表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放先は辺境の廃塔でした   作者: 星海凡夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

143/150

第143章 〜春支度〜


冬が過ぎ、雪解けの水が村の水路を勢いよく流れ始めた頃、塔の中は春支度に追われていた。セラは冬のあいだに溜め込んだ毛布を洗い、ヴェラスは緩んだ窓枠を直し、ゴルンは鍛冶場にこもって新しい農具を鍛えていた。村では、自由都市から来た農夫たちが畑を耕し始め、交易館の前には春の市を待つ商人たちの荷車が並び始めていた。


「今年の春は早い」と、ある朝、アルテアが温室で鉢植えを日向に移しながら言った。


「そうか?」


「ええ。去年より二週間は早い。リンゴの木も、もう蕾をつけ始めてる」


「悪いことじゃない」


「そうね。春が早いと、薬草の収穫も早まる。テオが楽しみにしてるの。今年は自分で摘むんだと言って」


テオは七つになり、治癒師の母の仕事を本格的に手伝い始めていた。彼はまだ幼かったが、薬草の名前をほぼ完璧に覚え、簡単な軟膏なら一人で作れるようになっていた。


「テオは本当に治癒師になるんだろうな」と俺は言った。


「そうかもしれない。でも、まだわからない。算数も得意だから、ミリは帳簿の才能があると言ってる」


「どちらでも、好きなほうを選べばいい」


「ええ。そう思う。私も、あなたも、この塔の誰もが、そう願ってる」


昼前、中庭ではヒカリが弟たちに剣の稽古をつけていた。八つになった彼女は、すでに木剣の扱いに慣れ、リサンドラ直伝の構えを完璧に真似ることができた。カイはあまり剣に興味を示さなかったが、それでも姉の誘いを断れず、渋々木剣を手に取っていた。ソルとフェリルは四つになり、よちよちと小さな木剣を振り回し、時折お互いにぶつかっては泣き、そしてすぐに笑った。アリアも四つで、彼女は剣ではなく翼で勝負するタイプだったが、それでも姉の真似をして木剣を振り回していた。


「フェリル、剣は上に構えろ。ソル、足が開いてる」とヒカリが指導する声が聞こえた。その口調はリサンドラにそっくりで、思わず笑ってしまった。


午後、俺はリサンドラと共に村の外れの丘に立っていた。ソルは彼女の腕の中で眠り、その銀色の髪が春の陽射しに輝いていた。


「ヒカリはいい指導者になる」とリサンドラが言った。


「お前の教え方がいいからだ」


「私は厳しすぎる。ヒカリはもう少し柔らかい」


「それがいいバランスなのかもしれない」


「そうだな」彼女は微かに口元を緩めた。「私とレナが厳しさを教え、アルテアとシルフィーが優しさを教える。子供たちは、その両方を学んでいる」


「俺は何を教えてるんだろうな」


「お前は、選択肢を与えることを教えている。どの子も、自分の道を選べる。それが一番大切なことだ」


彼女の言葉は、いつも通り飾り気がなかったが、その奥には確かな信頼が込められていた。


夕方、村の広場では春の市の準備が進んでいた。自由都市からの商人が新しい商品を並べ、山岳氏族からは星鉄の新たな注文が届き、ヴァルゲルドのパン屋は相変わらず蜂蜜パンを出していた。市場には新しい顔も増え、遠くの町から移住してきた若い家族が、家を建てたいと申し出てきた。


「村はどんどん大きくなる」とミリが帳簿を手に言った。「今や百人を超えた。十年前は誰もいなかったのに」


「感慨深いか」


「ええ。でも、帳簿をつけるのは私だけじゃ足りなくなりそう」


「助手を雇えばいい」


「考えてる。ライラの学校で、帳簿の授業も始める予定。将来の助手を育てるの」


「お前はもう、教育者でもあるんだな」


「教育は投資です。未来への投資」彼女は微笑み、帳簿を小脇に抱えた。


夜、屋上に立つと、春の月が明るく輝いていた。遠くの森からは、冬眠から覚めた生き物たちの気配がかすかに感じられた。村の灯りが一つ、また一つと点り、その数はもはや数え切れないほどだった。


「またここにいた」と声がした。ヴァエリスだった。彼女はルミナを伴わず、一人で屋上に上がってきていた。


「お前もか」


「うん。今夜は月が綺麗。精霊の私でも、美しいと思う」


彼女は俺の隣に立ち、青い核が静かに脈打っていた。


「シン、私、最近考えるの。この塔に来て、あなたと出会い、ルミナを育てて、本当によかった。何世紀も闇の中にいた私が、今はこんなに幸せで、それが少し怖いくらい」


「怖がらなくていい。これは現実だ」


「うん。わかってる。でも、時々、確かめたくなるの」


彼女は俺の手を取って、そっと自分の核に触れさせた。青い光が俺の指先を包み、かすかに脈打った。


「あなたのマナが、今も私の中にある。これが、私の幸せの証拠」


「大げさだな」


「そうかな。でも、精霊にとっては、これが一番確かな言葉」


彼女は微笑み、それから静かに屋上を下りていった。


春の月が塔を照らし、リンゴの木の蕾がかすかに膨らみ始めていた。明日はまた新しい日。子供たちは少しずつ成長し、村は少しずつ大きくなり、それでも変わらないものがここにある。静かな春の夜に、そのすべてが優しく息づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ