第109章 〜治癒師の覚悟〜
第109章 〜治癒師の覚悟〜
アルテアの妊娠が正式に確認されたのは、それから数日後の朝だった。温室で彼女が俺の手を取って杖の光を見せたとき、その緑の目には涙が浮かんでいた。
「いた」と彼女は言った。「ここに」
まだ何も見えない腹にそっと手を当てる彼女を抱きしめながら、俺はこの静かな時間がずっと続けばいいと思った。
「三度目だ」とゴルンは鍛冶場で金槌を振るいながら言った。「もはや驚かん。この塔は子供が生まれるようにできている」
「できているわけじゃない。そうなったんだ」とヴェラスは新しい揺りかごの部品を削りながら答えた。
「同じことだ」
アルテアはといえば、妊娠がわかった日から仕事の量を減らすどころか、逆に増やしたように見えた。診療所の棚を整理し、薬草の在庫を確認し、ライラと共に異種間妊娠の記録をさらに詳細にまとめ始めた。
「安静にしろと言ったはずだ」と俺は温室で彼女を見つけて言った。彼女は鉢植えの前にしゃがみ込み、土の様子を観察していた。
「安静は患者に言うものです。私は治癒師です」
「治癒師だって患者になる」
「私は自分の患者じゃない」彼女は立ち上がり、膝の土を払った。「それに、動いていたほうが気が楽なの。じっとしていると考えすぎる」
「何を考えてるんだ」
「いろいろ。この子がどんな風に育つか。私がいい母親になれるか。それから――」彼女は間を置いた。「この子に、どんな未来を残せるか」
「未来なら、俺たちが作っていく」
「ええ、そうね」彼女は微笑み、腹に手を当てた。まだほとんど膨らみはなかったが、その仕草には確かな重みがあった。「でも、作り方は一人ひとり違う。私は治癒師だから、治すことで未来を作る。この子は、何で作るんだろう」
「それはこの子が決める。俺たちはただ、選べるようにしてやるだけだ」
彼女はしばらく俺を見つめ、それからうなずいた。
午後、リサンドラがアルテアの部屋を訪ねてきた。彼女は手に一輪の野花を持っていた。白く小さな花びらが震えている。
「見舞いだ」と彼女は言った。
「ありがとう。綺麗な花ね」
「森で摘んだ。あまり意味はない。ただ――」彼女は言葉を切り、銀色の目を伏せた。「お前は戦いに行く。命を育む戦いは、剣を振るうより難しい。私はそれを尊敬する」
アルテアは少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「リサンドラがそんなことを言うなんて」
「私も変わりつつある。お前たちのおかげだ」
その夜、居間で夕食を囲みながら、ミリがいつものように帳簿を広げて言った。
「新しい移住者が三家族、春には到着する予定です。猫系の獣人、ドワーフの鉱夫、そして人間の農夫。市場の近くに家を建てたいそうです」
「村がどんどん大きくなるな」と俺は言った。
「ええ。それでね、シン様、そろそろ村の名前を決めるべきです。外の人たちは好き勝手に呼んでる。『塔の村』『リンゴ村』『再生町』。統一しないと、地図にも載せられない」
「名前か」
「そう。あなたが決めていいのよ」
俺は少し考え、それから顔を上げた。
「『始まりの村』。どうだ」
テーブルの向こうで、レナが顔を上げた。「始まり?」
「ああ。すべてはここから始まった。俺たちも、子供たちも、この先の未来も」
「悪くない」とリサンドラが言った。
「いい名前だと思います」とライラがノートを開きながらうなずいた。
「じゃあ、それで決まりだ」とミリが帳簿に書き込んだ。
春が近づくにつれて、アルテアの腹はゆっくりと膨らみ始めた。彼女は相変わらず診療所で働き続け、時には患者よりも重い腹を抱えて立っていることさえあった。
ある夜、俺が彼女の部屋を訪ねると、彼女は窓辺に座り、外の月を見ながら静かに腹を撫でていた。
「もうすぐだな」と俺は隣に座った。
「ええ。あと数週間。この子、よく動くの。夜になると特にお腹の中で蹴ってる」
「元気な証拠だ」
「そうね。誰に似たのかしら」
「母親だろ。父親はどちらかといえば静かなほうだ」
彼女は小さく笑い、俺の肩に頭を凭せかけた。
「シン、私、産むのが怖くないと言ったら嘘になる。でも、あなたがいて、皆がいて、この塔がある。だから大丈夫」
「もちろんだ」
「それに」彼女は腹を撫でながら続けた。「この子はきっと、誰かを癒す人になる。治癒師として、母親として、そう信じてる」




