第130章 〜収穫祭〜
収穫祭の朝、村はいつもより早く目を覚ました。
広場には色とりどりの布が張られ、灯りが飾られ、セラと双子たちが用意した花輪が軒先に吊るされた。市場の常設店はいつもより早く開き、自由都市から来た商人たちが商品を並べ、ゴルンの鍛冶場では特別に作った飾り金具が並べられていた。
「今年は去年より人が多いな」と俺は広場を見渡しながら言った。
「当然です。村の人口が倍になったんですから」とミリが帳簿を手に答えた。「それに、自由都市からも公式の使節が来てる。あそこにいるのが新しい交易代表です。猫系の獣人じゃない、犬系の獣人です」
「犬系?」
「ええ。フェリクスの後任です。彼は南の方面に異動になったらしい」
新しい交易代表は、確かに犬系の獣人だった。垂れ耳と穏やかな目をした中年の男で、名をバルドといった。彼は俺を見ると丁寧に頭を下げ、フェリクスからの伝言を伝えてきた。
「フェリクスから言伝です。『再生の塔の管理者へ。私は今、南の群島にいます。そちらにはそちらで、面白い遺物がある。いずれまた、そちらの市場にも顔を出します』」
「相変わらずだな」と俺は苦笑した。
昼前、リサンドラがソルを抱っこ紐で胸に抱えて広場に現れた。彼女はいつもの鎧ではなく、セラが縫った淡い色の普段着を着ていたが、腰には短剣を帯びていた。
「祭りでも武装は外さないのか」と俺は尋ねた。
「当然だ。祭りにこそ、警戒が必要だ」
「お前らしい」
彼女は微かに口元を緩め、ソルの頭を撫でた。ソルはまだ生後間もないが、その銀色の目はすでに周囲をよく観察していた。
午後、アルテアとマリスが共同で開いた薬草茶の屋台が盛況だった。治癒師と水の精がそれぞれの知識を持ち寄り、疲労回復や滋養強壮に効く茶を振る舞っていた。テオは母親の隣で小さな紙袋に詰めた乾燥ハーブを配り、客に「お大事に」と声をかけていた。
「この子は将来、本当に治癒師になるでしょうね」とアルテアが目を細めて言った。
「母親がいい先生だからな」
「あなたも、いい父親です」
夕方、広場の中央で小さな舞踏が始まった。音楽は村に住むようになった老いた吟遊詩人が奏で、双子たちがそれに合わせて踊り、ヒカリとカイもそれに加わった。ヒカリは誰よりも楽しそうに飛び跳ね、カイは静かに、しかし確かな足取りで輪の中に入っていった。ルミナはふわりと浮遊しながら、音楽に合わせて青い光を瞬かせ、それだけで一つの演目になっていた。
「皆、楽しそうだな」と俺はリサンドラの隣でそれを見ながら言った。
「ああ。戦いのない日は、こうでなくてはな」
「お前も踊るか」
「私は踊れない。剣は振れるが」
「ソルを抱いて、少しだけ揺れてみればいい。それも踊りのうちだ」
彼女は少し考え、それからソルを抱き直し、音楽に合わせてほんの少しだけ体を揺らした。それは確かに、戦士の踊りだった。
夜、祭りが終わり、広場の灯りが一つまた一つと消えていく中、俺は屋上に立っていた。村の屋根が月明かりに照らされ、遠くの森は静かに眠っていた。
「またここにいた」と声がした。レナだった。彼女は杯を二つ持っていて、一つを俺に差し出した。「ゴルンの果実酒だ。祭りの残り物」
「ありがとう」
俺は杯を受け取り、彼女と並んで村を見下ろした。ヒカリはもう寝ているはずだったが、祭りの興奮でなかなか寝付けなかったらしい。
「今日はいい日だった」とレナが言った。
「ああ」
「村が大きくなって、人が増えて、子供たちが笑ってた。戦いもなく、脅威もなく、ただ平和だった」
「たまには、こういう日も必要だ」
「たまにじゃない。これからは、こういう日がほとんどになるべきだ」彼女は俺の目をまっすぐに見つめた。「私たちは、そのために戦ってきた。お前は、そのために塔を育ててきた」
「俺だけじゃない。皆だ」
「ああ。でも、お前が最初にドアを開けた」彼女は杯を置き、俺の手を握った。「これからも、ずっと、このままだといいな」
「そうなるさ」
彼女の尻尾が静かに揺れた。月が高く昇り、村の最後の灯りが消えた。明日はまた新しい日。新しい日常、新しい出会い、新しい笑顔。でも今夜は、この静かな夜のなかで、最初の住人と共に立っている。それで十分だった。




