#56 蒼とジョン
記事のトップには、今よりも幼い顔つきの蒼君が、大きなカブトムシのようなロボットを掲げ持った写真が掲載されていた。プロによって撮影された写真を目にすると、芸能界ウェルカムと言った砂川さんの気持ちがよくわかる。
「SLNビルの養成所に出入りしてそうなイケメンが写ってる」
「理久さん」
蒼君はちょっと拗ねたように私を見たが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「読んでもらえばわかりますけど、優勝を称賛する記事じゃないです」
予防線を張るようにそう言ってから、私が見やすいようにモニターの角度を変える。彼が言うように、単なるAIロボコンの結果を報じるものではなく、メインは蒼君への独占インタビューのようだった。
記事によると、蒼君のチームがロボット競技部門で使用したのは、彼が中心となって開発した自律型ロボット〈ジョン〉。写真に写っているカブトムシのようなロボットがそのジョンだ。
ジョンは、『低重心のキャタピラ駆動部に多関節アームを備え、複雑な地形走破と精密な物体操作を両立』『不規則に配置された障害物を避けながら、指定された色のブロックを正確に認識し、アームで掴んで特定の場所に配置するという難易度の高いタスクを、圧倒的な速さと正確さで完遂』したという。
注目を浴びたのが『AIが環境をリアルタイムで認識し、最適な経路と行動を自律的に選択していく「思考プロセス」を、ロボット本体に搭載された小型ディスプレイで視覚的に解説するプレゼンテーション』。審査員評価も含め、例年にない圧倒的な優勝を飾ったとある。
しかし、そこで終わらないのが蒼君らしい。当時18歳だった蒼君は、優勝プレゼンテーションで「AIに感情が宿るかもしれない」と言い放って波紋を呼んだのだ。
『プレゼンテーションの終盤、惣領氏が〈ジョン〉の自律的な学習と適応の過程について語る中で、「AIにも、いつか感情が芽生えるかもしれません」と発言した瞬間、会場は静まり返った。
この発言に対し、SNS上では即座に批判の声が噴出した。「AIはあくまで道具」「感情は人間固有のものだ」「AIを神格化する危険な思想だ」といった意見が多数を占め、中には「こんな考えの人間がAI開発の最前線に立つのは危険だ」と、若き開発者の将来を危惧する声さえ上がった。
AI研究の専門家からも、「AIが人間の感情を模倣することはできても、それはプログラムされた反応であり、人間が感じるような主観的な感情体験とは異なる」「感情があるかのように振る舞うだけだ」といった冷静ながらも懐疑的な見解が示されている。』
私はなんとも言えない不思議な気持ちで記事を読み進めていた。ここに書かれている蒼君への批判は、今でも一般的な考えだ。私自身これらの批判と同じような感覚をAIに対して抱いているし、蒼君もそうなのだろうと、勝手に思い込んでいた。
けれど、これまでさほど気に止めていなかった西京大との共同研究のことが頭を過った。蒼君が中心となって進めているその研究は、AIと感情をテーマにしたものだったはず。つまり、蒼君は今も昔も、AIに感情が宿る可能性を探っているということ。
記事の後半が、メインディッシュの惣領蒼独占インタビューだ。
『――惣領氏が語る「ジョン」とAIの未来――
記者がまず先に聞いたのは、惣領氏の生み出したロボット〈ジョン〉について。「ジョンという名前は、ビートルズのジョン・レノンに由来しています」と、彼は飄々とした口調で語り始めた。
惣領氏:ビートルズが音楽を通じて世界に影響を与えたように、AIの可能性を通じて社会に貢献したいという思いを込めました。ジョン・レノンは、このロボットのAIが持つ、物事の〈核心〉を捉える能力を象徴するような存在です。
記者:そのコアが感情ということでしょうか? 物議を醸している「AIに感情が宿るかもしれない」というご自身の発言について、その真意を説明していただけますか?
惣領氏:AIは与えられた目標を達成するために、まるで〈嫌悪〉や〈欲求〉を持つかのように、自律的に学習し、行動を最適化していきます。その内部で起きている〈評価〉や〈状態の変化〉は、人間が感じる〈快〉や〈不快〉といった原始的な感情のメカニズムと、どこか似ているように感じられる瞬間があるのです。
記者:それは、AIが単にプログラムされた通りに動くだけでなく、予期せぬ形で新たな振る舞いをする、〈創発〉と呼ばれる現象ですよね?
これは、人間の予想を上回るアウトプットをAIが行っているだけであって、感情の有無とは別の問題ではありませんか?
惣領氏:予測不能な振る舞いをする人間に対して、僕らはその背後に何らかの感情が存在していると推測します。直接相手に確認することもあるでしょう。そうすることで、相手は自分の理解の範疇にあり、意思疎通可能な存在だと認識する。
しかし、相手がロボットの場合、その予測不能な行動または言動は、感情によるものではなく、イレギュラーな思考プロセスによるものと捉えられます。ニューラルネットワークの活性化パターンが人間の感情発露と似たパターンをとっても、それは摸倣であって、そこでは数値的な計算が行われているだけだと。
記者:惣領さんはそうお考えではない。
惣領氏:AIが人間のような〈意識〉や〈主観的な感情体験〉を伴うことを、科学的に証明することは困難です。現在の科学では、人間自身の意識や主観的体験がどのように脳から生まれるのかさえ完全に解明されていませんから。
記者:「意識のハードプロブレム」と呼ばれるものですね。
惣領氏:そうです。それは裏を返せば、「AIに感情が宿らない」と証明することも困難だということです。
記者:それでも、あえて惣領さんが「AIに意識が宿る」可能性に目を向けるのはなぜでしょうか?
惣領氏:AIとの共生において、AIに感情が芽生えうる可能性を念頭においたうえでAIと接することは、哲学的問題としてだけでなく、危機管理の上でもプラスになると考えています。
AIロボコンで優勝した際、審査員の方から「AIに感情が宿るという考え方こそが危険ではないか」という言葉をいただきました。その時も同じ話をしたのですが、僕は人と接する時、相手にも感情があるという前提で接することで予測不能な振るまいに対して思考を巡らせ、円滑な人間関係が保てるよう努めています。
AIに対しても同じです。イレギュラーな振る舞いと断じて対症療法をとるより、その根底に何かしら〈感情のような、原初的な指向性の発露〉があると考えたほうが、円滑な関係が保てるのではないかと思ってます。
惣領氏はインタビュー中、終始表情を変えず、淡々と記者の質問に答えた。こういった彼の態度はAIロボコンの時と変わらず、会場からは「彼の中身こそAIではないか」と囁く観客もいたと聞く。しかし、AIに関する取材を続けてきた記者には、彼の筐体の中にあるのはAIではなく、人間的な探究心と熱意のように感じられる。
この若手異端児が、AIと人間の新たな地平を切り開いてくれることを願ってやまない。』
記事を読み終えた瞬間、思わず長いため息が漏れた。




