#42 万博記念公園
2043年6月21日、日曜日――夏至。まさに、夏の始まりを告げるような青空の下、私と蒼君を乗せた園内ループバスは、万博記念公園駅前を出発した。
スカイアリーナライブ『Deeeeepサマー・エクスプロージョン!』の開演は15時。今は午前10時半前。開演は4時間半も先だというのに増便されたループバスは満員で、遊歩道を歩いて会場へと向かう人もかなりいる。
すべての人がスカイアリーナを目指しているわけではなく、スポーツウェアでジョギングする姿や、丘の上の日陰ではピクニックをしている家族、広場でゲートボールやバドミントンなどスポーツを楽しむ人々など様々だった。むしろ、そういった人たちのほうが風景に馴染んでいて、パステルカラーのファンシーな服装で闊歩するDeeeeep女子は、合成画像のような違和感がある。
「せっかくだし、歩けばよかったね」
バスに揺られて約5分。後部扉近くの窓辺で、私は囁くように蒼君に話しかけた。至近距離に彼の顔があるせいで、ずっと窓の外ばかりを見ていて首が変になりそうだ。
「歩いたら30分近くかかりますよ」
蒼君もぼそぼそと小さな声で返事をし、彼の息が耳をくすぐる。ラッシュアワーの満員電車ほどではないけれど、車体が揺れるたび、窓についた蒼君の右手の手首に筋が浮いた。
『海林アスレチック広場前、海林アスレチック広場前に止まります。お降りの方は足元にお気をつけください』
車内放送があり、バスがゆっくりと速度を落として停車すると、プシューという音のあと扉が開く。
「蒼君、降りて歩こうか。ここからならそんなに遠くないから」
「降ります」
蒼君は私ではなく周囲の人にアピールするように口にし、すると、後部扉への細い通路ができあがる。
地上に足をつけ、ふたり一緒に「ハァ」と息を吐き出した。徒歩で会場へと向かうDeeeeep女子4人がお喋りしながら目の前を通り過ぎ、私たちは数メートル間をあけて彼女たちの後を追った。
「予想通りですけど、人、多いですね」
「スカイアリーナ前で9時からグッズの先行販売があったみたい。限定品はもう売り切れちゃってると思うよ。それに、Deeeeepライブは15時開演だけど、開場は12時で、前座のステージは13時からだからこんなものじゃない?
どれくらいかわからないけど、予言信者もいるわけだし」
「警察が出動するような物々しい雰囲気にならなくて良かったです。Deeeeepが動画メッセージで解散を否定したのが良かったんでしょうね」
ハヤト君たち5人全員が出演したメッセージ動画は、私がSLNに訪問した翌日にDeeeeep公式サイトで公開された。本人たちの口からデマの否定とライブへの意気込みが伝えられたことで、ひとまずPitterトレンドから「解散」や「予言」という文字は消えたのだった。
しかし、Deeeeepファンと予言信者の衝突が目立たなくなった代わりに、デマを流した予言まとめサイト『Sheeeeep★Oracle』と予言投稿者『aiの予言』への批判がじわじわと増え、DRIにもポツポツとクレームが入り始めた。そして、それは予想もしない形でピタと収まった。
「予言騒ぎがこのくらいでおさまったのって、暴走ヒューマノイドの影響だよね」
私が話を振ると、「そうでしょうね」と蒼君は憂いを帯びた声音で口にする。
〝暴走ヒューマノイド〟というのは、『Life Robot 東都 2043』という、生活支援型ヒューマノイドロボットの展示会でヒューマノイドが暴走した事件のこと。暴走といっても人に怪我を負わせたり、暴れ回ったりしたわけではなく、来場者との対話中に、自分のところの社長の不倫話をしはじめたらしいのだ。
その社長というのが、メディアにコメンテーターとして出演したりもしている貝塚倫人。そのため、暴走と不倫のW不祥事として一気に拡散され、貝塚倫人はPitterに生息するAIアンチの標的となった。
昨日のPitterトレンドは『シンギュラリティ・ラボ』『暴走ヒューマノイド』『貝塚不倫人』。その結果、Pitter上で予言投稿が一層目立たなくなったというわけだ。
「あれって、内部の人がわざと暴露したのかな?」
「わざとなのは間違いないでしょうけど、内部犯じゃないかもしれません。シンギュラリティ・ラボだけじゃなく、展示会の主催者もサイバー攻撃の可能性に言及してますから。たぶん、ハッキングの痕跡が残ってたんだと思います。
シンギュラリティ・ラボを貶めたいライバル企業なんかの仕業かもしれませんね。暴露されて困るのは、不倫じゃなくてヒューマノイドの脆弱性の方だと思いますよ。不倫は否定したみたいだけど、株価は急落したようです」
「ねえ、それって外部からヒューマノイドを操れちゃうってこと?」
「技術のある人間が悪意をもってそういうことをしようとするなら、十分可能です。展示会みたいなオープンな場所では、特にセキュリティ上の脆弱性は高まりますから。
シンギュラリティ・ラボの公開情報を確認してみたんですけど、あのヒューマノイドにはLLMに外部のデータソースを組み合わせるRAGという手法が使われてました。おそらくこの外部データソース自体が乗っ取られたか、APIへの攻撃だと思います。警察も動いてるんじゃないかな」
「予言騒ぎから世間の目が逸れたのはいいけど、AI不信が増長されるのは困るよね」
同感です、と答えた蒼君は、なぜか妙な歩き方をしていた。何事かと思ったら、地面の上で揺れる梢の影を踏みながら歩いている。
私の視線に気づいた蒼君が、アッと恥ずかしそうに目をそらした。そう言えば、彼の目線は私の目の高さとそれほど変わらない。
「蒼君って身長何センチ?」
彼は面食らった表情で「172です」と答えた。
私より7センチ高く、匠真より9センチ小さい。身長181センチの匠真と電車で密着しても、目の前にあるのは肩だった。
「理久さん、並んで歩くのは背の高い男の方が良かったですか?」
「ううん。圧迫感がなくてちょうどいい」
蒼君は自分が誰と比べられたのか察したようだった。私は「さっき、バスの中で予言の話してる人いたね」と話題を変える。
「Deeeeepファンみたいでしたけど、ファンだから予言信者じゃないとも言えませんよね」
「確かにそうね。PitterではDeeeeepファンと予言信者が対立してるように見えるけど、そもそもPitterって対立を煽るようなアルゴリズムなんでしょ?」
「そういう面はあります。プラットフォームへのエンゲージメントを高めるには有効な手段ですから。SNS上では可視化されにくいけど、実際は声をあげない穏健派もかなりいると思います。穏健派というより、〝憂う傍観者〟と言ったほうがいいかもしれません。そういったネット上では大人しい人が、現実でも大人しいかどうかは別問題ですけど」
蒼君は「ですよね?」と、歩きながら私の顔をのぞき込んだ。林のトンネルを吹き抜ける風は、かすかに潮の匂いがする。海沿いの埋立地だから。
「蒼君が言いたいことはわかってる。手当たり次第声かけて回ったりはしないから安心して」
「別に心配してませんよ。せっかく砂川マネージャーが関係者パスを手配してくれるのに、問題を起こすようなことはしないでしょう?」
「そうね。私が不祥事を起こして予言的中させたら洒落にならないから」
もともと、スカイアリーナ周辺を見回って、新文部やAI翻案の会話が聞こえたら聞き耳を立てるくらいのつもりだった。関係者パスで会場内に入れることになったのは砂川さんの配慮だ。スカイアリーナに着き次第連絡し、適当な場所で落ち合ってパスを受け取ることになっている。
「あ、見えた」
林を抜けるとスカイアリーナの全貌が露わになった。周辺に集まった人の多さに、蒼君が「想像以上ですね」と感嘆の声を漏らす。
何台も連なるキッチンカーの前には列ができていた。左手に広がる第一駐車場には続々と車が乗り入れ、途切れることなく人が湧いてくる。その人混みに紛れるように、誘導員だけでなく、警備員の姿もあった。
意識してあたりを見回してみると、確認できただけで7,8人の警備員がいる。敷地全体でいったいどれほどの警備員が動員されているのか、想像もつかない。




