第126章 〜冬の終わりに〜
冬の終わりはいつも静かだった。雪が緩み、氷が解け、村の屋根から滴が落ちる音があちこちで聞こえるようになる。森の生き物たちが目覚める前に、塔の中ではすでに新しい命の準備が整いつつあった。
「もう少しだな」と、ある朝、俺はリサンドラの腹に手を当てながら言った。彼女の腹はまだ大きくはなかったが、確かな膨らみがそこにあった。
「ああ。アルテアの計算では、春の終わり頃だ」
「怖いか」
「怖くない。ただ、待ち遠しい」彼女は自分の腹の上に手を重ね、銀色の目で俺を見つめた。「私は八十年間、戦い続けてきた。これから始まることも、また別の戦いだ。でも今回は、守るための戦いだ」
「お前はもう十分守ってきた」
「まだ足りない」彼女は静かに首を振った。「この子が生まれ、育ち、自分の道を見つけるまで、私の戦いは続く。そしてその後も、この塔がある限り、私は衛士だ」
「衛士であり、母親でもあるんだな」
「そうだ。どちらも私だ」
彼女は剣を手に取り、中庭へと歩き出した。訓練はもう通常通りに戻っていたが、動きには以前のような鋭さだけでなく、慎重さも加わっていた。
居間では、アルテアとマリスが春の薬草の在庫を確認していた。テオは母親の隣で小さな乳鉢と乳棒を手に、真似をして何かをすりつぶしている。
「何を作ってるんだ」と俺はテオに尋ねた。
「かぜぐすり」
「誰のためだ」
「みんなの。ひかげの村にも、くばるんだ」
「そいつは立派だな」
テオは誇らしげに微笑み、再び乳鉢に集中した。アルテアが俺を見て目を細めた。
「この子は治癒師になるかもしれません」
「まだ四つだぞ」
「才能は早くから現れるものです」
その言葉に、俺は少しだけ未来を想像した。十年後、十五年後、この塔で育った子供たちがそれぞれの道を歩き始める姿を。ヒカリは剣士か、それとも何か別の道を選ぶのか。カイは本当に記録者になるのか。テオは治癒師として塔を支えるのか。ルミナは――光の子は、どんな未来を選ぶのだろう。
「考えすぎだ」と声がした。レナだった。彼女はヒカリを連れて居間に入ってきたところだった。
「いつものことだ」
「今度は何を」
「子供たちの未来」
「気が早い。まだ誰も成人していない」
「考えるだけなら自由だろ」
彼女は小さく鼻を鳴らし、それから俺の隣に座った。ヒカリはテオの作業に興味を示し、乳鉢を覗き込み始めた。
「でも、悪くない」とレナは言った。
「何が」
「未来を考えること。私も最近、考えるようになった。この子たちが大きくなったら、どんな村になるんだろうとな」
「どんな村だと思う」
「わからない。でも、悪い村にはならない。お前が作った村だからな」
「俺だけじゃない。皆が作った村だ」
「そうだな」彼女は少しだけ微笑んだ。「でも、お前が最初にドアを開けた。それだけは忘れるな」
午後、俺は屋上に立って村を見下ろしていた。雪解けの水が道を濡らし、子供たちが水たまりを跳ねながら走り回っているのが見えた。市場には新しい店が一軒増え、交易所の隣には小さな学校のような建物が建設中だった。ライラが「子供たちに読み書きを教える場所が必要」と提案したのだ。
「また考え事か」と声がした。シルフィーだった。彼女は翼をたたんで隣に降り立った。
「ああ。少しだけ」
「何を」
「春が来る。そうしたら、また何かが変わる」
「リサンドラの子か」
「それもある。でも、もっと大きなことだ。塔が完全に目覚めて、村が成長して、子供たちが増えて――すべてが動いている。俺はその真ん中に立っているだけだ」
「それで十分だと思う」彼女は翼をそっと俺の肩に掛けた。「あなたが真ん中に立ってるから、皆が安心して動ける。私も、リサンドラも、皆も」
「お前は最近、妙に大人びたことを言うな」
「私ももうすぐ母親になるかもしれないから」彼女は微笑んだ。「リサンドラの次は、私の番」
「約束したな」
「うん。約束」
夕方、居間で皆が集まった。リサンドラの腹はもう隠しようもなく膨らみ、皆が順番に手を当てては中の動きを感じ取ろうとしていた。カイは「動いてる」と真顔で言い、ヒカリは「私も最初はこうだったの?」とレナに尋ね、テオはアルテアの診断杖を借りて聴診の真似をし、ルミナは母親の核のそばでふわりと浮かんで微笑んでいた。
「春が来る」とヴァエリスが言った。
「ああ」と俺は答えた。
「この塔は、これからもずっと、新しい命を迎え続ける。そして私は、それをずっと見守り続ける」
「精霊の時間なら、何百年でもな」
「うん。でも、短い命も、長い命も、同じくらい愛おしい」
彼女はルミナをそっと抱き寄せ、青い光が二つ、静かに重なり合った。
夜、俺はリサンドラの部屋を訪ねた。彼女は窓辺に座り、月明かりの中で腹を撫でていた。剣は壁に立てかけてあり、その刃は静かに光を反射していた。
「眠れないのか」と俺は隣に座った。
「少し。考え事をしていた」
「何を」
「名前だ。まだ決めていなかった」
「そういえば、そうだな。何か案はあるのか」
彼女はしばらく沈黙し、それから口を開いた。
「もし女の子なら、アルネ。古いエルフの言葉で『夜明け』を意味する。私の長い夜が明けたのは、この塔に来てからだから」
「いい名前だ。男の子なら」
「ソル。『太陽』だ。私の人生には、ずっと太陽がなかった。お前に会うまでは」
俺は彼女の手を取って、そっと握った。
「どちらでも、いい名前だ」
「ああ。どちらでも、この子は私の子だ。お前の子だ。私たちの子だ」
彼女は俺の肩に頭を凭せかけ、月明かりの下で静かに目を閉じた。外では雪解けの水が滴り、塔のマナがゆっくりと脈打っていた。冬の終わりは静かで、そして確かな温かさを帯びていた。春はもう、すぐそこだった。




