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第24話 「悪魔の誘惑」

第24話 「悪魔の誘惑」



紬希―――


バタンッ!!


美月さんが、寝室に閉じこもってしまった。

鍵をかける冷たい音が、廊下に響く。


「美月さん……」


私は、閉ざされたドアの前で呆然と立ち尽くした。

何が起きたのか、全く分からない。

さっきまで、お風呂でひなたさんと楽しく話していたのに。

上がってみたら、リビングの空気は凍りついていた。

私が、心配して声をかけたら、美月さんは見たこともないような顔で激高した。


『関係ないって言ってるでしょ!!』


あの叫び声が、耳に残って離れない。

あんなに余裕のあった美月さんが、激高するなんて思ってもみなかった。


(……どうして?陽翔さんと二人きりの時間に、一体何があったの?喧嘩? それとも……?)


私は、怖る怖るリビングの方を振り返った。


(陽翔さん……)


理由は分からない。

何があったのかも分からない。

でも、一つだけ分かることはある。

今、私たちの「お家」が、音を立てて崩れようとしていると言う事。


(……私が、しっかりしなきゃ)


私は、震える手をギュッと握りしめた。

事情なんて聞かなくてもいい。

今はただ、砕け散ってしまいそうな陽翔さんを、繋ぎ止めなきゃいけない。

私は、涙を拭って、リビングへ戻ろうと足を踏み出した。


その時だった―――


ズズズズ……ッ。


足元の廊下の影が、まるで生き物のように蠢き、私の足首に絡みついた気がした。


「……え?」


急に、空気が重くなる。

お風呂上がりの温まった体が、一瞬で氷水を浴びせられたように冷たくなる。

そして、全ての音が、ふっ……と消え失せた。

完全な静寂。

何の音も無い、絶対的な静寂。


「……誰?」


私が、震える声で問うと、背後の闇からガラガラと耳障りな笑い声が響いた。


「カカカ……。健気だなぁ、紬希。『お家』を守るために、自分が犠牲になって耐えるか? 相変わらず、偽善者の匂いがプンプンするぞ?」


「...っ!?」


バッと振り返ると、そこには、薄暗い廊下の中で不気味に赤く光る四つの目。

それと、陽翔さんから聞いていた、あの醜悪な姿。


「………悪魔」


私は、とっさに一歩下がって身構えた。

恐怖で膝が笑う。

でも、私は逃げなかった。

この家に入り込んだ異物を、私が追い出さなきゃいけないと思ったから。


「……何しに来たんですか?ここは、あなたの来る場所じゃありません」


「カカカ! 威勢がいいな。だが、お前も気づいているんだろう?この家はもう、腐り始めているとな」


悪魔が、ヌルリと私の顔の近くまで顔を寄せる。

その口から吐き出される息は、腐ったような甘い匂いがした。


「さっきの美月の顔、見たか?

陽翔の絶望した顔、見たか?

……あいつらは今、互いに疑心暗鬼になっている。特に、陽翔は、美月を疑っている。『あれは本当に俺の知っている美月なのか?』とな」


「……黙ってください。私たちが乗り越える問題です」


「乗り越える? 無理だ無理だ。

……なぜなら、美月は『真っ黒な嘘』をついているからな」


悪魔の言葉に、私の心臓がドクンと跳ねた。


「……嘘?」


「そうだ。あの女は、陽翔との2人きりの旅行の為に、我と取引をした。あの女は『陽翔との大切な思い出』を売ったんだよ」


「……えっ?」


悪魔の言葉が、頭の中で反響する。


(陽翔さんとの思い出を…売った?大切な、思い出の記憶を?)


「あいつは、陽翔の心を自分だえに向ける為に、一番大切な『愛の記憶』をドブに捨てたんだ。今の美月は、中身のない空っぽの人形だ。そんな偽物が、陽翔の隣で愛を囁いている。陽翔が可哀想だとは思わんか?陽翔はずっと、偽物に愛を注いでいるんだぞ?」


「...……陽翔さんが...可哀想?」


私は、震える唇でその言葉を繰り返した。

恐怖で、足がすくむ。

目の前の怪物は、圧倒的に強大で、おぞましい。

でも、不思議と心の中の芯の部分は、蒼く燃えていた。


「……ふざけないでください」


私は、顔を上げた。

睨みつけるように、その四つの赤い目を見据える。


「カカカ……なんだ? 真実を知って逆ギレか?」


「違います! ……確かに、美月さんは間違ったことをしたのかもしれません。思い出を売るなんて……そんな悲しいこと、許されることじゃありません」


私は、拳を胸の前でギュッと握りしめる。


「でも……! 美月さんは『偽物』なんかじゃありません!」


「ほう?」


「さっきの美月さんの叫び声……あんなに必死で、あんなに苦しそうな声、空っぽの人形に出せるはずがありません!美月さんは...今、苦しんでるんです。陽翔さんを愛しているからこそ、失うのが怖くて……思い出を失ってでも、陽翔さんを手に入れたくて、もがいているんです!」


私は、一歩、前に踏み出した。


「その『痛み』は本物です!陽翔さんを想う気持ちも、本物です!

思い出が消えたとしても……今、ここで陽翔さんを愛して、苦しんで、泣いている美月さんの『心』まで、偽物扱いしないでください!!」


廊下に、私の声が響き渡る。

悪魔が、目を細めた。


「……ククク。面白い。夫を騙している女を、そこまで庇うか。自分が選ばれるチャンスだぞ?『美月は偽物だ』と陽翔に告げ口すれば、最後に選ばれる妻が1人減るかもしれんと言うのに」


「……私は」


私は、まっすぐに悪魔を見つめ返した。


「私は、そんな卑怯な方法で選ばれても、嬉しくありません。それに……陽翔さんが本当に知りたいのは『美月さんが何をしたか』じゃなくて『美月さんが自分を愛しているか』なはずです。私は……陽翔さんの『お家』として、この家の誰も、あなたのおもちゃにはさせません!」


悪魔は、赤い目をギラリと光らせる。


「せっかくのチャンスを無駄にするか...ならばこうだな」


私の前に、ねっとりとした気味の悪い血文字が浮かび上がって来る。


【心して選べ】


A. 陽翔に「美月の秘密」を全て話す。

※報酬:明日は紬希と陽翔の二人きりで過ごす。


B. 美月の秘密を墓場まで持っていく。

※代償:その「嘘」に加担した罰として、明日は美月と陽翔が2人きりで過ごすのを見届ける。


C. 何も知らないひなたに真実を告げ、彼女に陽翔へ報告させる。

※代償:明日は陽翔とひなたが2人きりで過ごすのを見届ける。


D.我と契約を結び、願いを叶えてもらう。

※代償として何か大切な物を差し出す。


その下に、憎らしい一行。


※選択しなければ、全員が消える


そして、禍々しい砂時計が現れ、すぐに逆さになると、血のような赤い砂が落ち始める。

私は、目の前に浮かぶ、四つの選択肢をジッと見つめた。

その間も、砂時計の砂がサラサラと落ちていく。


(………馬鹿にしないで)


私は、唇を強く噛み締めた。

どれも、陽翔さんを傷つけるか、誰かを利用するか、自分を汚すと言う馬鹿げた選択ばかり。

もし、私がここで美月さんの秘密を暴けば、陽翔さんはどうなるの

『愛していた妻は偽物だった』

そんな事実を突きつけられたら、今の脆い陽翔さんの心は、完全に壊れてしまうかもしれない。

それに、そんなことで選ばれても、私は一生、美月さんを売った自分を許せないと思う。


(……私が選ぶ道は、一つしかありません)


私は、震える手を伸ばした。

自分の心が、悲鳴を上げているのを無視して。


B. 美月の秘密を墓場まで持っていく。


その代償は、『明日は美月さんと陽翔さんが2人きりで過ごすのを見届ける』こと。


(……いいですよ。受けて立ちます)


私が、Bの文字に指先で触れた瞬間、悪魔はいぶかしげに私を見る。


「……ほう?自分を犠牲にして、ライバルの秘密を守るか。それとも、陽翔を傷つけたくないという、偽善か?」


悪魔が、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「……偽善でも、何でもいいです。

私は、陽翔さんに『絶望』ではなく『選択』をしてほしいだけです。美月さんの罪も、嘘も……全部飲み込んで、私がこの家の平穏を守ります」


「カカカカ! 殊勝な心がけだな!

だが、後悔するなよ?お前が守った女が、明日、お前の目の前で、愛する男を篭絡(ろうらく)する様を見せつけられるのだからな!」


悪魔の高笑いが響き渡り、黒い霧となって消えていく。


同時に、血文字も砂時計も消え失せ、時が動き出すのを肌で感じた。


「……はぁ……はぁ……」


私は、その場に崩れ落ちそうになるのを壁に手をついて必死に堪えた。


(……守った。陽翔さんの心を。

この家の、脆い(もろい)均衡を)


でも、その代償は重い。

私が選んだ事で、明日は、美月さんが陽翔さんを独占する日になってしまった。

私とひなたさんは、それをただ黙って見ていなければならない。

しかも、美月さんは『思い出を売った』という、重すぎる秘密を抱えたままで。


(……泣かない。これが、私が選んだ『お家』としての戦い方だから)


私は、心の中でそう呟くと、まだ何も知らずに待っているであろう陽翔さんの元へ、笑顔の仮面を被って歩き出した。


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