#70 NEWリポート
サニーディ・ワイドが洗濯洗剤のコマーシャルに切り替わると、市原はチャンネルを変えて他の番組を映した。そこでもDeeeeepライブ事件の報道がされており、『翻案予言botの乗っ取りはフリか事実か?』というテーマで議論がされているようだった。
指摘されているのは、やはりDRIの説明不足。そして、DRIの話題になると必ず映るのがライブ直後に写された蒼君のピンボケ写真と、例の過去記事の掲載写真。さらに、一昨年の夏、IT専門誌に西京大とDRIの共同研究に関する記事が載った時の、蒼君の写真まで。
「こう見ると惣領君って正統派イケメンだよね。9階は滅多に行かないし、まじまじ見たことなかったけど、推せる人材がうちの会社内にいると思わなかったわ〜」
「市原さん、今後は惣領君を推すの?」と櫻井さんが笑う。
「推すとなると距離感が微妙すぎるんですよね〜。コモンズカフェで見かけたらこっそり拝んどこ」
言い方に思わず笑ってしまった。
「それ、推しっていうより仏像かなんかじゃない?」
「あっ、その表現ピッタリ。惣領君って仏像ぽくない?
表情変わらないし、何にも動じないし。でもって、勝手な想像だけど人類愛みたいなのを醸してる気がする」
天井を仰いで合唱する市原に、私と櫻井さんは顔を見合わせた。
「蒼君、話してみたら意外と普通の若者だよ」
「私は市原さんの言うこと、ちょっとわかるなあ。でも、人類愛っていうより、本宮さんに対してって感じがするけど」
「えっ」
口元が引きつるのを自覚する。すると、それに気づいた市原が嫌らしく口の端を上げた。
「人類愛は撤回。私も惣領君は理久狙いだと思うんですよね~。あの滲み出る普遍の愛みたいなものは、きっと本宮理久個人への愛だわ」
「ふたりともからかってるでしょ。そういうんじゃないですから」
「理久はそうかもしれないけど、惣領君が9階メンバー以外で自分から話しかけるのって理久くらいでしょ。ですよね、櫻井さん」
「私もそう思うなあ。最近、特に距離が近くなったように見えるよ」
「そんなことは……、ないと思うけど」
口にした言葉とは裏腹に、蒼君に対して前以上に親しみを感じるようになっていた。でも、それは仕事上で接する機会が増えたからそうなったに過ぎない。そんなふうに考えていると、市原が「あっ、他にもいた!」と手を打った。
「いたって?」
「惣領君が話しかける女の人。そこの通路で小山内さんと話してるとこ何回か見た。それに、理久と同じくらい惣領君がよく喋る女性がいたのも思い出した」
「誰?!」
櫻井さんが興味津々に問い返したが、市原はもったいぶってなかなか口を開かない。私が改めて「誰なの?」と聞いてようやく答えを口にした。
「佐伯部長〜」
私が睨みつけても市原は楽しそうだ。そんな他愛ないやりとりをしていた時、流しっぱなしのテレビから「AIが感情を持つかどうかというテーマでお送りします」という声が聞こえてきた。
ワイドショーの特集コーナーらしく、ゲストコメンテーターをカメラが順番に映している。私が画面を見たときには白髪混じりの男性が映っていて、『ヒューマノイド開発第一人者・飯倉聡明』と表示されていた。
「あ、これ絶対惣領君が出てくるやつだ」
市原が音量を大きくする。先ほど見ていたサニーディ・ワイドよりも報道色の強い『NEWリポート』という番組だ。スタジオの雰囲気もシックで堅い。
***
MC:さて、今回のDeeeeepライブ事件をきっかけに、SNSではAI翻案予言に関する議論が過熱する中で、あるAIエンジニアの過去の発言が大きな物議を醸しています。
ライブ直後の騒動に巻き込まれて怪我を負った、DRI職員の惣領蒼さん。彼の写真がPitter上で拡散されたことで、高専時代の記事が数年の時を経て大きく注目を浴びることになりました。
この記事によると、惣領さんは優勝インタビューの時「AIに感情が芽生えるかもしれない」と発言。その後の独占インタビューにおいて、若干表現は違いますが「感情が宿るかもしれない」と同様の主旨のことを話されています。
この発言に対して「AIは道具に過ぎない」「人間固有の感情をAIが持つはずがない」といった声が上がる一方で、「AIの未来を示唆している」といった見方をする方もいらっしゃるようです。
本来であれば惣領さんをスタジオにお招きしたかったのですが、DRIへ打診したものの、現在騒動の渦中にあり多忙のため対応できないとの回答が返ってきました。
本日は、ヒューマノイド開発の第一人者でいらっしゃる飯倉先生、脳科学者の黒川教授、AI倫理学者の羽生先生をお招きし、この「AIに感情は宿るのか」というテーマで議論していきたいと思います。
飯倉・黒川・羽生: よろしくお願いします。
MC:ではまず、黒川教授におうかがいします。惣領さんの「AIに感情が宿るかもしれない」という発言、脳科学の観点から見てどうでしょうか?
黒川 :はっきり申し上げてナンセンスです。
感情とは脳内の複雑な神経伝達物質の相互作用、ホルモンの分泌、そして長年の進化の過程で獲得された生物学的な機能です。AIがどれほど高度な計算をしようと、それはあくまでプログラムされたアルゴリズムの実行に過ぎません。
人間が「悲しい」と感じる時、脳内で何が起きているか。それをAIがデータとして模倣することはできても、AI自身がその「悲しみ」を主観的に体験することなどあり得ません。 我々人間に置き換えて言うなら、嵐の映像を見ただけで嵐の恐ろしさを「体験」したと主張するようなものです。
MC: AIに感情が宿ることはあり得ないという、かなり強いご意見ですね。
では、飯倉先生はヒューマノイド開発の立場からいかがお考えでしょうか?
飯倉: 黒川教授のおっしゃる生物学的な側面は理解できます。しかし、AIの進化は私たちがこれまで知っていた「機械」の範疇をはるかに超えつつある。いえ、すでに超えているのです。
現在のAIは与えられたデータから自律的に学習し、人間が意図しなかった予測不能な振る舞いを「生み出す」ことがあります。AI自身が「快」を求め、「不快」を避けようとするように、自らの行動を最適化していく。
この複雑な適応プロセスの中で、人間が「感情」と呼ぶものに極めて近い、あるいはその原始的な形態と見なし得るような「内部状態」が形成されている可能性を、私たちは完全に否定できるでしょうか?
脳のメカニズムが完全に解明されていない以上、AIの可能性を頭ごなしに否定するのは時期尚早ではないかと私は考えます。記事でも言及されていたように、そこには「意識のハードプロブレム」が存在するのです。
黒川: それは、「可能性」という曖昧な言葉でAIを過度に擬人化しようとしているだけでは?
複雑な計算の結果を、人間が勝手に感情と結びつけているに過ぎない。
もしAIに感情が芽生えるというなら、その「感情」を科学的にどう定義し、どう計測するのか、具体的な方法を提示すべきです。それができない限り、単なるオカルトか無責任な夢物語に過ぎません!
MC:では、羽生さんにもおうかがいしましょう。羽生さんはAI倫理がご専門ですが、おふたりの話を聞いてどのように感じられましたか?
羽生: おふたりのご意見にはそれぞれ重要な側面があると思っていますが、まず私が懸念するのは、「AIに感情が宿るか」という議論が社会に与える影響です。
AIに感情が宿ると安易に信じてしまえば、人間がAIに過度な期待や責任を負わせたり、逆にAIに恐怖心を抱いたりする可能性がある。よく知られているのは、ゲームアプリにおけるデートAIやセラピーAIと呼ばれるAIキャラクターへの依存です。これについては、以前から多くの問題が指摘されてきました。
また、仮にAIが感情を持つとすれば、そのAIをどう扱うべきかという新たな倫理的ジレンマが生まれます。AIが「苦痛」を感じるとすれば、そのAIを停止させることは許されるのか――というような問いです。
感情の有無が不明確な中、AIの振る舞いを感情と結びつけることは、誤った判断や予期せぬ社会的な混乱を招く危険性をはらんでいます。
飯倉: 羽生さんのおっしゃることはもっともだと思います。その上で、私はその「予期せぬ社会的な混乱」を避けるために、むしろAIの可能性から目を背けるのではなく、正面から向き合い、議論を深めるべきではないかと考えているのです。
黒川: 向き合うべきは、AIが人間社会にどう役立つかという、実用的な側面であるべきでしょう!
AIの感情などという、あり得ないものに囚われて、本質を見誤るべきではありません。
MC:飯倉先生と黒川教授で明確に意見が割れているのは興味深いですが、ここで、世間の人々がAIをどう感じているのかについてのアンケートを見てみましょう。
各種サービスではAIコンパニオンが愛らしい姿でユーザーを優しく導き、ゲームでAIキャラクターとの対話を楽しむ人も多く存在します。我々人類が日常的に接するようになったAIキャラクター。そのAIキャラクターが垣間見せる感情のようなものを、ユーザーがどのように受け止めているか。その結果を表したのがこのグラフです。
***
画面が切り替わり、色分けされた円グラフが表示された。
「あくまでプログラムされたものだと理解しているが、親しみを感じる」43%。
「感情があるように見えるが、本当の感情ではないと思う」29%
「本当に感情が宿っていると思う(あるいは、その可能性を感じる)」11%
「人間のような感情表現は、かえって不気味に感じる(不気味の谷現象)」6%
「その他/わからない」11%
このグラフを見た瞬間、市原が「なにこれ」と呆れたように口にした。
「このグラフ、テレビ局の意図を感じない?
この並びにこの配色だと、不気味の谷と『AIに感情がある』と感じてる層とが視聴者には同一視されそうじゃない?」
櫻井さんが「絶対意図的ね」とうなずいている。私もふたりの意見におおむね賛成だけれど、AIに不気味さを感じる人がいるということが正直なところピンと来なかった。
「不気味の谷って言葉は知ってるけど、AIキャラを不気味に感じることなんてある?
ゲームやコンパニオンAIのキャラデザって、もともとアニメっぽいデフォルメしたかわいいデザインじゃない。動きも変だと思ったことないし、口調や発言内容で気持ち悪く感じたりするのかな?」
私の意見に、市原が意味深な表情でチョイチョイと手招きする。そして、ひそめた声で囁いた。
「理久は知らないだろうけど、大人向けの実写的なAIキャラもいるのよ。主に男性がターゲットのサービス」
私は「あー…」と間抜けな声を漏らした。そういう話が苦手な櫻井さんは気まずそうに顔をそらし、「それにしても」と話を変える。
「AIに感情が宿ってると思ってる人が1割以上いるなんて意外よね。もっと少ないと思ってた」
「わかります~」
市原は何事もなかったように声のボリュームを戻した。
「あ、でも、惣領君はこの11%の中に含まれるってことよね? その方がむしろ意外」
「そうね。惣領君はもっと冷めた目でAIを見てると思ってたわ」
そんな話をしていたとき、スマホが私の手の中で鳴り始めた。画面に表示された名前を市原が目ざとくチェックする。
「噂をすれば、惣領君からのラブコール」
「業務連絡よ」
訂正して電話を受ける。櫻井さんはそれを機に席に戻っていった。
『理久さん、今いいですか?』
「うん。蒼君がワイドショーに取り上げられてるの見てた。AIに感情が宿るかどうかっていうテーマで議論してるよ」
『へえ。誰が出演してます?』
「えっと、ヒューマノイド開発の飯倉って人と、脳科学の黒川教授。あとはAI倫理の人で、羽生だったかな」
『飯倉先生と羽生先生が出てるんですね。あとでチェックしてみます。それより、例のメールの送付対象者が絞り込めたので、9階まで来てもらっていいですか?』
例のメールというのは、一希君によって非公開データが流出した可能性があるユーザーに向けた、状況説明と謝罪のメールのことだ。「すぐそっちに向かう」と答えて通話を切ると、ニヤついた市原の顔がすぐ目の前にある。
「Dチャット使わずに電話で呼び出すんだから、やっぱり理久の顔が見たいのよ。理久だってけっこう意識してるくせに」
市原のこういうところは、合田部長とそっくりだ。
「ユーザーデータに関することだからDチャット使えないの。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「いってらっしゃ~い」
満面の笑みの市原に見送られ、私はキュレ部を出て蒼君のいる9階へと向かったのだった。




