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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter11 サイバー犯罪
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#71 忙しない日々

 9階フロアに到着すると、私はガラス越しにAI開発・アルゴリズム研究部の様子をうかがった。フロア奥にある特別解析ブースから蒼君が出てくるのが見える。そこは、一希君がひとり閉じこもって仕事をしている場所で、機器の合間に彼の頭がチラリとのぞいている。


 蒼君はすぐに私を見つけ、まっすぐこちらに向かって来た。自動ドアが開くとAIチームの面々が一斉に視線を寄越したが、私の顔だけ確認するとすぐに作業へと戻っていく。


「理久さん、わざわざ来てもらってすいません」


「キュレ部はそんなに忙しくしてるわけじゃないから」


「じゃあ、これがさっき言ったやつです」


 蒼君は手に持っていたUSBメモリを顔の横に掲げてから、私に手渡した。自席からこっちの様子をうかがっている合田部長に、ちゃんと渡したことを見せるためのようだった。


「ユーザーの個人情報なので、極めて機密性が高いデータです。取り扱いには注意してください。作業後はデータを完全に削除するか、心配なら合田部長か僕に返却してくれてもいいです。それと、このデータにかかる一連の作業については、DRIのシステムログに記録されて、監査証跡が残るようになっています。データへのアクセス、ファイルの作成、物理媒体へのコピー、引き渡しなど全部」


「了解」


「それと、理久さんがこれを外に持ち出すことはないと思いますが、DRIのシステム上でしか開けないようになってます。登録されてない端末でデータにアクセスしようとすると自動的にデータが消去されますから、8階の理久さんのPCで作業してください。Dチャットでワンタイムパスワードが送られるはずですから、それを入力してログインしてもらったらOKです」


「わかった。じゃあ、作業が終わったら返しにくるね。自分で消すの、ちょっと心配だから」


 私が言うと、彼は「消すだけなのに」と笑う。


「蒼君が返しにくればいいって言ったんじゃない」


「言いましたね。理久さん心配性だから、そのほうがいいかと思って。USBの紛失も心配ならキュレ部まで一緒についていきますよ」


 蒼君は私の返事も待たず、9階で停まったままのエレベーターへと向かって歩きはじめた。相変わらず、テーピングにサンダル履きだけれど、昨日よりは痛みはなさそうだ。


「足、怪我してるんだからウロウロしないほうがいいのに」


 先にエレベーターに乗り込んだ蒼君は、「いいんです」とF8のボタンを押した。


「佐伯部長に進捗報告に行くので、そのついでです。僕が一緒じゃない方が良かったですか?」


「そんなことはないけど……」


 市原にからかわれそうで、歯切れの悪い返事になった。


「やっぱり、理久さんも僕とのことで何か言われたりしました?」


 蒼君が私の顔をうかがい、思わず顔をそらす。チンと音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。


「市原にちょっと」と、私はキュレ部のほうをうかがう。市原も櫻井さんも、私が蒼君といることにはまだ気づいていないようだった。


「市原さんって、理久さんと仲いいキュレーターですよね」


「市原は冗談で言ってるだけだけど、蒼君、そういうふうに言われるの嫌じゃない?」


「平気ですよ。合田部長やAIチームのみんなが僕をからかってくるのは事件の件を気遣って軽口叩いてるんだろうし、市原さんもきっとそうだと思います」


 恋愛経験は少なそうなのに、そういうあしらいは慣れているようだった。学生時代には告白された経験もあるだろうし、それをからかわれたりもしたのかも――と、私は勝手に想像する。


「私も、蒼君みたいに受け流せたらいいんだけどな」


 無意識にポロッとこぼすと、隣からまたクスッと笑い声が聞こえた。


「理久さん、もしかしてちょっと意識してます?」


「えっ」


 否定するのも肯定するのもぎこちなくなりそうで、私は強引に話をそらすことにした。話題を探し、視界の端に入ってきたのは市原。彼女がこっちにアピールするように指さしているのは、さっきの番組を映したパソコン・モニター。


「蒼君、あれ。さっき話した番組。まだAIと感情の議論やってるみたい」


「あ、本当だ。飯倉先生映ってますね」


 蒼君は市原に向かってペコッと頭を下げた。キュレ部の入口に到着すると、「じゃあ」とひとりで通路を奥へと歩いていく。


 私は自席に戻り、蒼君からもらったUSBメモリをパソコンに差した。蒼君が言ったようにワンタイムパスワードが送られてきて、それを入力すると自動でプライバシーフィルターが起動する。


 私が横目で市原の様子をうかがうと、さっきの番組は蒼君に見せるためだけに映したのか、今は自分の仕事に戻っていて画面は文字の羅列。からかわれることを覚悟していたけれど、私が持っていたUSBメモリを見て雑談は保留にしたのだろう。そういうところは察しがいい。


 データ漏洩の可能性があるユーザーへの個別謝罪メールの送付は、その日の昼過ぎには完了した。これで、今回の事件について私ができることは、ほぼなくなったと言っていい。


 翌日から私は通常業務に戻ったが、DRIはどの部署も忙しない日々が続いた。


 苦慮していたのはメディア対応だ。取材申し込みは基本的にサイト上の申請フォームに誘導しているものの、連日ワイドショーで報じられている状況だから、突撃取材も1日何件かやって来る。迷惑なのは、断られるとわかっていて直接やって来る理由。彼らは明らかにDRIを貶めようとしていた。


『ネットで取材申請したのですが、当面メディア取材は受けないと返ってきました。当面というのはいつまででしょうか。不正アクセスがライブ事故と関連しているのか、それだけでも明らかにすべきではないでしょうか。DRIは説明責任を果たしていないという声はちゃんと届いていますか?』


 7階のエントランスロビーにある来訪者用専用電話でかけてきて、自分たちが質問するところを撮影しているのだ。そして、職員の返答については「捜査に関わることのため、申し上げられることはありません」という部分だけを切り取って報道する。


 そんなこともあり、予言騒動とライブ事件絡みの取材等は断っても、DRIのサービスやセキュリティに関する取材はメディアを厳選して受けることになった。それで、佐伯部長が何度かオンライン取材に対応することになったのだが、「惣領さんでないのなら、やっぱり取材はなかったことに」という礼儀知らずなメディアもあったらしい。


 取材申請フォームの『取材の目的・趣旨』への回答で、もっとも多いのが「惣領さんにAIと感情についてお話いただきたい」というもの。数日前から、どこから発掘してきたのかAIロボコンでの蒼君の動画もテレビで流れ始めていた。


 蒼君のPitterアカウントはとっくにバレていて、若い女性のフォロワーが急増している。本人はフォロワー数については気にしていない様子だったけれど、解放していたDMを自分がフォローしている人限定に切り替え、『メディアの方へ 現在業務多忙につき個人的な取材はお受けできません』と投稿していた。


 実際、蒼君は多忙だ。


 今、DRIで一番忙しいのはAI開発・アルゴリズム研究部。全体のシステムセキュリティ監査の実施と、新たな脆弱性の発見・対策が急ピッチで進められている。


 一希君の不正アクセスによる脆弱性箇所の特定と、その修正・パッチ適用については事情を知る蒼君が彼と協力してやっているようだった。それと並行して、PitterやCommuLinkなどのSNS動向も分析しているらしい。分析というより、「なりすまし」「乗っ取り」など、怪しい挙動を見せるアカウントがないかの監視だ。


 私はそういった話を、蒼君との個人チャットで聞いていた。邪魔しては悪いと思って私からメッセージを送るのは控えていたけど、彼は「気になってるだろうから」と、意外にこまめに状況を教えてくれる。糸井部長より、私の方がAIチームの業務に詳しいくらいだった。


 そんなふうに周りが忙しくしている中、当事者の私は電話対応から外され、事件とは関係ない業務をこなし、やれるのはSNSやメディアの反応をチェックするくらい。


 翻案予言botアカウントは「乗っ取られた」という釈明投稿と、追加の状況説明兼謝罪文だけで沈黙している。にも関わらず、リプライは過去の予言文や『Sheeeeep★Oracle』のスクショ、不毛な水掛け論で荒れていた。


 責任の所在や、SLN及びDRIの対応評価などの真面目な意見を述べる投稿もそこにはあるが、盛り上がっているのは『Deeeeep解散予言は「当たり」か「ハズレ」か』という話。


『ライブであんな事件が起きたし、ハヤトのスキャンダルはデマだとしても世間を騒がせたことに変わりない。負傷者が出た責任をとって解散するかも。予言は当たりそう』


 こんな投稿に対して、Deeeeepファンは反論する。


『あれはハヤトが嵌められただけで、予言は悪質な嫌がらせに利用されただけ。解散はしないって本人たちが言ってた。どう考えても予言はハズレ』


 互いの主張が噛み合うことはない。ちなみに、S★Oはライブの日にアクセス不能になって以来、再開することなく閉鎖している。それについてDeeeeepファンは、「やっぱり」「天誅」とかなり辛辣な反応だった。


 一方、予想通り翻案予言botの「なりすまし」がいくつか出たが、数日でアカウント凍結になるということが続いた。あまりに続いたせいで、警察の介入ではないかという憶測が流れた。


『絶対警察の仕業。翻案予言botの乗っ取り、ヤバい系のハッカーだったんじゃない? 元祖翻案予言botがそのままになってるの怪しすぎる』


『まだ犯人捕まえられない警察、できるのがアカウント凍結だけとかウケるw』


 こういった根拠のない憶測に、さらに尾ひれがついていく。


『ハッカーがDeeeeepのやばいネタを盗んだんじゃない?』


『SLNはハッカーと交渉中の可能性あり。莫大な金が支払われることになりそう』


『Deeeeep解散カウントダウンスタート』


 Pitterではそんなふうに盛り上がっていたが、警察がなりすましアカウント凍結をプラットフォーマーに要請したという事実はないようだった。これについては佐伯部長がSLN経由で確認している。


 もどかしいのは、こちらから問い合わせない限り警察は何も教えてくれないこと。もちろん、問い合わせたからといって答えが返ってくることはほとんどないに違いない。


 1日1日はあっという間に過ぎていった。確認するたびに翻案予言botのフォロワーは増えていて、それが私の不安を煽った。そして、流出してしまった非公開データ――漆黒の夜の予言元の抜粋文をたびたび思い出した。


『七月の空を仰いだ。煌めく天の川は、わたしを暗闇へと押し流していく。牽牛の瞳がとらえるのは織姫ばかりで、その眼差しが地上に向くことはない。泥濘に足を踏み入れたわたしは、すでに漆黒の闇に飲まれかかっていた。もがいても抜け出すことは叶わず、冥府の使いに足首を掴まれ、確実に堕ちていこうとしている。罪人に朝の光は似合わない。地下深くへと続く階段の先で、訪れるはずのない彼を待つ、夜の住人となるのだ。 #闇ハヤト文体 #AI翻案抜粋』


 ここに書かれているのが、まさに今の状況を表現しているように思えたのだ。


 ――泥濘に足を踏み入れ、もがいても抜け出すことは叶わず、冥府の使いに足首を掴まれて堕ちる。



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