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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter12 標的
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79/150

#78 伊藤刑事

『ああ、DRIの天才君か? 堂坂府警の伊藤だが、今、佐伯部長に電話したんやけど繋がらんくてな』


 スピーカーにしなくても、漏れ聞こえてくる伊藤刑事の声。蒼君は顔をしかめ、耳からスマホを離した。


「惣領です。佐伯部長は東都出張中で、たまたま電波の届かないところにいるのかもしれません。こっちの状況は伝えてあって、警察とは合田部長が対応するように――」


『ああ、合田部長に先にかけるべきやったな。つい、天才君の顔が浮かんでもうて』


「あの、合田部長もこの場にいるのでスピーカーに切り替えてもかまいませんか? 他のAIエンジニアもいますけど、隠しようがなかったので新田さんと結城先生のことはAIチームに話しました」


 蒼君は耳から30センチくらい離して通話している。このままでも、奥のブースにいる本田君のところまで伊藤刑事の声が聞こえそうだ。


『あ? ああ、まあ、あの投稿見たらそうなるわな。そういう状況やったら、話ぃ聞かれてもかまわへん。ただし、事件絡みの取材なんかは受けんようにしといてな。基本、メディア対応は警察に任しといてもらったほうがええ。

 そういうても取材はしつこく来よるやろし、AIと感情がどうのいう話は事件とは関係あらへんさかい、惣領君がテレビに出ようが何しようが口挟んだりはせぇへんけど、口滑らさんように気ぃつけてや』


「ご心配なく。テレビに出る気はないので」


『なんや、出たらええのに。その顔ならようモテるで?』


 事態の深刻さとかけはなれた刑事の軽口に、初めて伊藤刑事の堂坂弁を聞いたAIチームメンバーは呆気にとられている。


 私は、サイバー犯罪絡みの難しい話になる前に聞いておきたいことがあり「あの」と声をあげた。蒼君が気を利かせてスマホを私に向ける。


「先日お会いした本宮です。結城先生には、この件は……」


『ああ。私から結城先生に連絡したら、ちょうど西京大側から色々問い詰められとる最中でしたわ。それで、警察の方から大学に状況説明して、「結城先生には捜査協力してもらっとるし、メディア取材には捜査中のためゆうて断ってください」言うてます』


「結城先生は、今も大学にいらっしゃるんですか? 今後は大丈夫なんでしょうか」


 矢継ぎ早に私が聞くと、妙な沈黙が流れた。伊藤刑事はどこまで話すか考えているだけのようだが、私と匠真の関係を知らないAIチームの人たちは怪訝そうにこちらを見ている。


『結城先生には、もう少し詳しゅう事情を聞かしてもらおう思いまして、堂坂のほうに来てもらうことになったんです。当面はホテル生活してもらうことになりそうですわ』


「面会は可能ですか?」


 スマホからは「う〜ん」と低い唸り声。


『本宮さんも〈漆黒の夜【公式】〉の投稿は見たと思いますけど、今回、DRI職員と翻案予言botの接触が暴露されとります。そんな状況で、ネットに写真が流れとる本宮さんが結城センセに面会したなんて話、万が一にでも漏れたりしたら大変ですやろ?

 結城センセだけやない。本宮さんも危ない状況になるかもしれんゆうことですわ。

 本宮さんは「ハヤト文体の立役者」て言われとる聞きました。ほんで、結城センセと平井センセの関係はあんまりよろしゅうあらへんですやろ?

 心配なんはわかりますけど、今は会わんほうがええんちゃいますか?』


 伊藤刑事の諭すような言い方と、AIチームの面々から向けられる視線に私はそれ以上わがままを押し通すことができなかった。


「そうですね。すいません、無理を言いました」


『いえいえ。まあ、本宮さんが心配しとることは、結城先生にも伝わっとります。今、隣におるんで』


「えっ?」


 私は思わず声を漏らした。堂坂から匠真がいる西京大までは車を飛ばしても1時間以上かかるはず。しかし、〈漆黒の夜【公式】〉が暴露投稿をしてからまだ1時間も経っていない。


「伊藤刑事、もしかして結城先生を見張ってたんですか?」


 蒼君が慎重な口調で問いかけた。


『たまたまやがな。野暮用で西京大の近くまで来とって、そしたら〈漆黒の夜〉があないな投稿しよった。大学にも事情説明せなあかんし、それで合流したっちゅうわけや』


 嘘か本当かはわからないが、警察がそう言う以上、問いただしても無駄。蒼君もそう考えたらしく、すぐに話題を変えた。


「伊藤刑事。翻案予言botのアカウント乗っ取り犯と〈漆黒の夜【公式】〉が同一人物だということはほぼ確定したと思いますが、やっぱり〈漆黒の夜【公式】〉に関する解析データは共有してもらえませんか?」


『無理や。前にも合田部長さんから頼まれたけど、捜査情報を外部に渡すっちゅうんはそう簡単なことやない』


「インサイト・エンジンに、ハッカーから金銭の要求がありましたか?」


 唐突な蒼君の発言に、スッと重い沈黙が落ちた。合田部長は、こめかみを押さえて目を閉じている。しばらくして、スマホからククッと笑い声が聞こえた。


『惣領君は、もう少し発言に気をつけたほうがええんちゃうか?

 過去の発言が今になって炎上しとるとこやろ。天才なんやったら、そこらへん学習しぃや』


「発言を後悔したことはないので、直しようがありません」


『さすが、異端児ゆうことか。

 まあ、DRIさんが情報欲しがっとるのは理解できる。〈漆黒の夜〉に振り回されとる今の状況は、警察も憂慮しとるんや。堂坂だけで済む問題やなくなってきとるしな』


 伊藤刑事はそこで思わせぶりに言葉を切ると、『そこでや』と、妙に嬉々とした声を出した。蒼君は警戒するように眉を寄せる。


『NHKの堂坂放送局から、〈漆黒の夜〉について堂坂府警に話を聞きたい言うて来とるんやが、惣領君が代わりに出てくれへんか?

 事件の具体的な話はせんでええ。サイバー犯罪について注意喚起を促すだけや』


「どうして僕が?」


 蒼君の表情はあまり変わらないが、やはり驚いたのか目をしばたかせている。


『そんなん決まってるやろ。誰かて、むさくるしい中年のおっさんより、アイドル顔負けのイケメンAIエンジニアの方がええやろ。警察がしかめっ面で「セキュリティの再チェックをお願いいたします」言うても、なかなか視聴者の耳には届かへん。それがや、最近話題のイケメン天才エンジニアなら違ってくるやろ。

 堂坂放送局に来たついでにうちの署に顔出してもろうたら、飯くらい奢ってやるさかい』


 おそらく、署に来ればデータを提供してやるという意味だろう。蒼君と合田部長は顔を見合わせ、小さくうなずきあった。


「わかりました。佐伯部長は説得するので、テレビ出演は受けます」


『おおきに。細かい話はまた後ですることにしようか。ひとまず、結城先生連れて堂坂戻らんといけんよって。くれぐれもここで話したことはここだけの話にしといてや。何人聞いとったか知らんが、もうDRIさんの連帯責任やで。大勢で面倒事に足突っ込んでもうたんは、そちらはんの責任や。覚悟決めて協力してや』


 伊藤刑事は『ほな、一旦切るわ』と、あっさり通話を終了した。嵐が去ったような呆けた空気の中で、合田部長が渋い顔で唸る。


「判断間違えたか?」


「いえ」と、蒼君がすぐ否定した。


「伊藤刑事のさっきの言い方だと、これまでのような情報提供だけでなく、解析なんかの技術協力を求めてくるつもりなのかもしれません。いずれにせよ、セキュリティ強化のためには〈漆黒の夜【公式】〉のデータは必要ですから、判断は間違ってないと思います」


「まあ、そういうことにしよう。しかし、伊藤刑事のさっきの反応。インサイト・エンジンにハッカーから何かしらの接触があったと考えてよさそうだな」


 合田部長は確信しているようだが、蒼君は判断は保留という表情で「かもしれません」と答える。


「もしそうだとして、〈漆黒の夜【公式】〉がこのタイミングで結城先生の件を暴露した理由は、『見せしめ』でしょうか?

 予言は脅しではなく、身代金を払わなければ実際に制裁を加えるぞ――と」


「結城先生に金銭要求しても意味がないから、見せしめとして利用したってことか。出版社も、どこもジリ貧だし。西京大は結城先生を切ればいいだけ――」


 突然言葉が途切れたのは蒼君に睨まれたから。合田部長はチラと私を見て、バツが悪そうにコホンと咳払いした。


「そう言えば、ハッカーから金銭要求があったのなら、惣領の愉快犯説は外れたってことか」


「そう決めつけるのは早いと思います。今回の暴露投稿はお金にならないけどやってるし、AI予言にAI解説までつけて、細かな演出をしてるんです。楽しんでないとは思えません」


「確かにな。取れるところからはとって、それ以外では他人を貶めて愉しんでるってことか。本当に、厄介だな」


 そのとき着信音が鳴り、合田部長がスマホを見て「厄介がここにも」と苦笑する。


「どう説明するかなあ」


 ぼやきながら受けたのは、佐伯部長からの電話のようだ。合田部長は手振りで「解散」を指示し、私と糸井部長は8階へ戻ってDRI職員への経緯説明文書を作成した。


 堂坂府警から〈漆黒の夜【公式】〉に関する発表があったのは、この日の夕方のことだ。



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