄った。
「なんや? 言いたいことあるんやったら目じゃなくて、口使ったらどうや! あ?」
「……き、君みたいな品のない人に凄まれても怖くないよ!」
男子生徒は声を震わせ、目をぎょろぎょろと動かす。明らかに動揺している様子だった。
「へぇ、言いたい事を面と向かって言われへんよう奴が、品を語るんやな。めでたい頭やわ!!」
男子生徒は俯き、そのまま黙ってしまった。
「……最後まで絡まれへんねやったら、最初から絡んでくんなや!…… まあいいや、えーっと……」
少年は聖火の近くまで歩み寄り、笑う。
「大和聖火やったか? 大丈夫か?」
「え……なんで俺の名前を?」
質問で返された少年は喉を鳴らし、訝しげに応える。
「あれだけ闘技場で暴れててんから、覚えとらん奴はおらんのちゃうかな……?」
「そっか、ごめんごめん。えーっと、君は?」
聖火の問いかけに少年は胸に握った拳を置き、ドンと構える勢いで言い放つ。
「俺は火神煉夜、よろしく」
煉夜が首を傾け、握手を求める。彼の両耳についた十字架のピアスが揺れた。
「うん、よろしく!」
差し出された煉夜の手を握り、握手を交える。澱みと空気の重い教室の中で唯一、2人の近くだけが晴れているように見えた。
その後、担任が現れ、全員の自己紹介込みのHRもあっという間に終わり、昼食まで時間が進む。
「聖火、外で飯食わへんか?」
「いいよ! ついでに他のクラスも軽く覗きたいんだけど、いいかな?」
聖火の言葉に煉夜は首を縦に振る。
廊下内でもかなり注目されているようで、目線が痛い。煉夜は気にも留めていない様子だった。
Cクラスの教室では、美澄と朋絵の2人の横に朔が座っている。朔は少し緊張している様子だったが、美澄が優しく手を差し伸べていた。
「それでね、朋絵ったらーー」
「それ言わないで……!」
「ふふふっ!」
3人の仲良くしている光景が目に入って、聖火は満足げに通り過ぎる。心の中で美澄と朋絵にお礼を言った。
「「「龍馬さん、万歳!万歳!」」」
一風変わった掛け声がAクラスの教室から響く。
「龍馬さん、なんでそんなお強いのですか!! 炎命術の強さの秘訣はズバリ!?」
「はっはっはー! ズバリ、アレじゃ! 気合いじゃき! おんしらも気合を入れるといいぜよ!」
「なるほど! 深いです!」
龍馬を中心にクラスの雰囲気が回っているようだった。その団結力に異常性を見出してしまうほどには。
「なんやアレ……あの龍馬って、聖火と戦っとった奴やろ? なんか崇められとるけど、そんなタイプなん?」
聖火は横に首を振った。あまりに異様な光景に驚きを隠せない。
「アレが龍馬のカリスマ性?」
「いくら入学前に目立ってたとしても、今日のこの短い時間でああなるのは凄すぎやろ」
煉夜は半ば困惑しながら、ぽりぽりと額を掻く。
「ほな、中庭で食べよか」
校舎の前にある大きな階段に腰を下ろし、二人は途中の購買で購入したサンドウィッチに齧り付く。
ハムとレタスとマヨネーズが挟まっているだけだが、お腹を満たすにはちょうど良い大きさだ。
昼食を終えると、煉夜が口を開いた。
「何処もかしこも名家名家って変わらへんな。関東も関西も根本は同じや」
「煉夜は関西から来たの?」
聖火の問いに頷き、煉夜は続ける。
「せや、俺の出身は特に家柄差別が酷かって、ああいう空気感には敏感になってしまうんや。すまんな、口を出してしまって……」
「いや、あんな風に言ってもらえたことは無いから、嬉しかったよ。ありがとう!」
煉夜は、照れ臭そうに顔を赤らめた。
「ばっ……そんなことでお礼なんて要らん! それに俺が気になっただけやから、ほんまに気にせんでええ!」
「ふふっ!」
聖火は素直じゃない煉夜を見て、思わず笑った。
「何笑っとんねん! お前えええ!」
煉夜が拳を振り上げるフリをすると、聖火は弾けたような笑い声を上げた。二人の友情が芽生え始めた階段は、午後の柔らかい日差しに包まれている。
その様子を、校舎の屋上の縁から静かに見下ろす小さな影があった。
煌々と降り注ぐ日差しの中、漆黒の身体は重く深く暗い。その影は、楽しげに肩を並べる二人の姿を、瞬き一つせずに捉え続けている。
聖火と煉夜が立ち上がり、談笑しながら校舎の中へと消えていった後も、その視線は続いていた。
二人が去った後、屋上には、一枚の漆黒の羽が残されていた。風が吹き抜け、羽がふわりと宙を舞う。
それを見届けるように、小さな影は音もなく、陽炎のように溶けて消えた。




