第14話 赫灼の産声
拙作を読みに来てくださり、誠にありがとうございます。今回も後書きに設定資料を添付しますので、楽しんで頂けたら光栄です。
意識が浮上し、瞼を恐る恐る開く。霞んだ白い壁が視界に映し出された。
骨が軋み、細胞が、内臓が内側から悲鳴を上げる。聖火との闘技場での戦い、孔雀家の顔に泥を塗った敗北の瞬間、破魂による身体的損傷、その全てが痛みに変換され、脳髄を掻き乱していた。
「ぐ……あ、ぁぁ……ッ!!」
喉奥から漏れたのは声にならない声、獣のような呻きだった。ここは何処だろう、医薬品の匂いが鼻腔をつき、霞んだ視界で周囲を見回そうにも、身体が思うように動かない。
視界の奥で意識を手放す前の映像が脳裏を貫く。
朔と聖火に対する憎悪、憎い、殺したいという渇望が焼けるような痛みと混ざり合った。
「ーーほう、随分と激しい憎悪をお持ちのようだ」
頭上から降ってきた野太く低い声。話し方でどんな人物か気取られないように工夫しているような話し方をしている。
「……だ、誰だ!?」
闇の中から現れたのは、赤い狐のお面を被った男。窓も扉も閉ざされた空間に、招かれざる者が滑り込む。良人は痛みに歪んだ顔を上げ、憎悪を込めた双眸で男を射抜いた。
「私のことはいいのです、それよりもこれを……」
男は懐から取り出したのは、指先程の小さな小瓶。中には脈動する赤黒い液体が封じ込められていた。液体だというのに、まるで生物のように蠢く。
「良人様の憎悪を燃やす燃料となる薬、赫灼でございます」
男が蓋を開けた途端、室内に濃厚な焦げ臭い気配が充満する。憎悪と欲望で溢れる心中、鼻をつく訝しげな臭いですらも、良人の人間としての境界線を、甘美なまでに誘惑していた。
良人は震える手で小瓶を奪い取り、なんの躊躇いもなく、その中身を喉に流し込んだ。
「……ッ!? うっ、がっ……ぁぁぁッ……!!」
ゆっくりと巨大な鼓動が良人の身体を支配する。思わず、目を見開き、自らの首を絞める。動悸が、鼓動の音が、耳を劈く断末魔の悲鳴のように憑依した。
白濁の歪んだシーツを爪で切り裂き、小瓶が音を立てて割れる。身体の皮膚という皮膚から血管が膨れ、瞳孔が赤く腫れる。
「……はぁ、はぁ……はぁ……ッ……!!」
「流石は孔雀家のご長男、この試練を乗り越えるとは!! 貴方なら、その憎悪を燃やし尽くすことが出来る!」
狐面の男は、仮面の奥底で口元を歪める。
「力が……力が、溢れてくる! この力さえあれば、あの憎き朔も、聖火も屠れる!」
良人はピントの合ってない瞳で、爪から血の滲んだ指先を眺め、拳を握り締めた。涎が垂れ、憎悪を剥き出しに獲物を屠る想像を掻き立てる姿は正に獣。
「それでは、私はこれで」
狐面の男はそう言って、闇夜に溶け込み、その場から姿を消した。
翌朝から始まる学園の平穏が音を立てて崩れたことを、誰も知る由はない。
春の夜明け、草木生い茂る山々から陽の光が差し込むか否かの時間。
早起きに勤しみ、真新しい制服に身を包んだ聖火は、家の庭で素振りの稽古をしている大地の元に顔を出した。
「もう行くのか?」
「うん」
大地は素振りを止め、にっこりと笑う。
「純恋とは話せたみたいだな。暫く相棒は解消か。まぁ、大丈夫だな! 心配しなくてもお前ならやれるさ」
真っ直ぐ瞳を見て、親指を立てた。
「あっ……あのことなんだけど……」
「おう、任せとけ! 大丈夫だ! お前も1発かましてこい!」
「うん! ありがとう! 行ってきます!」
そう言って、聖火は炎道家を後にする。
不安と孤独の入り混じった想いを胸に、聖火は学園への道を一歩ずつ歩み進めた。
学園に着くと、学生寮の場所を把握すべく、校舎内へと足を運ぶ。まだ夜明け過ぎな為か、聖火以外の生徒は殆ど来ていなかった。
火山より支給された"入学の知らせ"を頼りに、寮部屋の番号を把握、机が二つに二段ベッドが置いてあるだけの殺風景な部屋に辿り着いた。案の定、同室の生徒も来ていないようだ。荷物を置き、寮を後にした。
清々しい春の朝の空気は、肌に触れるとひんやり冷たい。寮から体育館に繋がる長い廊下は不穏な静かさを漂わせている。
「……?」
ふと、何処からか薬品のような鼻をつく、焦げ臭い匂いを感じ、足を止める。窓の外から差し込む光が一瞬だけどろっとした赤色に見え、聖火は眉間に皺を寄せる。明らかに異常だが、すぐ元に戻った。
ーーなんだったのだろうか。
瞬きして周囲を見回しても、鼻をつく匂いは愚か、突然見えた赤色ですらも無くなっていた。
聖火は"違和感"を気にしながら、闘技場へと向かう。
「ふむ、私の"隠形"に気づくとは」
物陰に息を潜めていた赤い狐面の男は、聖火に警戒の心を捧ぎ、闇に紛れ込む。
闘技場へ入ると、誰もいない静寂が聖火の不安と孤独を強める。
傍らに居てくれた相棒も、支えてくれた兄も、心強い友も、聖火の側には居ない。
火山も迂闊に頼りにするわけにもいかない。
「はぁ……」
不安混じりの溜息が溢れ、空気が澱む。
聖火は胸部に指を立て、静かに呟いた。
「炎命術……熾火」
生命の炎が身体中を巡り、目視で確認出来ないほどの微量な橙の光が灯る。血管と筋肉が火照り、瞳に炎が宿ったかに見えた。
「……その程度で隠れているつもりか?」
ーー応答はない。
だが、聖火の研ぎ澄まされた直感は、確かな"質量"をそこに感じていた。静寂そのものが、獲物を狙う狩人の息を殺している。
その瞬間、闘技場の誰もいないはずの観客席から喝采の拍手が降り注いだ。
「お見事、凄いですね。貴殿は普通の生徒ではないようだ、何処の誰ですかな?」
ステージの中心、黒い影の中から現れたのは、赤い狐面。
男は超高速で掌を叩き、優雅に礼をとった。
「それは俺の台詞だよ。……何者だ?」
床を蹴り、一気に距離を詰める。洗練された拳を男の顔面へと叩き込んだ。
確実に捉えたはずな感触は、霧を突いたかのように虚しく空を切る。男の姿が陽炎となって揺らぎ、残像に。
「……血の気が盛んなのは良いことですが、今はまだその時ではありません。それに……!」
男の声は講堂のあらゆる方向から響き、聖火を嘲笑った。
「おっと、これ以上は野暮というもの」
再び闘技場には静寂が訪れ、男の気配も消失。
聖火は荒い呼吸を整え、拳を固く握りしめた。
◾️赫灼
良人が赤い狐面の男に渡された脈動する赤い液体。
効果不明、出所不明、不穏な空気だけが漂う。
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次回更新は7/18 17:00を予定しております。
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