第5話 教会で起こる不安な空気
馬車の揺れが一定のリズムで体を揺らす。外から聞こえる馬の足音と車輪の音が、妙に心地よかった。
「……平和だな。」
ふと、そんな言葉が口からこぼれる。
「緊張しているのですか?」
向かいに座るローズ様が、こちらを覗き込むように言った。
「いや、緊張っていうか……現実味がないというか。異世界に来て、牢屋に入れられて、ドラゴン出して、次は教会って」
「ふふ、確かに波乱万丈ですね。」
「ですよね?普通じゃないですよね?」
「ええ、少なくとも“普通”ではありませんね。」
「……あ」
ふと、あることを思い出す。
「ローズ様、僕変なことを言われたんです。」
「変なこと、ですか?」
「はい。カノンさん……じゃなくてレオノールさんに」
カノンという名前を言った瞬間飛んでくるかもしれないからな今後は注意しとかないと。
「ああ、彼女に。なんと言われたのですか?」
「確か魔力紋がなくて、人工的に魔力紋を刻んだとかなんとか。」
「……魔力紋が、ない?」
ローズ様の表情が、わずかに変わる。
「はい。普通はあるものなんですか?」
「ええ。この世界の人間には、基本的に魔力を扱うための器のようなものを持っています。それが魔力紋です。」
「へぇ」
「位置や形は人それぞれですが、必ず存在します。」
「じゃあ僕って……」
「例外中の例外ですね。この世界の者ではないというなら納得できるのですが。」
(え、これもうバレてない?)
内心ヒヤッとする。
(僕が異世界から来たことバレてない?)
「蓮斗、その事は絶対に言ってはなりませんよ。」
頭の中にルシエナ様の声が響く。
「ルシエナ様、どうしてですか?」
「では、簡潔に説明しましょう。」
いったいなぜ、言ってはいけないのか、それは
「話せば死んでしまうからです。」
「だ、ダニィー!?」
「話せば死ぬってどんなチートですか。」
「チート?というのは分かりませんが、異世界のことを少しでも話せば死にます。」
なんて、なんて理不尽な世界なんだ。
「蓮斗?どうしたのですか?そんなにボーッとして」
「あ、えーと……」
慌てて取り繕う。今気がついたことだが、ルシエナ様との会話は頭の中でもできるらしい。今まで声を出して会話してたから変にみられていたけどこれなら大丈夫だよな。というかこんな機能あるなら教えてほしかったんだけど。
「魔力紋がないのに、僕はどうやって魔法を使ったのかなーって考えてたんですよ」
「そこです」
ローズ様の声が少しだけ真剣になる。
「私の仮説にはなりますが、魔力紋は魔法を使う際の“魔力の調整”も担っています」
「調整?魔法を扱うのに調整がいるんですか?」
「はい。魔力を適切な量に抑え、制御する役割を持つ事で魔法の大きさを変えます。」
「そのため魔力紋がなかった蓮斗は、体内に溜まっていた魔力を一気に使ってしまい、気絶したと考えられます」
「なるほど。」
確かに、あの後すぐ気を失った。この世界の人間じゃない僕に魔力がある理由は謎だけど、この説明は割としっくりくる。
「ですが、おかしな点はまだあります」
「え?」
「魔力紋を持たずに“現象を発生させる”など、本来ありえるはずがないのです」
「現象って……?」
「魔法とは本来、“既に存在するものを操る力”です」
風を起こす、水を動かす、火を生む。
「ですがあなたは“存在しないものを創り出した”。そしてなにより、そのような奇跡を扱えることが皆に女神の使いと信じ込ませることができた理由でしょう。」
「……たしかに」
「しかし、あの力がなんであれ魔力というものは絶対に関わってきます。カレンが刻んだ人工魔力紋。それはあの力を扱うのを手助けしてくれることでしょう。」
あれはただの想像。僕の頭の中にあった“絵”が、現実になった事がおかしいのだ。
「蓮斗、あなたのその状態はかなり異常です」
「ルシエナ様、僕の体が何かしらやばいんだろうなって自覚はありますよ。」
「いえ、あなたが思っているよりもずっと危険な意味でです。」
「それと教会に着いたら、絶対に油断しないでください。」
「なんですかそれ。また急に怖いこと言わないでくださいよ。」
「いいですか。あそこは」
「……あそこは?」
「……いえ、やはり今は言いません」
「いやそこまでいったなら言ってくださいよ!ここでそんなネタみたいな事はしなくていいんです。普段からネタをしてて染み付いているのは分かりますけど。」
「ネタではありません。あと染み付いてもいませんからね。先入観は判断を鈍らせます。だから言わないのです。」
「絶対それ後付けの理由ですよね?」
「……否定はしません。」
ほんとこの女神は。
しばらくして、馬車がゆっくりと速度を落とし始めた。
「着きましたよ。」
ヴィンセントの声が外から聞こえる。すっかり忘れてた。
馬車の扉が開かれ、外へ出ると。
「……でっか」
思わず声が漏れた。目の前にそびえ立つ巨大な建造物。白い石で作られたその建物は、空へ突き刺さるように高く伸びている。
「ここが……教会?」
「はい。この国で最も神聖とされる場所です。」
だが、その見た目とは裏腹に——
「なんか……」
なにか嫌な感じが胸の奥でざわつく。
「重い、というか……息苦しい?」
「ここは魔力の流れが濃い。そのため慣れていない者には負担になるのだ。」
ヴィンセントが嫌味のように僕に言ってくる。レオノールさんが刻んだという魔力紋のせいなのか。これが魔力か。
「魔力……」
「おかしいですね。初めて魔力を感じた者は魔力酔いが起きるはずなのですが。」
「え?少し息苦しさはありますけど、今のところ特になんともないですよ。」
むしろ、感覚が冴えている気すらする。
「……やはり」
ルシエナ様が何かを確信したように呟いた。
「一体何なんです。僕の体になにか異変でもあったんですか?。」
「後で説明します。」
絶対重要なやつだろそれ。今言ってくれよ。
「それでは行きますよ。」
ローズ様の一言で、僕たちは教会へと足を踏み入れた。重厚な扉がゆっくりと開く。
ギィィィ……
鈍い音が鳴ると静まり返った空間に響いた。
中に入った瞬間に僕は目をなんども開けた。これは現実なのか?
「……っ」
思わず足が止まる。
広い。いや、広いなんてもんじゃない。
天井は遥か上、まるで空と繋がっているかのように高く、左右には巨大な柱が並んでいる。床には複雑な模様が刻まれており、奥には淡く光る祭壇のようなものが見える。
そして——静かすぎる。
「なんだこれ……」
自然と声が漏れる。
「例えるなら静寂に満ちた空間、というべきでしょうか。」
ローズ様は落ち着いた様子で言うが、僕にはどうしても違和感があった。
ただ静かなだけじゃない。“何かに見られているような感じ”がする。僕の事を気になってる人でもいるのか?ミスったなサインを書くペンを持ってきてないよ。
「こちらです。」
案内されるまま、奥へと進む。
コツ、コツ、コツ……やがて、一人の男が立っているのが見えた。
白いローブに身を包み、穏やかな笑みを浮かべている。一発で偉い人だろうなと分かる。
「お待ちしておりました、女王陛下。」
落ち着いた声だが、僕には分かる。この人は
「お久しぶりですね、神官長」
神官長。やっぱりこの教会のトップか。
「その方が……例の女神様の使いですか?」
神官長の視線が、ゆっくりとこちらに向く。
「……っ!」
背筋に冷たいものが走る。ただ見られているだけなのに、まるで中身を覗かれているような感覚。
「あなたが、滝沢蓮斗様ですね。」
「は、はい。」
「ようこそ、教会へ。歓迎しますよ。」
にこやかな笑顔なのに、どこか気持ち悪い。
「蓮斗」
ルシエナ様の声が、これまでで一番低くなる。
「この男には気をつけてください」
「え?」
「——この者は、“神に仕える側”ではありません。」
この人は何を言ってるんだろう。神官長って役職についている人が神に仕えていない?とうとうボケたのか。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。それと後で話がありますから覚悟しとくように。」
いつもと変わらない。そんな会話の中にもその奥には明確な警告があった。
「この教会は」
その続きを聞く前に神官長が離し始めた、
「では、さっそく“確認”させていただきましょう。」
「確認?もしかしてあれ。ですか?」
「ええ。あれですよ。」
その笑みは変わらない。だが、さっきよりも距離がやけに近いな。もしかしてファン?
「あなたの力——それがどのようなものかを」
そっちかー。でもまだファンじゃない可能性は消えていない。
その瞬間床に刻まれていた模様が、淡く光り始めた。
「……え?」
足元から僕の体の周りを囲うように光が広がっていく。
円のような物に魔法陣のような模様。
「おい、これは——」
ヴィンセントが一歩前に出る。
「問題ありませんよ。これは“測定”ですから」
「測定って……」
嫌な予感しかしない。こいつ絶対敵だろ。真顔で見つめる僕の目を神官長は優しく目を合わせてきやがる。みんなは騙せても僕は騙せないぞ。
「蓮斗、動かないでください」
ルシエナ様の声。
「今ここで下手に動くと、逆に危険です。」
「いやもう十分危険そうなんですけど!?」
光が強くなり、視界が白に染まっていく。なんかこの流れにデジャブを感じるのは僕だけだろうか。
「……これは」
神官長の表情が、初めて変わった。先程の笑顔が消えている。
「ありえない……こんなことがあるのか?」
その声には、明確な“動揺”が含まれていた。
「どういうことだ……魔力が空っぽだと?」
え?空っぽ?みたいな反応。ヴィンセントの奴もおんなじ顔してる。
……そりゃそうだろ。僕さっきドラゴン出したんだぞ。ローズ様の仮説通りならこの結果は妥当だ。
「おかしい……そんなはずが……」
神官長はぶつぶつと呟いている。この焦ってる顔を見ながら僕はご飯三杯はいけるね。
「蓮斗、どうやらあなたの力はこの世界の“法則の外側”にあるようです。」
「ルシエナ様も何を言ってるんですか?それは僕がドラゴンを出したから魔力がないってことじゃあ。」
理解が追いつかない。
「つまりどういうことですか?」
「簡単に言えばあなたは“魔法を使っていない”ということです。」
いやいやいやいや。じゃああれ何だったんだよ。
魔力を使わずに魔法のようなものを使ったこの事実に僕だけが衝撃を受けていた。
その時だった。神官長が、ゆっくりと顔を上げる。その目に先ほどまでの穏やかさは一切なかった。
「……なるほど。これは、予想以上に“価値がある”ようですね。」
「女王陛下。この者を教会で預からせていただけませんか?」
その場の空気が、一瞬で変わる。
「なぜ教会に預けなければいけないのか理由を聞いても?」
ローズ様は微笑んだまま、静かに問い返す。
「この者には魔力が一切ないのです。それにも関わらず魔法に類する現象を引き起こした。このような存在は、歴史的にも例がありません。教会で彼を保護し、徹底的に調べるのがこの国のためになると思い提案した次第です。」
言ってることは正論っぽいが個人の自由を奪うだと?何を言ってるんだこいつは。ローズ様、あなただけが頼りなんです。僕の事を教会に置いてくなんてそんな冷たいことしないですよね?
この人に預けられる未来が、全く良いものに思えない。
「残念ですが、教会に預けるという提案は拒否いたします。」
「なぜです。この者を調べる事はこの国のためでもあるのですよ。」
「彼の所有権は私にあります。」
「所有権……?」
ちょっと待って、それ初耳なんだけど。
「それ以上の干渉は許しません。これ以上続けるのであれば、あなたを処罰することもやぶさかではありません。」
そこまでするのか。なんか神官長が可哀想になってきたな。
「で、ですが。女王陛下、それは」
「それ以上、女王陛下に何か言うのであれば」
今度はヴィンセントが前に出る。
「たとえ神官長といえど、このヴィンセントが許しません。」
かっこいいじゃんヴィンセント。少し見直したわ。
「....分かりました。」
神官長は、ゆっくりと頭を下げた。
「本日はこれ以上のことは控えましょう。」
あれ、引いた?思ったよりあっさりだな。
「ですが」
顔を上げたその目はさっきとは全く違っていた。
「その力は、いずれ必ず必要になる時がきます。」
「その時、またお会いしましょう。」
その言葉は、また必ず会う事をまるで確信しているかのようだった。
こいつ絶対諦めてないだろ。
「では女王陛下、私はここで失礼いたします。」
再び戻る、穏やかな笑顔。
でももう分かる。これは“表の顔”だ。
「では、さようなら。ほら行きますよ蓮斗、ヴィンセント。」
僕たちはそそくさと教会から出た。最後に見た神官長の目はまだ僕の事を諦めていないようなそんな雰囲気が出てたな。
「……はぁもう、本当にしつこかったですね。」
ため息をつきながらローズ様が軽く肩をすくめる。
「女王様、もう少し言葉をお選びください。」
「ヴィンセント、あなたは堅すぎるのですよ。」
「職務ですので。」
即答。相変わらずだなこいつ。さっきかっこいいとか思ったけど勘違いだったかも。
「蓮斗もそう思いませんか?」
「え、えーと……」
やばい、これ地雷だ。ちらっとヴィンセントの方を見る。こっちめっちゃ見てるよ。
「……状況によりますかね?」
我ながら完璧な逃げ。これでヴィンセントも怒らないだろ。
「ふふ、ずるい答えですね。」
ローズが楽しそうに笑う。
「ですが、そういうところも嫌いではありませんよ。」
その時だった。
「蓮斗」
ルシエナ様の声が聞こえてくる。
「今の神官長という男の事を覚えておきなさい。」
「え?」
「彼はまだ諦めていない。次に会った時、間違いなくあなたを狙ってきます。」
「いやもう十分嫌な予感してるんですけど。」
「いいえ。これは“予感”ではありません。」
「確定事項です。」
「……は?」
ちょっと待ってくれ。それってつまり
「あなたはもう、“安全な立場ではない”ということです。」
さっきまでの空気が、一気に変わる。
旅っていう言葉に浮かれてたけど、これ普通に命かかってるやつじゃない?
「……まじかよ。」
その頃、教会の奥の部屋では
「……例外、か。」
神官長は、一人呟いていた。
「魔法ではない力……干渉を受けない存在……」
その目には、蓮斗に対して狂気にも似た興味が宿っている。
「これは——この力は神すら超える可能性がある。絶対に、必ず手に入れてみせる。あの者の力を。」
ふふふふ、ははははは。
神官長の笑い声は誰にも届かず、ただ静かな部屋に不気味に響いていた。




