#90 ゲーム
合田部長は目を閉じて腕組みし、蒼君の推測を脳内検証しているようだった。10秒ほどして、ひとつ息を吐き瞼を持ち上げる。
「なあ、惣領。もしそうならコミュニティを退会した後じゃなく、退会前に『庄間由宇香』のアイコンが写る状態でスクショするんじゃないか?」
合田部長が言っているのは、今Pitterで出回っている【退会したユーザーのコメント】のスクショのことだ。
「それは僕も引っかかってたんですけど、庄間由宇香のアカウントを乗っ取るつもりで失敗したのかもしれません。その過程で意図せず退会になってしまったんじゃないかと考えてます」
「おいおい、こじつけが過ぎるだろう」
そう言いながらも、合田部長は話の先を促すようにクイと顎を動かす。
「コミュニティ管理者のアカウントの挙動がおかしいんです。これまで、コミュニティ外では日常的な投稿しかしていませんでした。それが、今日になって様子がガラッと変わってるんです。新文部への書き込みのスクショだけじゃなく、おそらく新文部内で共有されてたんだと思いますが、カウンセリング結果のレーダーチャートまで連投してて」
室内温度が10℃くらい下がったようだった。佐伯部長が強張った表情で口を開く。
「それは、リテラ・ノヴァのパーソナライズ翻案の?」
「はい。うちがユーザー向けに提供しているものに間違いありません。新田さんのとこで写したのがこれです」
蒼君がスマホ画面を見せると、佐伯部長はこめかみを押さえた。
「うちので間違いないわね。ユーザーが自らコミュニティに投稿したのならうちの責任ではないけれど、タイミングが良くないわ。データ漏洩が批判されてる最中だから。
惣領君。この件、プラットフォーマーには?」
「CommuLinkには庄間のアカウントで通報済みです。コミュニティから勝手に退会になっている上に、管理者のアカウントの挙動がおかしいと。でも、管理者はアカウント乗っ取られてることにまだ気づいていないようです」
その言葉に佐伯部長の表情が曇る。
「あの、Pitterで連絡するのはどうですか? 新文部の管理者らしいアカウントは把握してます」
提案してみたものの、蒼君の反応はイマイチだった。
「『田中』ですよね? DMしてみるのも手ですが、すぐには反応がないかもしれません。『田中』の投稿を見ると、昼間は12時過ぎから13時の間、その後は19時以降に投稿されてるので、仕事中はスマホを確認できない状態なんじゃないかと思います。
心配なのは、ハッカーによる『田中』の乗っ取りです。それくらい簡単にやりそうですから」
合田部長は渋い顔で顎を揉んでいたが、「なあ」と蒼君に声をかける。
「惣領。やっぱりDeeeeepの件もインサイト・エンジンも、今出た『田中』のことも、全部同一犯じゃないか?
脆弱性を突いて、簡単だが効果的なやり方で相手を陥れるやり方は共通している。正直、あまり金銭に執着していないようにも思える。金が目的ならもっと効率的なやり方があるのに、世間から見える部分に妙に凝ってるんだよ。演出家気取りっていうかなあ」
「僕は、同一犯かどうかについてはまだ保留です」
「まったく、おまえは。慎重というか、頑固と言うか」合田部長は苦笑する。
「慎重なんです。合田部長、昨夜のレポートは確認されましたよね?」
蒼君の言葉で、合田部長を含めたAIチーム全員に緊張が走った。どうやら、昨夜何かあったらしい。
「確認した。その件を佐伯部長に説明していたところだ」
「通常の攻撃とは傾向が違ったと聞いたけど」
佐伯部長は詳細な説明を求め蒼君を見る。
「一般的に、外部からのサイバー攻撃はDDoS攻撃や大規模なデータ窃取を狙ったものです。でも、昨夜DRIに仕掛けられた攻撃は、金銭目的や情報売買を目的としたものとは考えにくい。データベースへのアクセス履歴やシステムへの侵入試行パターンを見ても、むしろ、システムを混乱させてうちの対応能力を試すような、ゲーム感覚の攻撃のように感じました」
「ゲーム?」
糸井部長が眉をひそめた。〈漆黒の夜【公式】〉の仕業だと考えているのは、おそらく私だけではないはずだ。
「はい、ゲームです。具体的には、特定の脆弱性をピンポイントで突いてきたり、防御を突破した痕跡を残しながらあえて深部まで侵入しない、といった妙な手口です。まるで、こっちがどこまで気づけるか試しているような感じで、挑発されてる気分でした。実際、挑発だったんじゃないかと思います。
最近、ダークウェブでは、僕が『天才AIエンジニア』と騒がれているのを面白がって攻撃を煽っている連中がいるんです。昨夜のはそういう連中の仕業だった可能性もあります。
ダークウェブで話題になってるのは僕だけじゃありません。〈漆黒の夜【公式】〉だと自称する犯行声明も複数ありました」
「〈漆黒の夜【公式】〉があちこちに出没してるってことね。〈漆黒の夜【公式】〉が集団で、所属してるハッカーがゲリラ的に攻撃を仕掛けてるっていう可能性は?」
佐伯部長の質問に、蒼君は「どうでしょう」と首をかしげる。
「可能性はゼロではないですが、僕は〈漆黒の夜【公式】〉は1人じゃないかと推測してます」
「同意見です」と合田部長が賛同した。
「集団でやるには無駄が多いし、組織犯罪にしてはターゲットの選び方が腑に落ちない。『正義の制裁』ということでターゲットを括ろうとしてるようですが、インサイト・エンジンは制裁を下されるような悪どい企業ってわけじゃないですよね。あれはごく一般的な、うざったい広告ってだけだ」
そのとき「ちょっといいですか」と声があがった。奥のブースで立ち上がったのは本田君。
「かまわん。気になることがあるなら言ってみろ」
「気になるっていうわけじゃないんですが、ハッキングの手口の比較のために、堂坂府警から〈漆黒の夜【公式】〉に関する情報を提供してもらうのは無理ですか? うちからは昨夜のレポートを提供して、その代わりに――とか。今後もまた攻撃を仕掛けてこないとも限らないので」
合田部長は佐伯部長と視線を交わし、うなずきあった。そして佐伯部長が答える。
「ダメ元で要請してみましょう。ところで、DRIのシステムには今のところ問題はないのよね?」
「問題ありません」と歯切れよく答えた本田君の後に、蒼君がひと言付け加えた。
「佐伯部長は、こんな時のために何度も見直しを要求してたんですよね」
蒼君の表情は、悪気がないのか皮肉なのか微妙なところ。佐伯部長は苦笑している。
「うちのAIチームは心強いわ。じゃあ、現状は共有できたわけだから、各自、できることをしましょう。キュレ部はもうしばらくネット動向を見守ってください。今後の具体的な対応は、一度警察と話してから決めます」
話はそれで終わったが、蒼君は休日返上でまだ働くようだった。堂坂府警へのデータ提供のために、合田部長と佐伯部長と一緒に奥の特別解析ブースへと入っていく。
私は「休憩したら?」という糸井部長の言葉に甘えて、昼食を買いにコネクト・アベニューに向かった。キュレ部にいる市原からメッセージが届いたのは、コンビニでサンドイッチとプリンを買い、オフィスに戻る途中のこと。
チャットアプリを開くと、短い文章にリンクが貼り付けてあった。
『インサイト・エンジンがプレスリリース出した』




