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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter10 翻案予言bot
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#66 ハッカーの手法

 スターライト・ネクストからの連絡を待つ間、匠真は翻案契約などの時に使用される相談室に連れて行かれ、佐伯部長と糸井部長が聞き取りをすることになった。先ほどの話し合いに参加できなかった糸井部長への状況説明も兼ねている。


 会議室では、昨夜ほとんど眠れなかったという一希君が部屋の隅で束の間の仮眠をとっていた。合田部長と蒼君は9階からノートPCとケーブルを持ち込んで、匠真のスマホを調べている。私はふたりの背後からその様子を眺めていたが、画面に表示されているのは素人には意味不明なアルファベットと記号の羅列で、何をしているのかよくわからなかった。


「ねえ、蒼君。一希君のスマホはプライバシー保護義務があるから調べてないって言ってたのに、匠真のはいいの?」


 今さらと思いながら聞いてみると「調べていいって許可もらったので」と、一希君のときとは違う答え。


「チャット履歴とかカメラロールとか、プライバシーに関わるとこは見てません。今調べてるのは、外部から不審なアクセスがあったかどうかの痕跡です」


「ふうん。でも、警察に渡す前に勝手に調べて大丈夫なの?」


「痕跡を消すわけじゃないですし、作業工程は警察に言われたら提出できるように記録してます」


「本宮さん、いちおうこういうのがあるんだ」


 合田部長が、蒼君の頭越しに1枚の紙きれを渡してきた。そこには、匠真の直筆署名入りで、スマホを調べることに同意する旨の文章が書かれている。


「こんな紙ッペラが効力を持つなんて、不思議な話だよなあ。燃やせば跡形もなく消えるってのに」


「合田部長は財布持ち歩いてますよね。あの中身も燃やせば灰ですよ」


 蒼君が軽口を叩く。部長が何か言い返そうとしたが、蒼君は何かに気づいたように「アッ」と手を止めた。


「部長、やっぱり写真だけじゃなくチャット内容も流出してるかもしれません。このスマホ、かなり古いOSでセキュリティパッチも当たってない。ハッカーが使ったマルウェアの痕跡もいくつか見つかりました。

 通常のシステム挙動との微細な差異をAIが検出して特定したんですけど、かなり巧妙に隠蔽されたっぽいです。削除されたログの断片や、揮発性メモリに残っていたデータから、ハッカーが操作したファイル、使用した通信プロトコルはある程度復元できそうです」


「惣領、そこまでにしとけ。データを毀損したら困る」


「了解です」


 蒼君はそう答えたものの、画面には相変わらず呪文のような文字の羅列が表示されたまま、彼の指先も止まらない。合田部長が止めないということは問題ない作業をしているようだ。その画面を見つめていた部長が、「なあ」と悩ましげな声で蒼君に呼びかける。


「惣領。このハッカー、結城先生のスマホってことをわかってるよなあ?」


「でしょうね。結城先生はペンネームと本名が同じですし。

 ただ、結城先生とわかってて狙ったかどうかは怪しいです。最初に翻案予言botに目をつけて、Pitterから個人情報を盗んで、そこで結城先生だと知って、スマホ端末を直接狙ったんじゃないでしょうか。

 デマ投稿のタイミング、やり口を考えると、騒ぎを大きくするのが目的のように思えます。一見、Deeeeepや平井先生、理久さんといった特定の企業や個人を狙ったように見えますけど、それは結城先生の謀略に乗っかっただけでしょう。

 今ちょっと、このハッカーが使用した匿名化サービスのパターンを分析してみたんですけど、過去の未解決サイバー事件で使われたものと酷似している部分があります。同一人物か、あるいは模倣したか。何にせよ、手慣れているのは確かです」


「愉快犯かつ常習犯ってことか。厄介だな。犯人を特定するのは難しいだろう」


 ええ、と蒼君は画面を見つめたままうなずく。


「翻案予言botのアカウントは新田さんのおかげで速やかに取り戻せたわけですけど、世間を騒がせるのが目的で翻案予言botを乗っ取ったのだとしたら、犯人は『漆黒の夜』の予言にも目をつけてたんじゃないかと思います」


「漆黒の夜って、7月に大停電が起きるっていうアレだろ?」


「はい。電力インフラのセキュリティを突破するのはかなり難しいですが、できないわけじゃない。2040年の『ペリニ・ブラックアウト』は送電線の温度と需要予測のセンサーデータをほんの少しだけ改竄し、制御AIが〝異常な安定状態〟だと誤認識して出力を絞り続けた結果、送電網が勝手に過負荷になって停止しました。いくら強固なセキュリティと言っても、弱いところを突かれると脆いものです」


「あれは、意図的に起こした流通AIフリーズみたいなもんだからな」


 合田部長は顔をしかめ、「だが」と首をひねる。


「仮に、このハッカーがそれくらいのレベルだとしてだ。翻案予言botを利用するのは、もう無理だろう? なのに、わざわざ翻案予言botの予言に絡めた犯行をするか?」


 合田部長が腕組みする横で、蒼君が「あれ」とつぶやいた。パソコン・モニターには『翻案予言bot』のページが表示されているけれど、投稿は一切表示されず、『アカウント凍結』の文字がある。


「どういうことだ」


 合田部長が身を乗り出した。


「これ、フォロワーが560人しかいませんから、結城先生のアカウントじゃありません。とは言え、フォロー0人でここまでフォロワー増やしたということは、かなり本家に似せていたんだと思います。あのフェイク写真も投稿してたかもしれませんね」


「例のハッカーがなりすまそうとしたとでも言うつもりか? さすがにそれは無理があるぞ」


「わかってます。興味深いのは」と言いながら、蒼君はユーザー検索から〝他の〟翻案予言botへと移動する。


「ニセモノの『翻案予言bot』はことごとく凍結されてるみたいです。フォロワーは23人と9人、11人だから、かなり少ない。

 一方、本家の翻案予言botは凍結されていません。ということは、翻案予言botの信者がなりすましだと通報して凍結された可能性が高いです」


 合田部長は「インプレ稼ぎか」と呆れたようにハァと吐息を漏らした。


 デマを拡散したアカウントになりすまそうという考えにも呆れるが、そのアカウントが「なりすまし」として通報されているかもしれないということは、通報者は、匠真が始めた翻案予言botを「本物」として尊重しているということ。


 蒼君が画面を切り替え、「本物」の『翻案予言bot』を映した。そこには、見覚えのない新しい投稿がされており、合田部長が「おっ」と声を漏らした。確認するとたった今投稿されたばかり。


 投稿文は『本日、SLN様とDRI様と直接お話をさせていただきました。改めて今回の予言騒動について謝罪させていただきます。』という短いものだが、添付された画像には数百字程度の文章が書かれている。


 蒼君はその画像を拡大表示し、淡々と読み上げていった。


「この度は、私の捏造した『予言』に起因する事故で13名の方に怪我を負わせ、また多くの方々にご迷惑をおかけしたこと、誠に申し訳ありませんでした。心よりお詫び申し上げます。

 昨日も投稿いたしましたが、捏造された写真の投稿は私によるものではありません。アカウントを乗っ取られ、第三者により投稿されたものです。

 しかし、これは私がAI翻案を利用した予言をPitterに投稿したことにより起こったことであることは間違いありません。そのため、スターライト・ネクスト様、ディープ・リーディング・イニシアチブ様による調査、及び警察による捜査には全面的、かつ積極的に協力させていただく所存です。

 捜査事案のため、この場で詳細な経緯を説明することはできませんが、ご容赦ください。

 また、私がこれまでに投稿した予言文が悪用される可能性もあるため、過去の投稿はデータを警察に提出した上で、Pitter上からは削除させていただきます。

 この度は、大変申し訳ありませんでした。」


 昨日のうちに謝罪文は掲載していたけれど、翻案予言botが警察、SLN、DRIに協力しているということを公表したほうが、ハッカーへの牽制になるのではないかと提案したのは一希君だった。翻案予言botがまた乗っ取りを企てないとも限らないから、その予防のためにと。


 佐伯部長はその意見を採用し、SLN側と連絡がつき次第投稿できるようにしておくと言っていた。小会議室のタブレットで翻案予言botのアカウントにログインして待機していたはずだから、この文章が投稿されたということはSLNから連絡が来たということ。


「結城先生の名前は結局出さなかったみたいですね。警察にふたりの名前が出ないように求めるとは言っていましたけど」


 蒼君はほっとしたようだった。一方、合田部長は「だが」と険しい表情。


「ハッカーがどう出るか、だな。警察は、今はひとまず騒ぎの沈静化を優先したということだろう。結城先生のことだけじゃない。うちも新田の件をいつどういう形で公表するかも考えないと。非公開データへの不正アクセスが外部犯か内部犯かで意味が大きく違う。今のところ『捜査のため』と言い逃れできるが、一歩間違うとユーザーの信頼を完全に失ってしまう。警察がこのサイバー犯罪をどの程度のものと考えてるか――」


 合田部長のポケットでスマホが鳴り、彼は「佐伯部長だ」と言って電話を受けた。数回の相づちで通話を終えると、少々うんざりしたように苦笑を浮かべる。


「これから、斉田さんと堂坂警察の担当者がここに来るそうだ」

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