#44 Minの正体
本宮理久はリテラ・ノヴァをよく利用する読書好きで、予言にも少し興味があり、休日に〝彼氏〟に無理やり付き合ってもらってスカイアリーナに来た野次馬――という、あらかじめ蒼君と考えていた設定を、私は頭の中で復習した。
一番大事なのは、DRI職員だとバレないこと。
「えっと……、私、AI翻案が好きで自分でも生成するんですけど、Pitterで翻案抜粋を投稿するのが流行ってるみたいで、その投稿を追ってたらたまたま『新文部』のことを知ったんです。CommuLinkのコミュニティですよね?」
「翻案を生成するっていうのは、リテラ・ノヴァ?」
「そうです。カウンセリングを受けて長編を作りました。コモンズ・ギャラリーに載ってる他の人の翻案もたまに読んでます」
ふうん、と彼女は私の頭のてっぺんから足の先までを舐めるように観察した。そしてフイと視線を外したのは、連れのいる方を確認したようだ。
「戻らなきゃいけないから、歩きながらでもいいかしら。あなたの連れもあっちで待ってるんでしょう?」
「あ……、はい」
私がうなずくと、彼女は散策するようにゆっくりと歩き始める。
「小説が好きなの?」
「はい。AI文学だけでなく文芸誌も読んでます」
「へえ、そうなの。この時代に珍しいわね。でも、本当にAI文学に興味があってAI翻案を作ってるなら、新文部はおすすめしないわ。私と、さっき一緒にいた2人は元新文部なの。でも、春頃からちょっと雰囲気が変わって抜けたのよ」
「変わったって、どう変わったんですか?」
「あなたも知ってるでしょうけど、今はAI翻案といえば予言でしょう?
新文部の書き込みもほとんどそれよ。コミュニティ抜けたあとのことはわからないけど、たぶん、Pitterと変わらないわ。
以前は互いの翻案を読み合って感想を言い合ったりしてた。でも、翻案予言botっていうアカウントがPitterで『#AI翻案抜粋』ってタグをつけて投稿してるって話がコミュニティで話題になって、それから変になっちゃったのよ。みんな、予言になりそうな部分を探すのに夢中になっちゃって」
心の中では「やっぱり」と思いながら、「そうなんですね」と驚いたように振る舞う。騙しているという罪悪感で、少し胸が痛んだ。女性は私の嘘に気づきもせず、「実は、元司書なの」と話を続ける。
「10年くらいまで図書館で働いてたんだけど閉館で辞めないといけなくなって、今は本とはまったく関係ない仕事。本から離れて人生の目的を見失ったような気分だったんだけど、7年くらい前かな。リテラ・ノヴァがオープンして、AI翻案を生成するようになったの。それが楽しくて。
リテラ・ノヴァは去年のハヤト文体で有名になったけど、私はかなりの古参なのよ」
女性がちょっと得意げに口にしたのが胸に染みた。
私と同じくらいの時期にリテラ・ノヴァを知り、サイトオープンから7年にも渡って利用し続けてくれている。もしかしたら私は彼女の翻案を読んだことがあるかもしれないし、私の翻案を彼女が読んだこともあるかもしれない。そう考えると、なんだか気恥ずかしくもあった。
「理久さん」
元新文部ふたりが待っている木の下にたどり着く直前、蒼君が小走りに駆け寄ってきた。私たちの様子を見て、合流しても問題ないと判断したようだった。
司書の女性は「三野」と名乗り、私たちも本名を口にしたが、蒼君と私の関係は予定通り彼氏彼女。蒼君は私について来ただけで、特に小説にも予言にも興味のないフリをする。蒼君は表情の変化が乏しいから、演技の上手い下手はあまり関係なく、三野さんも他のふたりも疑う様子はなかった。
相田という女性は、私と年代が近いことに親近感を覚えたのか、もともと口が軽いタイプなのかずいぶん饒舌だ。
「新文部のメンバーがAI翻案抜粋をPitterに投稿し始めたのは、たぶん3月くらいだと思います。翻案予言botがコモンズ・ギャラリーの翻案抜粋を予言っていう形で投稿してるってことがコミュ内で広まって、最初はみんな『こんなふうにAI翻案を使うのはどうかと思う』っていう感じでした。それで、私たちは自分が気に入った場所を投稿しようって流れになったんです。翻案予言botの邪魔をするつもりで、あのアカウントが使ってた『AI翻案抜粋』っていうタグをつけてPitterに投稿しました。
おかしくなったのは、翻案予言botが新文部メンバーの投稿をリポストして予言して、それに『当たった』っていう反応があってからです」
「みなさんはAI翻案抜粋は投稿されなかったんですか?」
蒼君が尋ねると3人は気まずそうに顔を見合わせ、年長者の三野さんが口を開いた。
「私たちもPitterに投稿したわ。でも、翻案予言botの目に止まりたかったわけじゃない。自分が心を打たれた場所を共有したかっただけ。AIがこんな文章を書くんだってことを、みんなに知ってほしかっただけよ。あのタグをつけて投稿してたわけだから、同じ穴のムジナと言われても仕方ないんだけど」
「でもでもでも」と、相田さんが三野さんの言葉にかぶせるように続ける。
「翻案予言botって、余計なタグがついてるとリポストしないみたいなんです。『#ハヤト文体』とか、『#リテラ・ノヴァ』とか、『#AI翻案』っていうタグがついてる投稿もリポストしてるのは見たことがありません。
私たち、けっこう前からそれに気づいてて、あえて『#リテラ・ノヴァ』ってつけて投稿してたんです。翻案予言botは反応しなくてもいいって思って」
蒼君がチラと私の顔を見た。何か言いたそうだけど、今は〝予言に興味のない彼氏〟だから余計なことは喋らない。
「じゃあ、翻案予言botから反応はなかったんですね」
「はい。でもでも、三野さんの投稿したAI翻案抜粋が予言しちゃったんです!」
「え?」
意味がわからず私は首をかしげる。
「本宮さん、知らないですか?
見重の豪雨災害を当てたって話題になった翻案抜粋」
「ちょっと、相田さん」
三野さんが嗜めるように口にしたが、三野さん自身もまんざらではなさそうだ。私はそのことに違和感を覚えた。
「見重豪雨の予言のことなら知ってます。たしか、ミエとヒカルっていう登場人物が出てくる話ですよね」
「そうです、そうです。これこれ」
相田さんはブックマークしていたのか、すぐにその投稿を表示してスマホを見せる。
『岬に建つ生家はギシギシと音を立て、窓から見える海原は、まるで怒り狂ったミエのようだった。ヒカルは堪えきれず目を閉じる。
仄暗い瞼の裏で、すべての身体感覚が奪い去られるような恐怖を覚えた。充電切れのスマホは呼びかけに応じず、沈黙が彼を更なる孤独の渦へと追いやっていく。ヒカルの目からは堰を切ったように涙が溢れ出した。
上流の堤防はまだ持ちこたえているだろうか。すべて、時間の問題かもしれない。
#AI翻案抜粋 #リテラ・ノヴァ』
それは、糸井部長が見つけてきた最初の翻案予言。若干の懐かしさを覚えつつ読み返しながら、堤防が決壊しそうなのはむしろこの予言騒ぎではないかと内心苦笑した。
「本宮さん。私がさっき言ったこと、この投稿にぶら下げたリプを読んでもらったらわかると思うわ」
三野さんの皺の寄った指が相田さんのスマホの上でスッスッと動き、表示されたのはAI翻案抜粋投稿者『Min』本人(三野さん)が投稿したAI翻案への感想。
『すでに人とAIの境目は消え去って、そこにある文章が私の心を揺さぶる。私のためだけに書かれた小説だと強く感じる。ようやく私の理解者に出会えたという感動』
これを読めば、たしかに三野さんの言葉は嘘ではなさそうだ。
「三野さんは予言のつもりじゃなかったのに、予言にされてしまったってことですね?」
「されたっていうか、三野さんは予言しちゃったんですよ、きっと」
そう口にする相田さんの眼差しには、異様な熱がこもっている。
「みんなAI翻案が予言するって騒いでるけど、その予言の力ってAIの力じゃないと思うんです。だって、リテラ・ノヴァの長編はおよそ8万字あるでしょ。その中から数百字の文章を抜き出したのは三野さん。そこに、宇宙からのメッセージが宿ってたの。
140字のハヤト文体じゃ予言なんかできません。物語の世界に没入して、強く心を打たれた瞬間に〝降りて〟くるの。ね!」
相田さんは、三野さんともう1人の西さんという女性に同意を求めた。三野さんは苦笑しつつも否定することはなく、西さんは同意するように何度もうなずいている。
私はようやく理解した。この3人は、そういう集まりなのだ。
翻案予言botやPitter上の騒ぎに冷ややかな態度をとり、こうしてスカイアリーナまで来ておきながら、予言の野次馬たちと自分たちとは違うと主張し、自分こそ特別な存在だと信じる人たち。
図書館閉館で人生の目標を失ったと言っていた三野さんの心の隙間に、相田さんの無邪気な言葉がスルッと入り込んでしまったのかもしれない。「宇宙からのメッセージ」と憚ることなく口にする相田さん自身も、彼女の言葉を肯定する西さんも、どこか危うい。それは彼女たちだけでなく、このスカイアリーナに集まった全員に言えることなのかもしれない。




