#79 パーソナライズ翻案の意義
6時台の報道番組に映っていたのは、身だしなみを整えた制服の警官。『堂坂府警サイバー犯罪対策課』と表示されているが、同じ課に所属していても無精髭に私服の伊藤刑事とはまったく違う。
『本日インターネット上で拡散された〈漆黒の夜【公式】〉と称するアカウントによる一連の投稿についてですが、特定の個人や企業を示唆する内容、およびその予言に関する社会的な混乱について、堂坂府警は深く憂慮しております。
現在、これらの投稿について、関連する複数の事案と連携して捜査を進めております。予言の内容が特定の事象や個人に関するものであることから、情報操作や信用毀損、業務妨害に繋がる可能性も視野に入れ、慎重に分析を進めている段階です。
市民の皆様におかれましては、根拠のない情報や不安を煽る投稿に惑わされることなく、冷静な行動をお願いいたします。また、安易にこれらの投稿を拡散したり、個人で調査を行ったりすることはお控えください。かえって事態の混乱を助長することになりかねません。
警察としましては、引き続き関係機関と連携し、事態の全容解明、社会の安全確保に全力を尽くしてまいります。捜査の進捗については適宜、適切に情報公開を行ってまいりますので、ご理解とご協力をお願いいたします』
私は、ニュース番組ではなく、Pitterの堂坂警察サイバー犯罪対策課公式アカウントにアップロードされた動画を糸井部長と確認した。部長は「これこそ、伊藤刑事が言っていた〝しかめっ面した警察の言葉〟だね」と笑った。
実際、この発表とは裏腹に、Pitterの翻案予言botアカウントには非難が集中した。それだけでなく、匠真が著作の宣伝用に作っていた半放置状態の『結城匠真公式アカウント』にも様々な罵詈雑言が寄せられた。彼が常々ハヤト文体を批判していただけに、Deeeeepファン、ハヤトファンの怒りは相当なものだった。
関西ローカルニュースでは、西京大の学長が『捜査中のため話せることはありません。当方も困惑している状況です。結城先生は、捜査協力のため当面大学への勤務は休止することになります』と取材に答えているところがテレビに流れた。
『結城さんの懲戒処分や解雇などは検討されていますか』と追い縋って聞くリポーターには、『ネット上の情報を鵜呑みにするわけには行きませんので、捜査状況を見守った上で、然るべきタイミングで相応の対応をしたいと考えております』という無難な回答を返していた。
そして、DRIも慌ただしい時間が流れた。
リテラ・ノヴァのサイトには、『当該職員は無期限謹慎中』『捜査事案のため詳細な経緯は公開できません』という2点を強調した謝罪文を掲載したが、登録ユーザーから「私のデータは大丈夫なのか」という問い合わせが殺到し、AI音声ガイダンスでは対応しきれなかった。そのため、総務部やカンサポ部、キュレ部も残業。
電話問い合わせの受付終了時刻は午後8時。一段落したところで、キュレ部前の廊下を歩く蓮見部長と小山内さんの姿が見えた。私は席を離れ、廊下に出て「お疲れさまです」と声をかける。
足を止めて振り返ったふたりの顔に、疲労の色が滲んでいた。が、互いの労をねぎらうように笑みを浮かべる。
「本宮さん。これまで口止めされてて大変だったんじゃないですか?」
小山内さんの言葉に、私は「まあ」とあいまいに答えた。
「きっと、おふたりも気づいてましたよね?」
「まあ、そうね」
蓮見部長が苦笑混じりにうなずく。
「結城先生が来られてたのはみんな知ってたから。そのタイミングで翻案予言botが『SLNとDRIと話し合って警察に協力する』なんて投稿をしたでしょ?
気づくなってほうが無理よ」
「ですよね」
「それより、こんな状況なのに惣領君はテレビに出るの? 遠藤さんからそんな話を聞いたけど」
「その話、遠藤さんは誰から聞いたんでしょう?」
あの時の伊藤刑事との会話は、他所では話さないようにと言われていたはずだ。誰かが漏らしたのかと心配になったが、そうではなかったらしい。
「遠藤さんがNHK堂坂放送局からの電話を受けたみたいなの。惣領君の出演については佐伯部長と話がついてるから、惣領君に電話を繋いでほしいって」
「惣領君、すっかり顔が売れちゃってますからね」と小山内さん。
「惣領君、AI生成したアイドル風写真とか動画まで出回り始めてるんですよ。完全に肖像権侵害されてます。まあ、本人も知ってるんでしょうけど、構ってる暇もないですよねぇ」
私たちはそろって天井を見上げた。一希君は荷物をまとめて家に帰ったが、上の階の他のメンバーはまだ残っているはずだ。
「心配ですよね。この後どうなっちゃうんだろう。予言も以前より怪しい方向に向かってるじゃないですか。それに、翻案予言botより〈漆黒の夜【公式】〉のほうがよっぽど気持ち悪いです。ゲーム感覚で愉しんでる感じがして」
小山内さんは何気なく口にしたようだが、蓮見部長が「そうね」と深刻な表情になる。
「こうなってくると、佐伯部長が言ってたことが現実味を帯びてくるかも」
「佐伯部長が言ってたことって何ですか?」
「パーソナライズ翻案の扱いよ」
その一言で、予言騒動に対するのとは別の、もっと根源的な不安が胸の奥に湧き上がった。蓮見部長は腕組みをし、考えをまとめるようにゆっくり言葉を発していく。
「うちで生成したものは、すべて著作権フリーという形の方が管理しやすいのよね。そのほうがうちの理念にも合致してると思う。そうなると、私たちカウンセラーのいる意味がなくなっちゃうけど、パーソナライズ翻案には課金が必要じゃない? そういう意味では、コモンズ拡大を追求するDRIにはそぐわない気もするのよ。システムへの負荷がかかるから中長編に課金がされるのと、パーソナライズカウンセリングのために課金するのとでは、意味が違う」
「でも」と、私は思わず口にした。
「DRIは、AI翻案によるコモンズの普及だけでなく、パーソナルな物語を通じて人々の精神的な支えとなることも目指しています」
「うちの社是は『AIと人が織りなす、豊かなコモンズの創造』であって、そこに『パーソナル』という言葉は出てこないわ。本宮さんが今言った言葉は佐伯部長がずっと言ってきたことだけど、その佐伯部長が見直しを検討しているの。その意味を考えてみて」
反論できずにうつむくと、蓮見部長はポンと私の肩を叩いた。
「要は、パーソナルな物語としてどこまで個人情報に踏み込むかという線引きの問題だと思うの。マイクロノベル、ショートショート、短編のパーソナライズ翻案を生成する時にやる10個の質問があるでしょう?
あの10問でできるのはざっくりした翻案の方向性を決めるくらいのことよ。だから、生成物はAIによるものであって、ユーザーの著作物と認めるのは難しい。
それに比べて、中編、長編用のパーソナライズカウンセリングは私たちのような専門家が監修した60問。カウンセリングデータもユーザーに提供してるし、ユーザーの内面が翻案にしっかり反映されてる。
心理学を専門としてる立場としては、パーソナライズ翻案をコモンズとして公開することを推奨するのはどうなのかなって疑問に思ったりすることもあるの。いくら小説という形でもね。
まあ、でも、ありのままの自分を他人に見てもらいたいという気持ちで公開する人もいるだろうし、決めるのはユーザーだから、あえて口にはしてこなかった」
「あの……、蓮見部長はパーソナライズ翻案をやめるべきだと考えてるんですか?」
どうか否定してほしいと祈るように口にした私の声は、かすかに震えていた。




