第137章 〜商人の子〜
秋が深まり、学校の壁が立ち上がる頃、ミリの腹は誰の目にもわかるほどに膨らんでいた。彼女は相変わらず市場の帳簿を手放さず、臨月が近づいても机に向かい続けた。アルテアが安静を命じ、ゴルンが机を取り上げようとし、セラが「もう休んで」と三度言ったが、彼女は首を縦に振らなかった。
「数字が動いてるのに、私が止まるわけにはいかない」と彼女は言った。「市場は生き物だ。私が手を離せば、誰かが混乱する」
「誰かが代わりに帳簿をつければいい」と俺は提案した。
「誰が?」
「ライラは?記録者だぞ」
「ライラは学校の準備で手一杯です。それに、彼女の帳簿は学術的すぎて商人には向かない」
「カエレンは」
「彼は歴史は得意ですが、現代の取引には疎い」
結局、ミリは産前の最後の週まで帳簿を手放さず、陣痛が始まったのは、秋の終わりを告げる冷たい雨が降り始めた夜だった。
彼女はその日、普段より少し早く帳簿を閉じ、居間で皆と夕食を共にした。食後、立ち上がろうとして、ふと腹に手を当てた。その顔には驚きはなく、むしろ「ようやく来たか」というような、どこか満足げな表情が浮かんでいた。
「来たみたい」と彼女は静かに言った。
俺は彼女の手を取って、そのまま診療所へ向かった。塔全体が動き始めるまで、ほとんど時間はかからなかった。アルテアが診断杖を手にすべての準備を整え、セラが湯を沸かし、ヴェラスが清潔な布を運び、レナが子供たちを居間に集め、マリスが水の精の鎮静の歌を口ずさみ、ヴァエリスが青い光で部屋を満たし、リサンドラが廊下で無言の見張りに立った。シルフィーは翼を広げて控え、ライラは羊皮紙を広げ、カエレンは居間で子供たちに古い物語を語って聞かせていた。
そしてミリは、寝台に横たわりながらも、最後まで冷静だった。
「陣痛の間隔は約五分。初産だから、おそらく数時間かかる」と彼女は自分で分析した。
「自分で診断するな」とアルテアが呆れたように言った。
「商人は自分の状態を常に把握するものです」
「今は患者よ。患者は治癒師に任せなさい」
「……わかった。でも、一つだけお願いがある」とミリは俺のほうを向いた。「生まれたら、一番に帳簿を見せて」
「帳簿を?」
「この子の名前を、一番新しいページに書きたい。取引先の欄じゃなくて、家族の欄に」
俺は彼女の手を握った。
「わかった。一番新しいページに書こう」
数時間後、夜明けが近づく頃、産声が上がった。それは驚くほど力強く、澄んだ声で、市場の喧騒にも負けない響きを持っていた。アルテアが取り上げたのは、小さな男の子だった。髪は濃い茶色で、目はまだ閉じていたが、その口元は何かを計算しているかのように、かすかに動いていた。
「男の子よ」とアルテアは声を詰まらせながら言った。
ミリは震える手でその子を受け取り、涙をこぼしながら微笑んだ。彼女が人前で泣くのを、俺は初めて見た。
「リオン」と彼女は囁いた。「古い商人の言葉で『帳簿の光』。数字をただの数字にしない、命の光」
俺は彼女の肩を抱き寄せ、リオンの小さな手にそっと指を触れた。赤ん坊は何も見えていないはずなのに、その指がかすかに動いて、俺の指をぎゅっと握り返した。その握力は確かで、まるで最初の取引を交わすかのようだった。
朝が来ると、塔の全員がリオンを一目見ようと集まった。ヒカリは「小さい!」と歓声を上げ、カイは静かにその手を握り、テオは「この子も帳簿をつけるの?」と尋ね、ルミナはふわりと浮遊しながら青い光でそっと包み込み、アリアは翼をばたつかせ、ソルとフェリルはよちよちと揺りかごに近づき、リラは泉のせせらぎのような声で何かを呟いた。双子のセリとリーラは「私たちも赤ちゃんのとき、あんなに小さかった?」とセラに尋ね、セラは「そうよ、もっと小さかった」と笑った。
「これで十一人目だな」とレナが壁に寄りかかって言った。
「いや、十二人目だ。ルミナを忘れるな」
「もう数えるのが面倒になってきた」
「同感だ」
彼女は微かに笑い、それからリオンを抱くミリのほうを見た。
「商人の子か。この子は将来、村の市場を仕切るんだろうな」
「母親が教育するらしい。帳簿の読み方から教えると」
「それは楽しみだ」
午後、ミリの部屋を訪ねると、彼女は寝台に座り、リオンに授乳をしながら、傍らの帳簿に何かを書き込んでいた。
「もう仕事か」と俺は呆れて言った。
「仕事じゃない。約束を果たしてるだけ」
「約束?」
「生まれたら、一番新しいページに名前を書くって、あなたと約束したでしょう」
彼女は帳簿を俺のほうに向けた。そこには、取引先のリストでも、売上の数字でもなく、ただ一行、丁寧な文字でこう書かれていた。
『リオン――家族。帳簿の光』
「これでこの子は、私の一番大切な帳簿に、永遠に記録された」と彼女は言った。「数字は変わっても、これは変わらない」
俺は彼女の隣に座り、リオンの小さな顔をのぞき込んだ。生まれたばかりのその顔には、まだ何の計算もなかったが、その口元は確かに、かすかに動いていた。
夜、屋上に立つと、村の灯りが星のように瞬いていた。学校の窓から明かりが漏れ、そこでは明日の授業の準備が進んでいるのだろう。市場の屋台は店仕舞いを終え、交易所の扉も閉まっていた。
「また一人で考え事か」と声がした。リサンドラだった。彼女はソルを寝かしつけたあと、一人で屋上に上がってきた。
「お前もか」
「ああ。リオンが生まれた。これで十二人目の子供だ」
「ミリも母親になった」
「商人が母親か。あの帳簿が、これからは子守歌で埋まるかもしれない」
「それは想像できないな」
「そうだな」彼女は微かに口元を緩め、それから星を見上げた。「次は誰だ」
「さあな。もう誰も急いでいない。それぞれが、それぞれのときに」
「そうか。なら、私もそのうち、もう一人考えてもいいかもしれない」
「ソルがまだ小さいぞ」
「知っている。でも、私は長命だ。十年後でも構わない。ただ、伝えておきたかった」
彼女の手がそっと俺の手に触れた。その手は相変わらず冷たかったが、その冷たさはもう、孤独の冷たさではなかった。
秋の風が塔の周りを吹き抜け、リンゴの木の葉がかすかに揺れた。新しい命がまた一つ、この場所に灯り、商人の子がその光を帳簿に刻み始めた。明日はまた新しい日。新しい取引、新しい笑顔、新しい約束。でも今夜は、この静かな秋の夜に、皆と共にいる。それで十分だった。




