第4話 マッドサイエンティスト
「……ここは」
目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。部屋の中は、石造りではあるが牢屋のような冷たさはない。むしろどこか温もりのある空間だ。体を動かすと、ふわりと沈む柔らかい感触。
「……ベッド?」
あの冷たい牢屋から一転、ずいぶん待遇が良くなったものだ。
「生きてる……よな、僕」
腕を動かし、足を動かす。痛みは少しあるが問題ない。というか—
「これって現実?僕死んでないよな。」
「死んでたら今こうして話せていませんよ。」
「うわっ!?」
突然横から声がして、思わず飛び起きた。そこにいたのは銀髪の女性。そう、あの玉座に座っていた女王様だった。
「お、おはようございます……?」
「ええ、おはようございます。よく眠っていましたね。」
落ち着いた声で微笑む女王。その姿はやはり美しく、思わず見とれてしまう。
(あ、これまた罪になるやつじゃないよな……?)
「安心してください。罪に問うつもりはありません。」
「なんで僕の考えてることが、心を読む能力でもあるんですか!?」
「いいえ、顔に出ています。」
「あ、はい……」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「それで、ここは?」
「おっと、言い忘れてましたね。ここは、、」
すると入り口がドンッ、と扉の向こうから鈍い音が響いたかと思えば、扉が宙に浮かびあがり地面を勢いよくたたいた。
「よ〜う、起きたか?」
入ってきた人物を一言で表すならば、顔は美人でルックスも良いお姉さんに見えるやばそうな人。胸元の空いた服を着てるかと思えば、口にはたばこのようなものを咥え、髪はぼさぼさ、目の近くには独特なタトューのようなものが刻まれていた。
「ずいぶんと早かったですね。カノン他の患者の手当ては終わったのですか?」
「女王様よ〜私を下の名前で呼ぶんじゃね〜っていつも言ってるよな?」
「いいじゃないですか。私はかわいいと思いますよ。」
すると突然カノンと呼ばれていた女性が女王に近づいていく。
「いい加減にしろよ。そんなにかわいい連呼するんだったら。あたしみたいにかわいくしてやろうか?」
なんか、空気が一瞬で張り詰めだんだけど。女王様もなんでこんなに圧かけられているのに平然とした顔ができるんだ?
「ええ、かわいくしてくださるなら。お願いします。」
言ったー。本当に行っちゃったよこの人。
「だったら、言った通りかわいくしてやるよ。、、、なんてな。」
え?どういう事だ。
カノンは女王に向けていた顔を僕の方へと向けてくる。
「冗談だよ、冗談。お前がどんな反応をするのか気になって茶番をしてみたってわけよ。」
「もう、冗談にしても度が過ぎてますよ。笑うのを我慢するの大変だったんですから。」
「そうだったんですね。てっきりとても仲が悪いのかと思ってましたよ。」
「仲が悪いだって?こいつと私が?あはははは。お前が言ってた通りの面白いやつだな。こいつ。」
「そうでしょう。彼は面白いのですよ。」
女王様はどこか自慢げに僕のことを語っている。
「カノンさん。ここはどこなんですか?」
「おい、私を下の名前で呼ぶんじゃね〜。ぶっ殺されてぇのか?」
「え、だって女王様は下の名前で呼んでたじゃないですか。」
「あ?こいつはいいんだよ。」
なんて理不尽なんだ。
「それと、ここは怪我した奴やなんらかの病気にかかちまった奴、意識を失った奴とかを治療する場所だ。ちなみに私はここのリーダーな。」
病院みたいなものか。
「あなたが絵を実体化させた後突然意識を失いその場に倒れたので、ここに連れてきたのです。」
「女王様が連れてきてくれたんですか?」
「はい。久しぶりに外に遊びに、、、げふん、外を見て回るのも女王としての務めですからね。」
いま遊びって言いかけなかったか?まぁいいか。
「そうなんですね。ありがとうございます。」
「それで意識は確かに回復したがよー。どうも不可解な点がお前の体にあるんだよな。」
「不可解な点。僕の体にですか?」
もしかしてバレたか。
「ああ、体を隅々まで調べても魔力紋がなかったんだ。姫様から聞いた情報だと魔法のようなものを扱ったと聞いているんだが、魔力を使わずそんな芸当はできるはずないんだがな。」
へーそうなんだ。え、今体の隅々までって。
「あのー隅々までって具体的にはどこまで調べたんですか?」
「今はそんなことさほど重要じゃねぇ、それよりもだな。」
「僕にとってはかなり大事なことなんですよ。今まで女性に裸なんて見られたことなかったのに。」
「お前みたいな貧相な体の奴みても、全然興味ねぇから安心しろ。」
それはそれで結構くるな。
「それよりもさっきの話だ。なぜお前は魔法のような芸当ができたんだ?心当たりとかないのか?」
「えーと……僕も正直よくわかってなくて」
「自覚なし、ですか。」
「はい。気づいたら描いてて、気づいたらドラゴン出てきてました」
「んなわけねぇだろうが、気づいたらドラゴンが出てきただとす?そんなことができる奴は神だけだ。」
「そんなこと言われても、本当に覚えてないんですよ。」
扉のない入り口から男が入ってくる。
「レオノールさん、患者さんがまた悪夢にうなされてます。」
「またかよ。すまねぇな姫様。せっかく来てくれたのに。また今度話そうぜ〜。」
「分かりました。お仕事頑張ってくださいね。」
「それと、蓮斗だったけっか。お前には魔力紋がなかったから、人工的だが魔力を補える紋章を刻んでおいた。もしまた意識失ったらこい。んじゃ。じゃあな。」
そそくさと2人は出ていき、また女王様と2人きりとなった。
「……ふふ」
女王は小さく笑った。
「やはり、あなたは面白いですね。」
「それ、褒めてます?」
「ええ、もちろんとても褒めてます。」
よかった、今回はポンコツ扱いじゃなさそうだ。
「それで、本題なのですが」
本題?さっき城で言っていた「やはりあなたが……」の続きだろうか。
「あなたには、これからある場所へ行ってもらいます」
「ある場所?」
「教会です。」
(教会……?)
「……あ」
思い出した。
「ルシエナ様が言ってたやつだ」
「ルシエナ……?」
女王の表情が変わる。
「どうかしましたか?」
「いえ……その名が、少し気になりまして」
「え?」
なんだその反応。
「蓮斗。聞こえますか。」
「あ、ルシエナ様」
頭の中にいつもの声が響く。
「勝手に名前を出さないでください。」
「いや今さら!?」
「いいですか。あの女王はただ者ではありません。慎重に会話をしてください」
「いやもう遅くないですか?」
「……それもそうですね」
やはりポンコツすぎる。
「いいですか。教会には必ず行きなさい。」
「それは分かってますけど、なんでそんなに教会推しなんですか?」
「それは——」
そこで、声が途切れる。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんでもないです。」
今、確実に何か言おうとしてたよな。しかも結構重要そうなやつ。
「……まぁいいか。」
どうせ聞いても「企業秘密です」とか言われるやつだ。
「それで、教会に行く理由って?」
「あなたの力を調べるためです。」
女王はまっすぐこちらを見つめる。
「あなたの能力は、この国どころか、この世界でも例がありません。」
「え、そんなレベルなんですか。」
「はい。通常、魔法とは既存の現象を操るもの。しかしあなたは」
女王は少し間を置いて、続ける。
「“何もない場所からものを創り出した”」
「……たしかに」
言われてみればそうだ。
僕が描いたのは、僕が頭の中で思い描いていた、ただの想像上の存在。想像が、現実になった。
「教会には神や加護、そして魔法。“神の使い”についての知識が集まっています。」
「つまり……」
「あなたが本当に“神の使い”なのか。それともそれ以上の何かなのか。」
それ以上、という言葉に少し寒気がする。なんだろう、この変な感じ。
「安心してください。」
女王は優しく言う。
「少なくとも私は、あなたを害するつもりはありませんよ。」
「……信じていいんですか?」
「ええ」
その目は、とても嘘をついているようには見えなかった。
「分かりました。行きます。」
どうせここで断る選択肢なんてない。
それに、ちょっと気になるしな、自分の力。
「では、決まりですね。」
女王は立ち上がる。
「出発は本日中に行います。」
「え、今日!?」
「ええ。準備はこちらで整えますので安心してください。」
いや展開早いなこの世界。
「では、少し休んでいてください」
そう言って女王は部屋を出ていこうとする。
「あ、ちょっと待ってください」
「なんでしょう?」
「……僕、これからどうなるんですか?」
女王は少しだけ考えた後、こう言った。
「それを決めるために、あなたには旅をしてもらいます。」
「……旅」
「ええ」
入り口の前で振り返り、微笑む。
「あなたの力が、この世界に何をもたらすのか。それを見極めるためのね。」
そう言って、女王は部屋を出ていった。
あんなに騒がしかった部屋が静かになる。
「……なんか、すごいことになってきたな。」
「本当ですね。」
「ルシエナ様、他人事すぎません?」
「だって面白そうじゃないですか。」
「いや僕の人生なんですけど!?」
「大丈夫ですよ。蓮斗ならなんとかなります。」
「そう言っていただけるのは嬉しいですけど。根拠はあるんですか?」
「ありません。」
即答だった。
「……はぁ」
でも、不思議とさっきまでの絶望感はなかった。
むしろ「ちょっとワクワクしてる自分がいるんだよな。」
異世界。女神。謎の能力。そして旅。
「あいつに話したら、絶対羨ましがるだろうな。」
ふとそんなことを思う。その時だった。
こちらに近づいてくる足音が聞こえる。
「失礼する」
入ってきたのは、あの堅物、ヴィンセントだった。
「うわ、出た。」
「何だその反応は。」
「いや、ちょっと苦手で。」
「正直だな貴様。」
腕を組みながらこちらを見る。
「まさかヴィンセントさんにまで来ていただけるなんて。」
「私だって可能な事ならここにだけは来たくなかった。女王様に「ごめんなさい。ヴィンセントやっぱりあなたが必要になったわ。」と言われ仕方なく来てやったのだ。」
「なんかすいません。」
「それはそうと、体調はどうだ。」
「まぁ、なんとか。体は動かせます。」
「そうか。」
ヴィンセントは短く答えると、こちらに一歩近づく。
「一つ聞くぞ。」
「はい」
「お前、いったい何者だ?」
その目は、まだ疑いを捨てていない。
まぁ当然だよな。
「さぁ……僕にもよく分からないんです。」
「ふざけているのか?」
「むしろ真面目です。」
「……そうか」
意外にも、ヴィンセントはそれ以上の事を追及してこなかった。
「女王陛下の命により、お前は教会へ向かうことになった。」
「はい、さっき女王様から聞きました。」
「護衛は俺が担当する。」
「え?」
「文句でもあるか?」
「いや、めちゃくちゃありますけど。」
「残念だが、却下だ。」
「準備が整い次第出発する。遅れるなよ。」
そう言い残し、ヴィンセントは部屋を出ていった。
「……まじかよ。」
最悪の同行者が今ここに決定した。
「いいじゃないですか。ツンデレ枠ですよ。」
「絶対違う。」
言われていた時間になり、外へと向かう。
「遅い、もっと早く来い。」
おかしいな、集合まであと二分はあったはずだが。
「集合時間の15分前には準備は完了させるのが普通だろう。」
いったいこいつは何を言ってるんだ?どこの法律で、集合時間15分前に行くバカがいると思ってる。
「それでは行きましょうか。」
「女王様も行くんですか?」
「もちろん行きますよ。ヴィンセント1人では心配でとても落ち着きませんから。」
「女王陛下、私をからかうのはおやめください。」
外に置かれていた、馬車に乗り教会へと向かう。ヴィンセントは外の馬の手綱をひいている。
「そういえばまだ私の名前を教えていませんでしたね。」
「確かにまだ教えてもらってませんね。」
「それでは」
女王様は少しだけ視線を逸らした後、僕の耳元に口を近づけた。
「本当はあまり名前を名乗ってはいけないのですが、特別ですよ。私の名前は、アレクシア。アレクシア・ローズです。気軽にローズと呼んでください。」
名前を言い終わると、ローズ様は僕の耳元から顔を離し席に戻った。とてもいい匂いがしたのを僕は生涯忘れることはないだろう。対面している僕の顔を覗き込んでいる彼女はどこかからかっているようにも、嬉しそうにも見えた。
「では今後はローズ様と呼ばせてもらいます。」
「分かりました。ふふ、これで友達ですね。
私、友達というものを作ってみたかったんです。立場上そのようなものをつくる機会がなくて。」
そうか、この人は友達も作ることができない環境に置かれていたんだろうな。そういう所は少し僕に似ている。
「では、僕がローズ様の友達第一号ですね。これからよろしくお願いします。」
「ええ、よろしくね、蓮斗。」
ああ、かわいすぎて尊い。
こうして僕のよく分からない力と、よく分からない女神と、よく分からない女王様に巻き込まれた旅が今始まろうとしていた。
だが、この時の僕は、まだ知らなかった。この“教会”が、僕の運命を大きく変える場所になることを。




