#67 聴取
斉田さんが到着するまでには少しかかるらしく、合田部長は状況を確認するために佐伯部長たちがいる相談室へ向かった。そのあとすぐノックがあって、顔を出したのは遠藤さん。
「差し入れだよ〜。コモンズ・カフェのクラブハウスサンドとコーヒー。佐伯部長のおごりらしいから、後でお礼言っといてね〜」
遠藤さんも今の状況を訝っているはずだが、それをおくびにも出さずにこやかに手を振って部屋を出ていく。
一希君は遠藤さんの声にむくりと起き上がり、チキンの匂いに誘われるようにテーブルについた。もしかしたら眠ったフリだったのかもしれないけれど、顔色は朝よりずいぶんマシになっている。
「俺の分、ある?」
「ありますよ」
蒼君が手渡した分厚いサンドイッチに、一希君は眠そうな目のままかぶりついた。私はあまり食欲がなかったが、一口食べると体は空腹を思い出す。
「腹が減ってはっていうやつよね」
蒼君はいつも通りペロッと完食した。その後はコーヒーを飲みながらPCを触っていたが、「そう言えば忘れてました」と一希君に向かって手を差し出す。
「新田さん、すいませんけどスマホ見せてもらえませんか。結城先生のスマホに、チャット履歴が漏れたっぽい痕跡が残ってたので、一応チャット内容確認させてもらえないかと思って。もしかして、消しちゃいました?」
「いや、むしろこういう時が来るかもなーって思って、残してた」
一希君はそう言いながら、スマホでチャット画面を表示して蒼君に渡した。内容は一希君から聞いていたままだったが、私が想像していた以上にふたりは頻繁に会っていたようで驚いた。
「一希君、こんなに前から匠真のこと知ってたくせに、よく私の前で知らないフリできたね」
「そりゃ、理久の前で結城先生の話題を出すことなんて滅多にないだろ。正直、気まずいしさ」
「じゃあ、あの時はどうして僕に教えたんです?」
蒼君の質問に「あの時?」と一希君は首をかしげる。
「コモンズ・カフェでの話です。僕に、結城先生が理久さんの恋人だったって話をしたとき」
「あー……、あの時は、うっかり結城先生の『新蝶』インタビュー読んだなんて喋ったから、このまま話を続けるとボロがでそうだなーと思って。それで、理久が話を切り上げそうな話題で誤魔化したんだよ」
あの時、一希君は同僚の元恋人の記事だから気になって読んだというようなことを言っていたけれど、理由がそれだけなら私はきっと違和感を覚えたはずだ。でも、話題に出た『新蝶』の巻頭インタビューが、AI翻案とハヤト文体を批判する内容だった。だから、リテラ・ノヴァ職員の一希君が興味を持っても不思議ではないと納得したのだ。
一希君は気まずそうにチラと私の顔をうかがい、私はじろっと睨み返す。
「ねえ、一希君。あの時の『新蝶』に掲載されてた小説、ちゃんと読んだ?」
「いちおう……読んだ」
「全部?」
「……いや、結城先生の掌編……だけ」
彼は居心地悪そうに目をそらし、コーラを飲む。そのとき、小会議室に行っていた合田部長が、ノックもなく扉を開けた。
「斉田さんたちが到着したそうだ。7階に迎えに行ってくるから、食いもんのカス片付けとけ」
そう言って慌ただしく頭を引っ込めた。
蒼君はゴミを集めた紙袋をクシャと丸め、「ところで新田さん」と一希君を見る。途端、一希君の表情が強張った。
「おまえにそんなふうに呼ばれると、また何かやらかしたのかと思ってドキドキするんだよ。言いたいことはサラッと言ってくれないか?」
その反応に、蒼君は目をしばたかせクッと笑い声をもらす。
「新田さんって、思ってたより小心者ですね」
「笑ってないで、用件を言え」
「新田さんは、今回のハッカーがリテラ・ノヴァへのハッキングを試みると思いますか? 金銭目的ではなく愉快犯だと仮定して」
一希君は真面目な表情でしばし考え込み、そのあと「かもな」と答えた。
「DRIからデータを盗んだ上で、結城先生のスマホから盗んだ俺とのチャット履歴とともに公表すれば、俺がそれを全部盗んだように捏造できる。さらに、翻案予言botが反AI翻案を標榜する作家の結城匠真だとバラせば、理由もバッチリだ。
一応、俺がDRIの人間だとわかるような表現はチャットでは使わないようにしてたけど、内部の犯行だと推測できる箇所はある。今回の件でDRIは注目されてるし、ハヤトを批判してた結城先生まで絡むとなったら、世間は大騒ぎ。おそらく、そういうのを楽しむタイプだろ?
まあ、でも、俺がデータ盗めたのは内部の人間だからだ。外部からDRIのセキュリティを破れるやつなんてそういない。佐伯部長はそのために耳にタコができるくらいくどくど言ってきたわけだし、うちには天才がいるからな」
調子よく話していた一希君だが、「入るぞ」という声とともに合田部長が顔を出すと、ビクッと肩をすくめて立ち上がる。
部長は扉を全開にし、斉田さんを先頭に、見知らぬ男性がふたりと、その後に佐伯部長も入ってきた。匠真は糸井部長と一緒に相談室に残っているのか、ふたりの姿は見当たらない。
斉田さんによると、一緒に来たのは堂坂府警のサイバー犯罪対策課所属の刑事2名。
「じゃあ、ひとりずつ話を聞かせてもらいましょうか」
年嵩の、五十路くらいの刑事が天気の話でもするように軽く話を切り出すと、さっそく聴取が始められた。対象は事件現場にいた私と蒼君。それから、翻案予言botの匠真と、彼に協力した一希君。
私が最初に呼ばれて小会議室に向かうと、そこにいたのは須田という若い方の刑事だけ。どうやら、年嵩の伊藤と名乗った刑事は匠真のいる相談室に行ったようだった。
すでに斉田さんから詳しい経緯が伝えてあったようで、私は須田さんが時系列を追ってことの経緯を確認するのに「そうです」と答える程度。10分ほどで終わって、入れ替わりに一希君の番になった。
その頃にはDRI職員全員が深刻な状況だと察し、ガラス越しに目があった小山内さんは心配そうな表情。廊下ですれ違った奏さんも「疲れてませんか」と気遣う言葉をかけてくれたものの、それ以上深くは聞いてこなかった。翻案予言botが投稿した内容を見れば、ここに誰が集まっているのかは考えるまでもない。当然、翻案予言botの正体を察した職員もいたはずだ。
私はキュレ部には戻らず会議室で待機するように言われ、一希君に続いて蒼君も部屋を出ていくと、ひとりその場に取り残されて、さっき聞いた匠真の告白をぐるぐると頭の中で繰り返していた。
その思考から逃れようとスマホを触って、結局Pitterを開く。翻案予言botの投稿には多くの反応があり、正体を明かさないことへの批判、正体を予想する投稿だけでなく、予言信者からは「翻案予言botは嵌められた。AI翻案が本当に未来を予言するからこそ翻案予言botは排除されたのだ」というような主張も少なくない。
予想できたことだが、翻案予言botの正体としては匠真の名前も挙げられていた。しかし、Deeeeepやハヤトのライバルとされるアイドルやアーティストの名前の中に、匠真の名は埋もれている。中には、昨年新人賞を受賞した俳優『結城匡平』と『結城匠真』を勘違いした、的はずれな批判も見られた。芥河賞受賞作家・結城匠真の認知度は、私が思っていたよりもっと低いのかもしれなかった。
午後4時半過ぎには市原から『無理しニャいように』という猫のメッセージイラストが送られてきていた。その後、午後5時前になってDチャットで職員全員に通知があり、詳細説明は追ってするため、事件及び予言騒動に関連する内容及び憶測を外部に漏らさないようにとの念押しがされた。
蒼君が会議室に戻ってきたのは午後6時を回った頃。会議室の外がどんな状況だったのかはわからないが、蒼君の後に続いて刑事二人と斉田さん、合田部長と佐伯部長がぞろぞろと部屋に入ってくる。
「本宮さん、ずいぶん待ったでしょう」
佐伯部長は私を気遣う言葉を口にしたあと、何かを確認するように刑事を見る。伊藤刑事の値踏みするような視線が私に向けられると同時に、「理久さんもここにいて問題ないと思います」と蒼君が口にした。
「さっき結城先生の端末を確認したとき彼女も一緒にいましたし、機密事項を話すわけではなく、僕の憶測を話すだけですから」
彼はそう言うと、椅子に座ってノートパソコンを開く。そのマイペースな態度に、刑事ふたりは顔を見合わせて肩をすくめた。
蒼君は匠真のスマホから得た情報を、作業記録らしいデータを示しながら淡々と説明する。スマホデータを改竄していないと証明するためのものだと思っていたら、話はハッカーのことに移っていった。




