表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放先は辺境の廃塔でした   作者: 星海凡夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/150

第109章 〜治癒師の覚悟〜

第109章 〜治癒師の覚悟〜


アルテアの妊娠が正式に確認されたのは、それから数日後の朝だった。温室で彼女が俺の手を取って杖の光を見せたとき、その緑の目には涙が浮かんでいた。


「いた」と彼女は言った。「ここに」


まだ何も見えない腹にそっと手を当てる彼女を抱きしめながら、俺はこの静かな時間がずっと続けばいいと思った。


「三度目だ」とゴルンは鍛冶場で金槌を振るいながら言った。「もはや驚かん。この塔は子供が生まれるようにできている」


「できているわけじゃない。そうなったんだ」とヴェラスは新しい揺りかごの部品を削りながら答えた。


「同じことだ」


アルテアはといえば、妊娠がわかった日から仕事の量を減らすどころか、逆に増やしたように見えた。診療所の棚を整理し、薬草の在庫を確認し、ライラと共に異種間妊娠の記録をさらに詳細にまとめ始めた。


「安静にしろと言ったはずだ」と俺は温室で彼女を見つけて言った。彼女は鉢植えの前にしゃがみ込み、土の様子を観察していた。


「安静は患者に言うものです。私は治癒師です」


「治癒師だって患者になる」


「私は自分の患者じゃない」彼女は立ち上がり、膝の土を払った。「それに、動いていたほうが気が楽なの。じっとしていると考えすぎる」


「何を考えてるんだ」


「いろいろ。この子がどんな風に育つか。私がいい母親になれるか。それから――」彼女は間を置いた。「この子に、どんな未来を残せるか」


「未来なら、俺たちが作っていく」


「ええ、そうね」彼女は微笑み、腹に手を当てた。まだほとんど膨らみはなかったが、その仕草には確かな重みがあった。「でも、作り方は一人ひとり違う。私は治癒師だから、治すことで未来を作る。この子は、何で作るんだろう」


「それはこの子が決める。俺たちはただ、選べるようにしてやるだけだ」


彼女はしばらく俺を見つめ、それからうなずいた。


午後、リサンドラがアルテアの部屋を訪ねてきた。彼女は手に一輪の野花を持っていた。白く小さな花びらが震えている。


「見舞いだ」と彼女は言った。


「ありがとう。綺麗な花ね」


「森で摘んだ。あまり意味はない。ただ――」彼女は言葉を切り、銀色の目を伏せた。「お前は戦いに行く。命を育む戦いは、剣を振るうより難しい。私はそれを尊敬する」


アルテアは少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。


「リサンドラがそんなことを言うなんて」


「私も変わりつつある。お前たちのおかげだ」


その夜、居間で夕食を囲みながら、ミリがいつものように帳簿を広げて言った。


「新しい移住者が三家族、春には到着する予定です。猫系の獣人、ドワーフの鉱夫、そして人間の農夫。市場の近くに家を建てたいそうです」


「村がどんどん大きくなるな」と俺は言った。


「ええ。それでね、シン様、そろそろ村の名前を決めるべきです。外の人たちは好き勝手に呼んでる。『塔の村』『リンゴ村』『再生町』。統一しないと、地図にも載せられない」


「名前か」


「そう。あなたが決めていいのよ」


俺は少し考え、それから顔を上げた。


「『始まりの村』。どうだ」


テーブルの向こうで、レナが顔を上げた。「始まり?」


「ああ。すべてはここから始まった。俺たちも、子供たちも、この先の未来も」


「悪くない」とリサンドラが言った。


「いい名前だと思います」とライラがノートを開きながらうなずいた。


「じゃあ、それで決まりだ」とミリが帳簿に書き込んだ。


春が近づくにつれて、アルテアの腹はゆっくりと膨らみ始めた。彼女は相変わらず診療所で働き続け、時には患者よりも重い腹を抱えて立っていることさえあった。


ある夜、俺が彼女の部屋を訪ねると、彼女は窓辺に座り、外の月を見ながら静かに腹を撫でていた。


「もうすぐだな」と俺は隣に座った。


「ええ。あと数週間。この子、よく動くの。夜になると特にお腹の中で蹴ってる」


「元気な証拠だ」


「そうね。誰に似たのかしら」


「母親だろ。父親はどちらかといえば静かなほうだ」


彼女は小さく笑い、俺の肩に頭を凭せかけた。


「シン、私、産むのが怖くないと言ったら嘘になる。でも、あなたがいて、皆がいて、この塔がある。だから大丈夫」


「もちろんだ」


「それに」彼女は腹を撫でながら続けた。「この子はきっと、誰かを癒す人になる。治癒師として、母親として、そう信じてる」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ