#43 手がかり
スカイアリーナ・スタジアム正面の巨大サイネージには、Deeeeepの映像が流れていた。それを背景にフォトスポットが用意され、Deeeeep女子たちが行列を作って順番待ちしている。
生粋のファンが密集しているのはいくつかあるフォトスポットと、エントランス軒下にあるグッズ販売コーナー周辺。一方、第一駐車場からエントランス前までのフードエリアになっている広場はカオスだった。Deeeeepファン、予言の野次馬と思われる人たち、マイクとカメラを携えたメディア関係者。揉め事も起きているらしく、警備員が仲裁している姿も見える。どこかから、DJポリスよろしく、軽妙な語りで注意喚起する警備員の声が聞こえてきた。
しかし、スタジアム周辺を歩いてみると、わざわざ人混みの中でDeeeeepファンの反感を煽るような野次馬はごく少数のようだった。少し離れた木陰のベンチや、建物の陰になる場所で、いかにも長期戦を覚悟した装備(簡易イスや敷物、携帯扇風機、食料など)でたむろしている人たち。そっちが本物の予言信者のようだ。
私と蒼君は、そういった予言信者がいそうな場所をふらふらと歩いた。しかし、なかなか収穫はない。
「予言の話はしてても、AI翻案について話してる人はあまりいませんね」
「盗み聞きってけっこう難しい。会話が聞こえる距離で足を止めたら怪しまれるし」
「手当たり次第声かけたほうが早いかもしれませんよ」
「止めないの?」
「止めます。佐伯部長に念押しされてますから」
蒼君は「少し休みましょう」と、私を木陰に誘った。彼がポケットから取り出したスマホには『11:02』と表示されている。10分ほど前、砂川さんに到着したことをメッセージで伝えたが、「手が空き次第電話します」と返信があったきりだ。
「PitterもS★O(Sheeeeep★Oracle)も特に変わった動きはなさそうです。でも、S★Oはちょっと動作が鈍いですね。やっぱり見てる人が多いのかな。新文部の方は、オフ会メンバーの投稿見る限りまだ到着してないっぽいです」
「目的地はここで合ってそう?」
「はい。万博記念公園に向かうって書いてる人がいるので」
蒼君の隣で彼のスマホを覗きこんでいると、ふと視線を感じて顔をあげた。
目の前を通り過ぎたのは女性3人。そのうち1人と目が合ったが、すぐに逸らされる。私の視線に気づいた蒼君も顔をあげ、3人の背中を目で追った。
真ん中の女性が「さっきの人、新文部って言ってましたね」と言うのが聞こえ、私たちは顔を見合わせる。右の女性が「シッ」と人差し指を立て、左の女性が「もう」と肘で小突いてこちらを振り返った。私たちの視線に気づくと、バツが悪そうに頭を下げて足早に離れていく。
彼女らは周囲をキョロキョロと見回していたが、休む場所を探していたらしく、10メートルほど先の木の下で足を止めた。まっすぐこちらを見ようとはしないが、こちらを気にかけているのは間違いない。
「蒼君、声かけても大丈夫だと思う?」
「今近づいても逃げられそうな気がします」
「だよね。ちょっと様子見しよっか。もしかしたら向こうから声かけてくれるかもしれないし」
真ん中にいる小柄な女性は私と同年代くらい。さっき振り返った女性は60歳前後だろうか。もう1人は40代半ばというところ。全員、小綺麗だけれど地味な服装で、アイドルのライブに来たようには見えなかった。
「彼女たちは『新文部』を知ってるけど、もう到着してるってことはオフ会参加者じゃないってことよね」
「オフ会は現地合流だから、すでに着いてる人がいてもおかしくないです」
「あっ、そっか」
「でも、僕らが新文部の話をしてても声かけて来なかったってことは、あのオフ会メンバーじゃない可能性の方が高いと思います。新文部の中でもグループがあって、別の集まりなのかもしれませんよ」
「なるほどね」と私が口にしたとき、背後の木の裏側に人が足を止めた気配があった。
会話を中断して耳を澄ませると、男性2人の話し声が聞こえてくる。明らかに予言の野次馬で、『Japan突劇隊!』という動画配信者が予言現地中継をすると知ってここに来たらしかった。彼ら自身は予言目当てというより配信者目当てのようだ。
私は蒼君のTシャツの裾を引っ張り、小声で彼に話しかけた。
「ねえ、Japan突劇隊!って、この前Pitter投稿で見たやつだよね。ライブ当日に現地中継するって」
「ですね」
蒼君がスマホ画面を私の前にかざすと、そこに映っているのは『人気アイドル予言は本当にデマなのか!? 現場で聞いてみた!』というサムネイル。『Japan突劇隊!』のチャンネルは、待機中の視聴者が1000人を超えている。
「ライブ配信は12時くらいからみたいです。配信者はもう到着してるでしょうけど」
蒼君はそれらしい姿を探して周囲に視線を巡らせた。そして、彼が目を止めたのは配信者ではなく、さっきの女性3人組だ。ベージュのワンピースを着た年嵩の女性が、1人その場を離れていく。指さしている方角からして、どうやらトイレに向かったようだ。
「蒼君。ちょっと、お手洗い行ってくるね」
蒼君は何か言いたげな顔をしたけど、小さくうなずいただけだった。
女性が向かったのはスタジアム内のトイレではなく、スカイアリーナ前の広場から少し外れたところにある東屋横の化粧室だ。キッチンカーが横一列に並んでいるところの、食材や備品が置かれている裏手あたり。
化粧室には2、3人の行列ができていて、私は少し離れた場所でその女性が出てくるのを待った。
5分少々で姿を見せた彼女は、歩きスマホでチラチラと前方をうかがいながら来た道を戻ってくる。私に気づかず通り過ぎようとしたため、意を決して「あの」と声をかけた。スマホから視線をあげた彼女は、最初怪訝そうに眉を潜めたが、私が誰だかわかったらしく「アッ」と目を見開く。
「突然すいません、さっき私と連れが新文部について話してたのを気にされていたようなので、もしかしたら新文部の方かと思って」
遠目にはあまり目立たなかったが、口元や目元、首の皺を見る限り、想像していたよりも年齢が上かもしれない。60代後半くらいだろうか。白髪混じりのベリーショートに、品の良いパールのピアスが似合っている。
彼女は観察するようにじっと私を見ていたが、「あなたは、新文部に入ってるの?」と、低く落ち着いた声で聞いてきた。
「いえ、気になってるんですけど、今は招待を中止してるらしくて」
「そうみたいだけど、あなた、新文部に入りたいの?」
その口調は明らかに警戒しているが、自分は無関係だと突っぱねられることはなさそうだった。




