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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter13 渦中
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#89 スクショの拡散

 Pitterでは、CommuLinkのコミュニティ『新文部』の庄間由宇香がKではないか――という憶測まで流れ始めていた。おそらく、元新文部3人のうちの誰かが言いはじめたのだろう。関連投稿が多すぎて、出どころを探るにはAIチームの協力がなければ無理そうだった。


 拡散しているのは憶測だけでなく、庄間由宇香と思われる【退会したユーザー】が残したコメントのスクショも出回っている。具体的には、Deeeeep解散予言の元になったハヤト文体マイクロノベル、そして、AI翻案抜粋をPitterに投稿するよう促す書き込み。


 一希君が匿名でやっていたPitterアカウントも特定され、大量の誹謗中傷が寄せられていた。事件とは関係ないレトロアニメに関する過去投稿を晒し、彼の趣味を馬鹿にするようなポストまである。ほどなく鍵をかけたようだが、消せば広まるのがSNSだ。


 私は佐伯部長の指示通りキュレ部で成り行きを監視していたが、居ても立ってもいられず席を立った。糸井部長のところに向かうと、いつも穏やかな部長が苦虫を噛み潰したような顔でパソコン・モニターを見ている。私に気づくと顔をあげ、「酷いものだね」と苦笑した。


「部長。三野さんへの接触は止められましたけど、新文部のコミュニティ管理者に接触してみるのはどうでしょう?

 クローズド・コミュニティ内のスクショが出回ってる今の状況は、管理者としても歓迎はしてないはずです。コミュニティメンバーに対して注意喚起してもらったほうがいいんじゃないでしょうか。

 Pitterに管理者っぽいアカウントがありました。『田中』っていうアカウントです」


 糸井部長はパソコン・モニターに視線を落とし、低く唸る。


「そのアカウントは私も確認した。でも、ポスト内容で管理者と推測されるだけで、プロフィールには何も書いてないだろう?

 DMは閉じてるから、接触するならリプライつけるしかない。けど、見える場所での接触は危険だよ。たとえDMでも断りなく晒す人はいくらでもいるしね」


「じゃあ、新田君に頼んでみるのはどうですか?」


 糸井部長は乗り気ではないようだった。腕組みをする仕草は、どうやって私を諦めさせようか考えているように見える。


「コミュニティ内のスクショを外部に出してはいけないという決まりはないって言われたら、それで終わりだよ。それに、一度出回ってしまったものはどうしようもない。

 新田君の話では、新文部への書き込みは最小限しかしていないみたいだから、今から注意喚起したところでそれほど意味はないと思う。Pitterに出回ってる庄間由宇香関連のポストが、新田君の名誉毀損にあたるかどうかも微妙なところだ。

 問題は、新田君の個人情報を晒したり、誹謗中傷してるアカウントだよ。そういう人たちは、むしろ新文部とは無関係なんだと思う。今できることと言えば、投稿をスクショして証拠物として残しておくことくらいかな。訴訟に備えて」


 見えないロープでがんじがらめにされているような気分だった。何かしようと動くたび、ロープが複雑に絡みついてくる。


「とりあえず、庄間由宇香の名前がPitterに拡散され始めたこと、佐伯部長に報告してきます」


「私も行くよ。こんな投稿ばかり眺めてたらストレスが溜まって仕方ない。本宮さんも、そろそろ一息入れたら? 食事は抜かないほうがいいよ」


 糸井部長に言われて、まだ昼食をとっていなかったことを思い出した。時計は2時半になろうとしている。


「佐伯部長もさっきエレベーターに乗るのが見えたから、コモンズカフェにでも行ってるかもしれない。ちょっと電話してみるよ」


 糸井部長はスマホをタップして耳にあてる。通話が終わるのを待ちながら、私は何気なくエレベーターホールに目をやった。すると、到着したエレベーターから蒼君が降りてくる。


「えっ?」


 通話を終えた糸井部長も気づいたらしく、顔を見合わせて首をかしげた。


「佐伯部長は9階にいるそうだけど、惣領君は寝てないのかな」


 部長が心配そうにつぶやいた。蒼君はガラス越しにペコッと頭を下げ、足早に通り過ぎる。私は急いで通路に出て、彼の背中に声をかけた。


「蒼君、佐伯部長なら上みたいだよ」


 彼はピタッと足をとめ、すぐ引き返してくる。


「蒼君、夜勤明けで休みだよね。寝るって言ってたのに」


「ちょっと、報告したいことができたんです。佐伯部長、9階にいるんですよね」


「ちょうど糸井部長と向かうところだったの」


 そのまま3人でエレベーターに乗り込み、9階に向かった。糸井部長が「報告したいことって?」と蒼君に問いかける。


「新文部に関することです。糸井部長と理久さんの方は、何かあったんですか?」


「こっちも同じかな。コミュニティ内のスクショがPitterに出回って収拾がつかなくなってきてる。誹謗中傷も酷いしね」


「いかにもPitterらしい反応ですよね。でも、もしかしたらこの騒ぎは自然に落ち着くかもしれません」


「えっ?」


 私と糸井部長の声が重なる。


「何もしなくてもってことかい?」


「悪質な投稿にはちゃんと対処すべきですけど、一時的に、別のところに世間の関心が向くかもしれないという意味です。

 インサイト・エンジンへの攻撃がネット上で可視化されてきました。トレンドワードに『漆黒の夜』って載ってますけど、今は半分近くがインサイト・エンジン関連の投稿になってます。インサイト・エンジンのウェブサイトはアクセスが集中してるらしくて、さっきから繋がりません」


「それは、喜んでいいのか……」糸井部長が複雑な表情を浮かべる。


「素直には喜べません。相手が面倒なハッカーだということは間違いありませんから」


 9階に到着してエレベーターから降りると、合田部長のブースに佐伯部長がいるのが見えた。向こうもこっちに気づいたらしく、蒼君が認証端末の前に立つまでもなく扉が開く。


「なんだ、惣領。まともに寝てないんじゃないのか?」


 合田部長は呆れ顔だ。


「寝てる場合じゃないので」と蒼君。


「そんなに緊急なのか?」


「新文部内のスクショが出回ってるのは知ってますよね?」


 全員がうなずき、佐伯部長は「Pitterでずいぶん拡散されてるわ」と眉を寄せた。


「どうやらあのスクショ、ハッキングされて撮影されたようです」


 仕事中のエンジニアたちのブースからも驚きの声が上がる。どうやら、みんな耳を済ませていたようだ。


「どういうことだ?」と合田部長。


「庄間由宇香のアカウント、新田さんは新文部からの退会処理してないそうなんです。でも、退会になってる」


「〈漆黒の夜【公式】〉の仕業か?」


「その可能性が高いと思います」


 蒼君の表情は、ほぼ確信しているようだった。


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