第106章 〜未完の目覚め〜
出発の朝、空は晴れていたが、風がどこか違っていた。冷たいでもなく、湿っているでもなく、何かを待っているような、そんな風だった。
「いい風だ」とシルフィーが翼を広げながら言った。「飛ぶのにちょうどいい。空が私たちを歓迎してる」
「それは詩的だな」と俺は荷物を背負いながら答えた。
「詩的じゃない。空を読んだだけ」
門の前には、見送る者たちが集まっていた。レナはヒカリを抱き、マリスはカイを胸に抱え、アルテアは救急袋を手に最後の確認をしていた。セラとヴェラスは双子の手を握り、エリオンは守護者たちの列の前に立っていた。
「気をつけて」とアルテアが言った。「無理はしないで」
「俺が無理をすると思うか」
「するに決まってる。だから言ってるの」
彼女は背伸びをして俺の頬にキスをし、それからカエレンのほうを向いて、同じように彼の頬にもキスをした。老人は驚いたように目を瞬かせ、それから照れくさそうに微笑んだ。
「激励です」とアルテアは言った。「治癒師からの」
門を出ると、森は静かだった。前回、前々回と同じ道を通り、同じ川を渡り、同じ山道を登った。しかし今回は、空気が違っていた。全員がそれを感じていた。これは探索でも収集でもない。修復の旅だった。百年以上前に断たれたものを繋ぎ直すための旅だった。
夕方には最初の野営地に着いた。焚き火を囲みながら、カエレンが静かに語り始めた。
「父は最期の日々、ずっと未完の者のことを話していました。『私はあれから声を奪った。存在を奪った。あれは生きていたのに、私が封じた』と」
「声を?」とヴァエリスが尋ねた。
「未完の者は、かつて不完全ながらも話すことができた。父の日記の最初の方に、その記述があります。塔に登ったとき、何かが彼に呼びかけたと。しかし父は恐れ、理解せず、封じた」
「恐れは時に人を盲目にする」とリサンドラが言った。
「そうだ。そして盲目の行いは、何世代も後に続く傷を残す」
焚き火がはぜる音だけが、しばらく続いた。
「だが、お前がその傷を癒すんだ」と俺は言った。
「そうだ。父の代わりに」
二日目の朝、峠を越えると、眼下に湖と、その向こうに黄昏の塔が見えてきた。前回と同じ、いや、何かが違っていた。塔の頂上付近の窓から、かすかな光が漏れていたのだ。
「あの光」とシルフィーが空から降りながら言った。「前はなかった。前回はもっと暗かった」
「未完の者が応答している」とヴァエリスが核を輝かせながら言った。「私たちが近づくのを感じている。待っている」
「七十年待ったんだ。あと数時間くらい待てるだろう」とゴルンが金槌を担ぎ直しながら言った。
カエレンは何も言わず、ただ光を見つめていた。その目は潤んでいた。
塔の入り口は前回と変わらず、むき出しの石と歪なアーチが広がっていたが、内部は以前より明るかった。壁の石の目地に沿って、かすかな白い光が脈打っていた。
「前はこんなじゃなかった」とライラがノートを開きながら言った。「この光は新しい。まるで塔全体が呼吸を始めたみたいだ」
「未完の者が応答している証拠だ」とヴァエリスが言った。「彼は私たちを感じている。特に――」彼女はカエレンのほうを向いた。「あなたを」
カエレンは布袋から結晶を取り出した。それは彼の手の中で規則正しく脈打ち、塔の光と同じリズムを刻んでいた。
「父の欠片だ。未完の者から奪ったもの。今、これを返す」
螺旋階段を上っていく。一段ごとに光が強くなり、空気が暖かくなっていった。頂上の部屋は前回と同じように天井がなく、空に向かって開け放たれていた。しかし中央の台座の上に、以前はなかったものがあった。光の塊――人の形をかろうじてなぞる、揺らめく輪郭。
「未完の者」とヴァエリスがほとんど畏敬の念を込めて囁いた。
その光は声を発した。いや、音ではなかった。思念だった。塔の記録が伝える情報に似て、頭のなかに直接響く声だった。
「――来た――」
カエレンは一歩前に進んだ。手の中で結晶が激しく脈打っていた。
「私はカエレン。お前を封じた男の息子だ。父の過ちを正すために来た」
「――封じた――男――覚えている――恐れていた――」
「父は恐れていた。お前を理解できなかった。そしてお前から声を奪い、存在を曖昧にし、お前の核の一部を持ち去った。これがそれだ」彼は結晶を差し出した。「返しに来た。遅くなってすまない。何年も、何十年も遅れた。だが今ここにある」
彼は結晶を光の前に置いた。
結晶が浮かび上がり、ゆっくりと未完の者の胸のあたりに吸い込まれていった。光が強まり、塔全体が震えた。そして――声が変わった。かすかな思念ではなく、本当の声が部屋に響いたのだ。
「――声――だ――これが――声――」
未完の者は自分の喉に手を当て、その存在が初めて発する言葉を探していた。
「ありがとう」と未完の者は言った。その声は老人のものでも子供のものでもなく、百年以上の沈黙を破って初めて発せられた声だった。
「私は――ここに――いる――」
カエレンは膝をついた。涙が彼の頬を伝い、石の床に落ちた。
「ああ。お前はここにいる。ずっとここにいた。ただ誰も聞いていなかっただけだ」
ヴァエリスが静かに近づき、青い核の光を未完の者の隣に置いた。
「私もかつては封じられていた。誰にも聞かれず、誰にも見られず。でも今は違う。あなたも、もう独りじゃない」
未完の者は彼女を見つめ、そのかすかな輪郭を上下に動かした。うなずきだった。
日が傾き、湖に二度目の夕日が映る頃、俺たちは塔の頂上にいた。未完の者はまだ言葉を覚えている最中だったが、その存在は確かにそこにあり、話し、聞き、理解していた。
「これからどうする」とシルフィーが静かに尋ねた。
「俺たちの塔に来ないか」と俺は未完の者に声をかけた。「今はまだ旅に耐えられるか分からない。でも、いつか。そこには子供たちがいる。君と同じように、生まれたばかりの命だ。君もまた、生まれたばかりだろう」
未完の者は長い沈黙のあとでうなずき、初めて笑ったように見えた。
「――いつか――約束――する――」
夜、湖のほとりで焚き火を囲み、カエレンは静かに泣いていた。ゴルンは何も言わずに肩を叩き、リサンドラは敬意を込めてうなずき、ライラはそのすべてをノートに記録し、シルフィーは翼を休め、ヴァエリスは穏やかな光を放っていた。
「父さん、やったよ」と彼は空に向かって囁いた。「お前の過ちを、やっと正した」
俺は何も言わず、ただその肩に手を置いた。
リンゴの木が遠くの塔で輝き、光り草が瞬き、再生の塔は今日も呼吸を続けていた。それは終わりではなく、始まりだった。いつもそうだ。この塔では、すべてが始まりだった。




