#68 燻る火種
蒼君は相手が刑事でも、いつもと変わらぬ調子で話していた。
「警察が今回のハッカーをどう分析してるのかはわかりませんが、個人的には愉快犯の可能性が高いと考えています。SLNに金銭要求目的で接触があったというのなら別ですが、もし仮にそうなら、昨夜の事故は交渉決裂による報復ということになる。しかし、SLNのこれまでの対応を考えると、ハッカーから接触があったとは思えません。したがって、これから話すのは相手が愉快犯だという前提での、僕の考えです。
犯人は、今後も『予言』を利用する可能性があります。理由はこれです」
蒼君のPC画面は会議室のスクリーンと共有されている。映し出されたのは、『予言』という言葉とともに投稿されたワードを円の大小で視覚的に示したもの。『Deeeeep』『解散』『ハヤト』に匹敵するくらいの大きさの円は『漆黒の夜』だ。
「漆黒の夜いうと、翻案予言botの予言やったか。7月に大都市で大停電が起きる、かいな?」
伊藤刑事が顎の無精髭を撫でながら、訛りの強い堂坂弁で言う。須田刑事も漆黒の夜について把握しているようだった。
「そうです。この図を見る限り、ハッカーがこの予言に目をつけてもおかしくない。しかも、ハッカーは予言に関するDRIの不祥事を把握している可能性があります。騒ぎを大きくするネタを持っているということです」
蒼君の言葉に、佐伯部長と合田部長がその顔に苦悩の色を浮かべる。伊藤刑事は「お気の毒に」とでも言いたげにチラとふたりを見た。
「聞いた限りでは、なんや厄介なことになっとりますが、DRIさんトコの倫理規定違反に関してうちがどうこういう気はありません。予言に使われたっちゅう翻案抜粋文についても、著作権者が何も言うてこんうちは対応しようがあらへんやろうし。法律のことは佐伯部長が我々より詳しいやろから、一切お任せします。
で、惣領君は、ハッカーがこの漆黒の夜をどうやって利用すると考えとるんや」
「予言『漆黒の夜』は、すでに翻案予言botから離れてひとり歩きを始めています。小さな停電を起こして『やっぱり予言は本当だった』と煽れば、すぐに拡散する可能性があります」
「7月まで1週間以上ある。その間に予言への世間の関心が薄れるとは思わへんか?」
「昨日ライブ会場で予言信者の会話を聞いた限りでは、たとえ世間の関心が一時的に薄れても、火種が消えることはありません。刺激すればあっという間に燃え盛ると思います。たとえば、停電のフェイク画像を使って『予言が当たった』とデマを流したとしても」
災害や事故に絡めたフェイク画像や動画の拡散は、Pitterでは日常茶飯事だ。アルカディア事件(軍事AIによる誤爆事件)の後には、自衛隊のミサイル防衛システムが誤作動を起こして民間ヘリが撃墜させられたというデマがフェイク画像とともに拡散され、Pitter上では反軍事AIデモまで起きた。
伊藤刑事は「まあ、警戒するに越したことはないからなあ」と、少々面倒くさそうに顔をしかめる。
「しかし、この予言はどうして都市部という解釈がされてるんでしょうね?」
須田刑事が不思議そうに首をひねった。
「予言文でそうだと言い切れば、あとはPitter民が勝手にこじつけてくれます」と蒼君。
「ああ。たしかにね。他の予言も全部そんな感じで当たったことになってるし、そんなものか」
「まあ、そんなもんやろ。漆黒の夜のことは、いちおう頭に入れとくわ。なんか変な動きでもあったら連絡もらえるか? 漆黒の夜のことだけやない。DRIさんトコのシステムに怪しい痕跡なんかがあったら、すぐ情報共有してや」
伊藤刑事はポケットから紙の名刺を取り出すと、蒼君と合田部長に渡した。佐伯部長にも流れで渡そうとし、「あ、先に差し上げましたな」と名刺入れに戻す。機を待っていたように、佐伯部長がそこで口を開いた。
「今回の事件への結城先生と新田の関与について、当方としてはどのように扱うべきでしょうか?」
伊藤刑事は「そうですなあ」と腕組みし、すぐその腕を解く。
「ひとまず現状のままでお願いします。刑事告訴されるつもりはないいうことですし、でしたらハッカーの特定のためにも、公にする情報は最低限のほうがええですから」
「内部での不正については先ほどうちに任せるとおっしゃっておられましたが、ユーザーに対する説明責任があります。どの程度まで情報を開示してよいか、具体的に教えていただけますか」
「う〜ん……。今言った通り、そっちも現状維持にしといてもらえるとありがたいです。『不正アクセスによる情報漏洩の可能性があり、調査中』いうくらいの表現に留めてもらえれば。
もし、ユーザーへの説明が必要ちゅうことなら、データ流出があったと思われるユーザーさんだけに個別に報せるいうのはどうですか?
なんにせよ、そちらの職員の新田さんが翻案予言botの結城先生と接触しとったことや、ふたりから自白があったことは伏せといてほしいんですわ。それはまあ、そちらさんが望んでることでもあるやろし、『捜査中の事案のため』って決まり文句で濁してもらってかまいません。
うちとしては、翻案予言botの共犯がDRI職員ちゅうことはハッカーには知られたくないんです。チャット履歴が盗まれた可能性はあるようですが、それが確認できるまでは、こっちからあえて向こうに情報を与えるようなことはしたくない」
佐伯部長は思案顔で伊藤刑事の言葉を聞いていたが、話が終わると「ユーザーには個別に謝罪文を送るのがよさそうね」と口にした。合田部長も賛同するようにうなずく。それを受けて蒼君が続けた。
「新田さんがアクセスした非公開データは、パーソナライズ翻案長編5作品です。でも、すでに同時期に生成された翻案作品の登録者データと該当著作を紐づけするデータは削除されていますから、著作権者5人を特定することはできません。
ですから、新田さんが非公開データにアクセスした時点で非公開・公開選択猶予期間中だった作品すべてを対象にするしかありません。作品との紐づけがなくても翻案生成履歴は残りますから。あとは、課金額を参照すれば中編を除外して長編に絞り込めます」
佐伯部長はわずかにうなずき、斉田さんに向き直った。
「このように進めさせていただいてもよろしいでしょうか。うちの罪を隠すような形になってしまうのは大変心苦しいのですが」
「隠すほうがリスクが大きいことは、佐伯部長も十分承知されているはずです。いくら捜査のためと言い張ったところで、世間は詭弁としか受け取りませんから。いろいろと大変でしょうけど、お互い協力してハッカーの特定に全力を尽くしましょう。幸い、DRIさんには頼もしい天才ハッカーがいらっしゃる」
斉田さんは眼鏡を押し上げて蒼君を見た。
「僕はハッカーではなく、ただのAIエンジニアです」
「『ただの』やないことは間違いないわ。天才君の学生ん時の記事はネットで読ましてもらったけど、NPOにおっても天才ぶりは健在ちゅうことか。宝の持ち腐れ言われへんか? もっと稼ぎのええ仕事もあるやろ」
葉に衣着せぬ伊藤刑事の話しぶりに、佐伯部長と合田部長は苦笑している。
「刑事さんたちも、もっと高収入な仕事があるんじゃないですか?」
蒼君の返しに、刑事ふたりはハハッと苦笑を浮かべた。
斉田さんと刑事がDRIを出たのは午後8時前。
ずっと相談室に押し込められていた匠真も、ようやく解放されることになった。スマホは警察に押収されたらしいが、1日か2日で返却すると言われたようだ。しかし、いくら「アナログ人間」の匠真でもスマホが使えないのは不便らしく、財布を開いて残金を確認する姿に複雑な気分になった。
先に帰ることになった匠真をエレベーターまで送った時、カンサポ部と総務部も電気はすでに消えていた。キュレ部とエレベーターホールだけが明かりを灯している。
一緒についてきた蒼君は、匠真との別れ際にこんなふうに言った。
「DRIとSLNが翻案予言botの正体を漏らすことはないですけど、ハッカーが面白半分に暴露する可能性もあります。そのとき警察の要請で伏せていたのだと弁明するためにも、アカウントとあの投稿は消さずにそのままにしたほうがいいです」
「また乗っ取られたら?」
「すぐ、警察に言ってください。相手の尻尾を掴めるかもしれないので」
終始うつむきがちだった匠真は、わずかに顎をあげて蒼君を見た。ふと表情を緩め、そして私に視線を向ける。
「ずいぶん頼もしい彼氏を掴まえたんだな」
「……え?」
否定しようとしたけれど、匠真はその隙を与えず「すまなかった」と蒼君に頭を下げる。
「怪我を負わせるようなことになって申し訳ない。理久を守ってくれて、感謝してる」
自尊心が高いくせに劣等感の塊で、呆れるほど頑固な匠真が、10歳近く年下の蒼君に対してこんなふうに謝罪をするとは想像もしていなかった。胸がいっぱいになり、また涙腺が緩みそうになる。
「僕は、結城先生のために理久さんを守ったわけじゃありません」
「たしかに」と、匠真は彼らしい皮肉めいた微笑を浮かべる。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。新田君にもすまなかったと伝えといてくれ。謝って済む話でもないが」
エレベーターにひとり乗り込む匠真の背中は淋しげだったが、どこか憑き物が落ちたようにも見えた。
※公開時に日付に関する描写に間違いがあり、2025年11月11日に当該箇所を削除しました。
修正前「新田さんが非公開データにアクセスした6月2日の時点」→修正後「新田さんが非公開データにアクセスした時点」
新田が不正アクセスした日付は、正しくは5月31日(日曜日)です。




