第143章 〜春支度〜
冬が過ぎ、雪解けの水が村の水路を勢いよく流れ始めた頃、塔の中は春支度に追われていた。セラは冬のあいだに溜め込んだ毛布を洗い、ヴェラスは緩んだ窓枠を直し、ゴルンは鍛冶場にこもって新しい農具を鍛えていた。村では、自由都市から来た農夫たちが畑を耕し始め、交易館の前には春の市を待つ商人たちの荷車が並び始めていた。
「今年の春は早い」と、ある朝、アルテアが温室で鉢植えを日向に移しながら言った。
「そうか?」
「ええ。去年より二週間は早い。リンゴの木も、もう蕾をつけ始めてる」
「悪いことじゃない」
「そうね。春が早いと、薬草の収穫も早まる。テオが楽しみにしてるの。今年は自分で摘むんだと言って」
テオは七つになり、治癒師の母の仕事を本格的に手伝い始めていた。彼はまだ幼かったが、薬草の名前をほぼ完璧に覚え、簡単な軟膏なら一人で作れるようになっていた。
「テオは本当に治癒師になるんだろうな」と俺は言った。
「そうかもしれない。でも、まだわからない。算数も得意だから、ミリは帳簿の才能があると言ってる」
「どちらでも、好きなほうを選べばいい」
「ええ。そう思う。私も、あなたも、この塔の誰もが、そう願ってる」
昼前、中庭ではヒカリが弟たちに剣の稽古をつけていた。八つになった彼女は、すでに木剣の扱いに慣れ、リサンドラ直伝の構えを完璧に真似ることができた。カイはあまり剣に興味を示さなかったが、それでも姉の誘いを断れず、渋々木剣を手に取っていた。ソルとフェリルは四つになり、よちよちと小さな木剣を振り回し、時折お互いにぶつかっては泣き、そしてすぐに笑った。アリアも四つで、彼女は剣ではなく翼で勝負するタイプだったが、それでも姉の真似をして木剣を振り回していた。
「フェリル、剣は上に構えろ。ソル、足が開いてる」とヒカリが指導する声が聞こえた。その口調はリサンドラにそっくりで、思わず笑ってしまった。
午後、俺はリサンドラと共に村の外れの丘に立っていた。ソルは彼女の腕の中で眠り、その銀色の髪が春の陽射しに輝いていた。
「ヒカリはいい指導者になる」とリサンドラが言った。
「お前の教え方がいいからだ」
「私は厳しすぎる。ヒカリはもう少し柔らかい」
「それがいいバランスなのかもしれない」
「そうだな」彼女は微かに口元を緩めた。「私とレナが厳しさを教え、アルテアとシルフィーが優しさを教える。子供たちは、その両方を学んでいる」
「俺は何を教えてるんだろうな」
「お前は、選択肢を与えることを教えている。どの子も、自分の道を選べる。それが一番大切なことだ」
彼女の言葉は、いつも通り飾り気がなかったが、その奥には確かな信頼が込められていた。
夕方、村の広場では春の市の準備が進んでいた。自由都市からの商人が新しい商品を並べ、山岳氏族からは星鉄の新たな注文が届き、ヴァルゲルドのパン屋は相変わらず蜂蜜パンを出していた。市場には新しい顔も増え、遠くの町から移住してきた若い家族が、家を建てたいと申し出てきた。
「村はどんどん大きくなる」とミリが帳簿を手に言った。「今や百人を超えた。十年前は誰もいなかったのに」
「感慨深いか」
「ええ。でも、帳簿をつけるのは私だけじゃ足りなくなりそう」
「助手を雇えばいい」
「考えてる。ライラの学校で、帳簿の授業も始める予定。将来の助手を育てるの」
「お前はもう、教育者でもあるんだな」
「教育は投資です。未来への投資」彼女は微笑み、帳簿を小脇に抱えた。
夜、屋上に立つと、春の月が明るく輝いていた。遠くの森からは、冬眠から覚めた生き物たちの気配がかすかに感じられた。村の灯りが一つ、また一つと点り、その数はもはや数え切れないほどだった。
「またここにいた」と声がした。ヴァエリスだった。彼女はルミナを伴わず、一人で屋上に上がってきていた。
「お前もか」
「うん。今夜は月が綺麗。精霊の私でも、美しいと思う」
彼女は俺の隣に立ち、青い核が静かに脈打っていた。
「シン、私、最近考えるの。この塔に来て、あなたと出会い、ルミナを育てて、本当によかった。何世紀も闇の中にいた私が、今はこんなに幸せで、それが少し怖いくらい」
「怖がらなくていい。これは現実だ」
「うん。わかってる。でも、時々、確かめたくなるの」
彼女は俺の手を取って、そっと自分の核に触れさせた。青い光が俺の指先を包み、かすかに脈打った。
「あなたのマナが、今も私の中にある。これが、私の幸せの証拠」
「大げさだな」
「そうかな。でも、精霊にとっては、これが一番確かな言葉」
彼女は微笑み、それから静かに屋上を下りていった。
春の月が塔を照らし、リンゴの木の蕾がかすかに膨らみ始めていた。明日はまた新しい日。子供たちは少しずつ成長し、村は少しずつ大きくなり、それでも変わらないものがここにある。静かな春の夜に、そのすべてが優しく息づいていた。




