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追放先は辺境の廃塔でした   作者: 星海凡夫


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第59章 〜目覚めぬ塔〜


谷底に降りると、空気が変わった。冷たく、重く、肌にまとわりつくような気配があった。かつて峡谷で感じた歪みの名残に似ているが、それよりも古く、深い。リサンドラが剣を抜き、レナが短剣を構え、ライラが額のルーンを輝かせた。ミリは胸元の鍵をそっと握りしめ、俺は管理ツールを手に取った。


「この気配は」ライラが囁いた。「歪みというより、古い悲しみに近い」

「悲しみ?」

「ええ。何かが長い間、ここで嘆いている」


塔の入り口は、谷底から伸びる石段の先にあった。扉は鉄と青銅で出来ていて、全面にルーンが刻まれていた。しかし、その多くはひび割れ、所々が溶けたように歪んでいた。


「封印が破れかけている」ライラが言った。「中の歪みが外に漏れ出している証拠です」


ミリが一歩前に出た。手にした祖父の鍵が、かすかに輝き始めていた。

「鍵が光ってる」

「必要なときが来たんだ」俺は言った。

「はい」

彼女は震える手で鍵を扉の中央の鍵穴に差し込んだ。鍵が独りでに回り、重い音を立てて扉が開いた。


途端に、中から冷たい風が吹き出した。風は紫の光の粒子を含み、周囲の岩に当たって消えた。その奥は暗く、かすかに輝く苔だけが、かつての大広間の輪郭を照らし出していた。


「ここが、目覚めぬ塔」リサンドラが言った。「三百年前、守護者が反乱を起こし、封鎖された場所」

「そして今も、何かが生きている」レナが続けた。


大広間の中央には、崩れた柱と、ひっくり返った台座が散乱していた。壁には戦闘の痕があり、所々に黒い染みが残っていた。そして奥の壁には、巨大な両開きの扉がそびえていた。その前に、三体の人影が立っていた。


人影――いや、かつては守護者だったものたちだ。形は俺たちの守護者とよく似ているが、全身が紫の光に蝕まれ、関節からは歪んだマナが漏れ出していた。目は空洞で、口に当たる部分は溶けて閉じていた。彼らはゆっくりと、しかし確実に、俺たちのほうへ向きを変えた。


「狂ってる」ライラが言った。「あれはもう正気じゃない」

「戦うしかないか」レナが短剣を構えた。

「みんな、無理はするな」俺は管理ツールを掲げた。「目標は奥の扉だ。あそこに、封鎖された守護者がいるはずだ」


狂った守護者たちが動き出した。戦闘は、一瞬で始まった。


リサンドラが先陣を切り、エルフの剣が紫の光を切り裂く。しかし狂った守護者は痛みを感じないらしく、剣をかわさずに突き進んできた。彼女は素早く横に跳び、受け流しながら距離を取った。


「硬い」彼女は言った。

「星鉄なら通じるか」レナが短剣を振るい、一体の腕を切り落とした。しかし腕は地面に落ちてもなお蠢き、紫の光を放ち続けていた。

「完全には倒せない」ライラが叫んだ。「時間稼ぎしかできません」

「その時間を稼ぐ」俺は管理ツールの刃を星鉄の切断モードに変え、リサンドラの相手をしていた個体の側面に切り込んだ。刃は歪んだ装甲に食い込んだが、深くは入らなかった。


ミリは、祖父の鍵を握りしめたまま、奥の扉の前に立っていた。彼女は戦士ではない。彼女にできることは、ただ一つ。震える手で鍵を差し込み――鍵が輝き、今度は扉全体が青いルーンで満たされた。

「開いた!」

「全員、奥へ!」俺は叫んだ。


リサンドラとレナが最後の一撃で守護者たちを押し返し、俺たちは奥の扉をくぐった。ライラが素早く後ろ手に扉を閉め、額のルーンで仮の封印を施した。

「長くは保ちません。急いで」

「わかってる」


扉の向こうは、大広間よりもずっと狭い円形の部屋だった。壁には無数のルーンが刻まれ、天井は見えない高さまで続いていた。そして部屋の中央に、一体の守護者が立っていた。


この守護者は、先ほどの三体とは明らかに違っていた。紫の歪みはなく、装甲は所々破損しているものの、全身がかすかな青い光を放っていた。片膝をつき、頭を垂れ、まるで祈りを捧げているかのようだった。


「あなたが……」ライラが息を呑んだ。「封鎖された守護者」

「そうです」守護者はゆっくりと頭を上げた。目は青く輝き、声は静かで、驚くほど人間的だった。「私はこの塔の最後の衛士。三百年前、反乱を起こした同胞によってここに封じられました」

「なぜ反乱を?」

「歪みのためです。塔の奥深くに封じられていた神の欠片が、何者かによって暴かれ、その歪みが守護者たちを狂わせた。私は最期まで正気を保ちましたが、反乱を止めることはできなかった」

「神の欠片がここにも?」俺は問いかけた。

「はい。峡谷の欠片は浄化されたと聞きました。あなたがたが為したことです。しかし、この塔の欠片はまだ浄化されていません。奥深くで、今も歪みを放ち続けている」

「それを浄化するために来た」

「感謝します。私は長い間、助けを待っていました。しかし、浄化には鍵が必要です。この塔の鍵――」

「それならここに」ミリが鍵を差し出した。祖父の鍵は、今や守護者の青い光と共鳴し、黄金色に輝いていた。


「その鍵は、私を封じるために使われたものです。しかし同時に、私を解放する鍵でもある。あなたがたが浄化を成し遂げたあかつきには、この鍵で私を解放してください」

「約束する」俺は言った。

「信じます。まずは欠片の浄化です。この先の階段を降りた場所に、歪んだ欠片が安置されています。私はここで、あなたがたの無事を祈っています」


部屋の奥に、下へと続く狭い螺旋階段があった。リサンドラとレナが先頭に立ち、俺とライラが続き、ミリが最後尾に着いた。階段はどこまでも深く、空気はどんどん冷たく重くなっていった。

「まるで峡谷のときと同じだ」レナが言った。

「あのときは四人だった。今は五人だ」

「そうだな」

「五人なら、もっとうまくやれる」


やがて階段は終わり、小さな石室に出た。中央に台座があり、その上に、峡谷で見たものとよく似た紫の結晶が浮かんでいた。しかし峡谷の欠片よりもずっと大きく、光も強く、そして苦痛に満ちた脈動を放っていた。


「これが歪んだ欠片」ライラが額のルーンを輝かせながら言った。「峡谷のと同じ方法で浄化できます。ただし、もっと大きなマナが必要です」

「全員でやる」俺は管理ツールを掲げた。「リサンドラ、お前の剣のルーンを。レナ、星鉄の光を。ライラ、古代文字を。ミリ――」

「私には何も」

「お前には鍵がある。鍵はこの塔の一部だ。力を貸してほしい」

「……わかりました」


五人は台座を囲み、同時に手を伸ばした。俺のマナ、レナの光、リサンドラのルーン、ライラの古代文字、そしてミリの鍵。五つの力が絡まり、歪んだ結晶を包み込んだ。


結晶が悲鳴を上げた。紫の光が激しく明滅し、石室全体が揺れた。しかし浄化の光は少しずつ、しかし確実に歪みを溶かしていった。

「もう少しだ」俺は歯を食いしばった。

「手を離すな」レナが叫んだ。

「離さない」リサンドラ。

「離しません」ライラ。

「私も、離さない」ミリの声は震えていたが、その目は決意に満ちていた。


結晶が砕けた。紫の光は消え、あとに残ったのは、小さな青い宝石だった。峡谷のときと同じ――歪みが浄化され、本来の輝きを取り戻した神の欠片の核。


「浄化完了です」ライラが微笑んだ。


塔全体が静かに震え、壁のルーンが次々と青く輝きを取り戻していった。歪みは消えた。守護者の反乱も、三百年前に終わっていたのだ。


螺旋階段を戻り、円形の部屋に戻ると、封鎖された守護者が立ち上がっていた。その装甲はもはや破損しておらず、全身が青く輝いていた。


「浄化を確認しました。ありがとう」

「約束だ」俺はミリを見た。彼女はうなずき、鍵を守護者の胸の鍵穴に差し込んだ。鍵が独りでに回り、重い音を立ててロックが外れた。


守護者はゆっくりと一歩を踏み出し、三百年来の自由を得た。彼はしばらく自分の手を見つめ、それから俺たちのほうを向いた。

「私はこの塔の最後の衛士。あなたがたに仕えることで、恩を返したい」

「俺たちの塔に来るか」

「はい。あなたがたの塔には、まだ開かれていない階層があると聞いています。第五階層の『眠りし者』を目覚めさせるには、鍵が必要です。私がその鍵を知っています」

「知ってるのか」

「はい。その鍵は――私自身です」


俺は息を呑んだ。ライラが目を見開き、レナが耳を立て、リサンドラが小さく笑い、ミリが鍵を握りしめたまま微笑んだ。


「つまり、お前は俺たちの塔の第五階層の鍵でもあるのか」

「そうです。私は二つの塔に仕えるために造られました。遠い昔、二つの塔は姉妹塔でした。だからこそ、あなたがたの塔の鍵を、私が持っている」


俺は仲間たちを見渡した。全員が疲れ果てていたが、同時に達成感に満ちていた。


「帰ろう」俺は言った。「塔に戻って、お前を皆に紹介する」

「光栄です」

「お前の名前は」

「私は――」

彼は少しだけ間を置き、青い目を輝かせた。

「私はエリオン。最後の衛士です」


塔を出ると、空は青く、歪みは完全に消えていた。かつて狂っていた三体の守護者は、歪みが浄化されると同時に静かに倒れ、今はただの金属と石に戻っていた。彼らもまた、歪みの犠牲者だったのだ。


谷を登り、峠を越え、来た道を戻る。馬はゆっくりと、しかし確実に、南の我が家へと向かっていた。エリオンは馬の横を歩きながら、初めて見る青い空をじっと見上げていた。


夜、峠を越えた先の宿場町の廃墟で、再び野営をした。エリオンは眠らず、夜通し警戒に立ってくれた。


焚き火のそばで、俺は一人、今日の出来事を振り返っていた。


「シン様」ミリが隣に来た。「今日はありがとうございました」

「礼はいい。お前の祖父の鍵がなければ、何もできなかった」

「祖父も喜んでいると思います」

「ああ、喜んでるだろう」


彼女は少しだけ俺の肩に凭れかかり、それからすぐに立ち上がった。

「戻ったら、ちゃんと聞きますからね」

「何を」

「あなたの返事です」

「ああ」

「忘れないでください」

「忘れない」


彼女は微笑み、自分の毛布に戻っていった。


翌日、塔への帰路は驚くほど穏やかだった。森は平穏で、空は青く、小川は澄んでいた。まるで世界が歪みから解放されたことを祝っているかのようだった。


夕方、塔の門が見えた。守護者たちはいつも通り巡回し、光り草の帯は夕日に輝き、リンゴの木は中庭でそっと揺れていた。そして門の前には、アルテア、ヴァエリス、ゴルン、セラ、ヴェラス、双子たちが並んで待っていた。


「おかえりなさい」アルテアが走り寄って、俺の手を両手で包んだ。

「ただいま」

「無事でよかった」

「ああ。おかげさまで」

「キスの約束、覚えてますか」

「覚えてる」

「あとで、ちゃんと」


彼女はそう言って、少しだけ頬を赤らめた。


ヴァエリスがエリオンを見つめ、胸の核を輝かせながら近づいた。

「あなたが助けを求めていた守護者?」

「はい」エリオンは静かにうなずいた。「あなたは精霊ですね。遠くからあなたの光を感じていました。あなたの呼び声が、私を支えてくれました」

「よかった。本当によかった」


彼女はエリオンの手を取って、そっと握った。光の精霊と古代の守護者。二つの時代を超えた存在が、今、同じ場所で微笑み合っていた。


門をくぐり、中庭に入った。リンゴの木の下で、俺は仲間たちを見渡した。行く前は五人だった。今は六人目の仲間がいる。そして、塔の第五階層への鍵も。


「おかえり」レナが隣で言った。彼女の尻尾はゆっくりと揺れていた。

「ただいま」

「怪我はないか」

「かすり傷だけだ」

「そうか」


彼女はそっと俺の手を握り、すぐに離した。それが今の俺たちの、最高の挨拶だった。


夜、塔ではささやかな宴が開かれた。セラが腕によりをかけた料理の数々。ゴルンがどこからか見つけてきた果実酒。ヴェラスが削った新しいジョッキ。エリオンは隅のほうで静かに座っていたが、双子たちが代わる代わる近づいては質問攻めにしていた。「どうやって三百年前から生きてるの?」「ご飯は食べるの?」「青い光、きれい!」


俺は中庭に出て、リンゴの木の下に立った。星が綺麗だった。


「シン」


アルテアだった。彼女は約束のキスを思い出させるように、ゆっくりと近づいてきた。


「約束、覚えてますか」

「覚えてる」

「では、今」


彼女は背伸びをして、今度は俺の頬ではなく、そっと唇にキスをした。短く、柔らかく、ハーブの香りがかすかに残るキスだった。


「これが、ちゃんとしたキスです」

「アルテア……」

「約束、果たしました」

「ああ」


彼女は少しだけ泣いて、それから笑った。俺は彼女の手を握り、しばらく一緒に星を見ていた。


第五階層の鍵を得た。それはエリオン自身。でも今夜は、まだその話はしなくていい。明日からまた、新しい準備が始まる。


でも今夜は、星と、リンゴの木と、俺を慕ってくれる人たちと。それで十分だった。

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