第49章 〜それぞれの日常〜
次の朝、俺の鼻をつまんだのはリーラとセリだった。二本の小さな指が、右と左から同時に。これは反則だ。
「起きろー!」
「朝だぞー!」
「……お前ら、誰に教わった」
「レナおねえちゃん!」
なるほど。ルピナ式の朝の起こし方を伝授したのか。年長者としてどうかと思う。
俺は双子を小脇に抱えて居間へ向かった。二人はキャッキャッと笑いながら、俺の腕の中で暴れていた。重くなったな。毎日ちゃんと食べてる証拠だ。
居間ではすでに朝食の準備が整っていた。セラが焼いたパン――再生市場の第一号商品になる予定の、星の形をしたパンだ――と、アルテアが温室で育てたハーブの茶。ゴルンはすでに三枚たいらげていて、ヴェラスは新しい椅子の設計図を広げていた。
「おはよう」俺は双子を下ろした。
「おはよう、シン」アルテアが茶を差し出した。「今日の予定は?」
「まず市場を見る。昨日の続きで屋根が半分までいったはずだ。それからライラと図書館の整理。それから――」
「盛りだくさんだな」レナが後ろから声をかけてきた。彼女はすでに訓練用の軽装で、星鉄の短剣を腰に差していた。「リサンドラが中庭で待ってる。お前も訓練に参加しろ」
「俺、管理者なんだけど」
「管理者は一番弱いから鍛えるんだ」
「……反論できない」
朝の訓練はきつかった。リサンドラは相変わらず容赦がなく、レナは俺が転ぶたびに「遅い」「足が甘い」「考えすぎ」と叱った。でも、三十回目の転倒のあと、俺は管理ツールの刃を安定させたまま、一度だけレナの木剣を受け止めることができた。
「……少しマシになった」レナが認めた。
「それは俺への最高の褒め言葉だ」
「当然だ」
リサンドラは俺たちのやりとりを見て、わずかに口元を緩めた。それから彼女は俺に向き直った。
「お前は体力がついてきた。だがまだ実戦では危うい。来週から、私が個人指導をする」
「俺のために?」俺は驚いて言った。「守護者の巡回もあるのに?」
「守護者は私がいなくても動く。それに――」彼女は一瞬だけ間を置いた。「お前が強くなることは、塔の安全に直結する」
「つまり、お前は塔のために俺を鍛えると」
「それもある」
「他には?」
「私は、お前が死ぬところを見たくない」
彼女はそれだけ言って、背を向けた。レナが俺を肘でつついた。「お前、モテるな」
「リサンドラはそういう意味で言ったんじゃ――」
「お前は鈍い」
「よく言われる」
市場の建設現場は活気に満ちていた。屋根の骨組みがほぼ完成し、セラが織った日除け布が風に揺れていた。ヴェラスが最後の梁を鉋で削り、ゴルンが金具を打ち込む音が、森中に響いていた。ドゥルガンは自分の店の看板を彫っていて、その隣ではミリが帳簿を広げて、何やら数字と格闘していた。
「共同運営者殿、おはよう」俺は声をかけた。
「ああ、シン様」彼女は顔を上げた。インクが指にちょっと付いていた。「聞いてください。山岳氏族から注文が来ました。坑道の補強用の金具と、それから――これは意外でしたが――星鉄の護符も欲しいと」
「護符を?」
「ええ。あの峡谷で、歪みに侵された者たちが、星鉄の刃と光り草の光で救われたのを見たからでしょう。彼らはもう、星鉄を恐れていない。むしろ、守りの象徴として欲しがっている」
「それは……いい話だな」
「でしょう?だから追加の職人を雇いたいんです。ドゥルガンは自分の工房があるので、常駐は無理です。誰か、ここに住み込める鍛冶師を」
「ゴルンじゃ足りないか」
「ゴルンは芸術家です。大量生産には向かない。もう一人、実務的な鍛冶師が必要です」
「誰か心当たりは?」
「ヴァルゲルドに一人、若いのがいます。少し前まで山岳氏族の下請けをしていたんですが、クランが沈黙して仕事を失って。技術は確かです」
「連れてこい」
「いいんですか?まだ会ってもいないのに」
「お前が推薦するなら、会う価値はある」
彼女は少しだけ、帳簿から目を離して俺を見た。その茶色の瞳に、ほんの一瞬、何かが光った。
「……シン様、あなたは私を、ただの商人として見ていないですね」
「共同運営者だ」
「そうじゃなくて」
「ああ、見てない」
「そうですか」
彼女はそれだけ言って、また帳簿に視線を落とした。でも口元の笑みは、しばらく消えなかった。
昼下がり、俺は図書館にいた。ライラが本棚の整理をしていて、俺は古い巻物の束を運ぶのを手伝っていた。
「この塔の記録は面白いですね」彼女は言った。「前の管理者が遺した日記の断片が、ここのどこかにあるはずです。峡谷の石碑に刻まれていた警告と、同じ筆跡の部分がある」
「読めるのか」
「一部だけ。ルーンキャリアの文字は、神々の言葉を基礎にしています。だから、塔の記録とも一部が重なる」
「つまり、お前は神の言語を読めるのか」
「神々の言語は一つじゃない。でも、いくつかの共通の語源があります。それを辿ると、何が書いてあるか、だいたい推測できるんです」
彼女はそう言いながら、一冊の薄い本を手に取った。表紙には何も書いていなかったが、ページを開くと、古代のルーンが淡く輝いていた。
「これは?」
「さっき見つけました。前の管理者が、何かを封じるための手順を書き残したもののようです」
「封じる手順?」
「ええ。彼は、塔のどこかに『眠りし者』を封印したらしい。それが何かは、まだわかりません。でも、封印はまだ解かれていない」
「……第五階層か」
「おそらく」
俺は息を吐いた。神の欠片、ヴォラス、歪んだ塔、そして今度は「眠りし者」。この塔はどこまで深いんだ。
「ライラ、その調査は急がなくていい。でも、続けてほしい」
「もちろん。これは私の役目ですから」
「役目じゃなくて、お前がここにいる理由になればいい」
彼女は本を閉じ、静かに微笑んだ。
「はい」
夕方、温室でアルテアが新しい鉢を並べていた。峡谷から持ち帰った土――歪みが浄化されたあとの、奇妙に肥沃な黒い土――を、慎重に鉢に分けているところだった。
「その土、何を植えるんだ?」俺は隣にしゃがんだ。
「まだ決めてません。でも、この土にはまだ微量のマナが残っている。何か特別な植物が育つかもしれない」
「ライス・エテルナの種は?」
「もう三つ、新しい種が採れました。あとで光り草の帯をさらに広げられます」
「お前は働き者だな」
「そうです。治癒師は暇があると逆に不安になるんです」
彼女は笑った。それから、手を止めて俺を見た。
「シン、昨夜はありがとう」
「何のだ?」
「私がうまく言えなかったことを、『今は十分だ』って言ってくれた。あれで、すごく楽になった」
「俺は本当のことを言っただけだ」
「それが一番、難しいことです」
彼女の手が、そっと俺の手に触れた。土の匂いがした。ハーブの匂いも。温かかった。
「私は、もう少ししたら、ちゃんと言葉にできると思う。そのときまで、待っててくれる?」
「待つ」
「ありがとう」
夜。中庭のリンゴの木の下で、俺は星を見上げていた。リサンドラが巡回の合間に立ち寄って、何も言わずに隣に座った。それから、レナが泉から戻ってきて、反対側に座った。ヴァエリスが庭園から降りてきて、少し離れた場所であぐらをかいた。アルテアが温室の戸締りを済ませて、ヴァエリスの隣に腰を下ろした。ミリは市場の帳簿をまだ抱えていたが、それを閉じて、一番遠い位置から星を見上げた。ライラは図書館の窓から顔を出し、俺たちを見て、それから降りてきて、そっと輪に加わった。
誰も何も言わなかった。でも、それがいい夜だった。焦らなくていい。進み方は一人ひとり違う。でも今夜、みんな同じ空の下にいた。




