#41 天才のわがまま
天才は時に変人と呼ばれることがある。突発的な行動に悩まされるのは周りの人間。蒼君はそういう奇人変人の類とは思えないけれど、それは彼の上にいる合田部長のおかげなのかもしれない。
「さすが合田部長。話が早いですね」
悪びれる様子もない蒼君に、合田部長は苦笑いした。
「しかし、惣領。現場に行って何をしようってんだ?」
「新文部の人が来るなら、直接接触するチャンスです。翻案予言botが新文部とどんな関係なのか、それとも無関係なのか、それだけでも確認できたらと思って」
「DMでの接触は試みたのか?」
「CommuLinkはDM受け付けないのがデフォルトになってて、確認したけど全滅でした。それに、下手に接触してブロックされたら困ります。複アカ禁止で、アカウント作り直すには3ヶ月待たないといけません」
淀みない蒼君の回答に、合田部長は低く唸る。
「それで直接突撃するしかないってわけか。天才AIエンジニアとは思えない、ずいぶんアナログな戦法だな」
「翻案予言botがbotでないのは間違いありません。相手が人間なら、アナログな戦法も試してみる価値があります。
翻案予言botが、僕にはどうしてもこの件に無関係とは思えないんです。もし無関係なら、他人の予言をリポストなんかしないで、自分が注目を集められるような新しい予言を出しているはずです」
蒼君は昨日言っていた主張を繰り返した。だが、合田部長は「俺は考え過ぎだと思うがなぁ」と懐疑的だ。
「そうかもしれません。でも、翻案予言botであれ、他の誰かであれ、今回の件を仕組んだ人間がいるのなら、その人は現場に来るんじゃないかと思います。
さっき合田部長も言ったでしょう? 放火犯は現場に戻るって。
自分の言葉で踊らされる人々を見るのが楽しくてこんなことをしてるなら、スカイアリーナの様子をその目で直接見たいんじゃないでしょうか」
――踊らされる人々。
蒼君の言葉で頭に浮かんだのは、昨夜見たSLNビル周辺の光景だった。正面玄関前でうろつく人たち、路地で予言を噂するファン、取材中の記者、そして、偶然華泰堀を訪れたという作家・結城匠真。
昨日は火曜日、平日だ。当然ながら、彼は昨日も今日も西京大で仕事があるはずなのに、本当に堂坂に寄席を見るためだけに来たのだろうか?
もしかしたら、渦中のSLNの様子を見るために「現場」に来たのでは?
匠真がこの一連の予言騒動を仕組んだ犯人という可能性は?
匠真は、これまで公の場でもハヤト君を批判してきた。AI翻案やリテラ・ノヴァ、当然ながらハヤト文体も彼の攻撃対象だった。あの予言のように。
そして、ハヤト文体を模倣して偽のAI翻案抜粋文を作ることくらい、匠真なら造作なくできる。しかも、彼はCommuLinkのアカウントを持っている。
大学時代にCommuLinkに登録しておけばよかったと後悔した。匠真をフォローしていたら、新文学メンバーの中に彼がいるかどうか確認できたのに。
考えれば考えるほど不安が募る一方で、「まさか匠真が」という楽観的な考えが頭のど真ん中に居座っている。なぜなら、匠真はSNSにまったく興味がなかったから。
CommuLinkもほとんど放置していると言っていたし、Pitterには見向きもしなかった。それなのに、招待制コミュニティを利用して素性を隠すように偽翻案抜粋を投稿し、それを他人の手でPitterに投稿させるなんてできるだろうか。そもそもそんなことを考えつくだろうか。しかも、蒼君の手にかかってもほとんど手がかりが掴めないのだ。
「理久さん」
蒼君に呼ばれて我に返った。
「あ……、ごめん。ぼーっとしてた」
「大丈夫ですか? 昨日のSLN訪問、遅くまでかかったんですか?」
「そんなことないけど、えっと、何の話だっけ」
「僕がライブ当日に現場に行くってこと、一応、砂川マネージャーさんにも伝えておいた方がいいと思って。理久さんから連絡してもらっていいですか?」
「もちろんいいけど……、その日、私も一緒に行っていいかな?」
咄嗟に口にしたのは、匠真のことが頭にあったから。彼が現場に「いないこと」を、自分の目で直接確かめなければ気がすまなかった。
「おお、初デートか。惣領、上手くやれよ」
合田部長は、蒼君の肩を叩いてからかう。
「部長。何度も言いますけど、そういう発言はアウトです」
「まあまあ、惣領。俺だって相手を選んで言ってるさ。最近、どうも新田のからかいがいがなくてな」
部長の言葉にドキリとする。
「一希君、何かあったんですか?」
「特に何っていうわけでもない。むしろ、仕事は以前より黙々やってる感じではあるんだが、どうもノリが悪いっていうか。なあ、惣領」
「確かに、笑っててもカラ元気みたいな感じはありますね」
「西京大の共同研究の件、引きずってるわけじゃないよな。あれ以来、西京大の方は?」
蒼君が「問題ないと思います」と答えると、部長は急にニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「ってことは、プライベートか。本宮さん、新田と同期だったな。何か聞いてないか? 恋人ができたとか、逆にフラれたとか」
「何も聞いてないですけど」
合田部長はヒョイと身を乗り出し、ガラス越しに一希君のブースを見た。私と蒼君もつられて目をやると、かすかに見えていた一希君の頭が不自然に引っ込む。
「なあ、新田が本宮さんにフラれた……なんてことはないよな?」
合田部長が遠慮がちなニヤニヤ笑いで言い、蒼君が「からかう相手は選んでください」と言い放つ。私は苦笑するしかなかったけれど、さっき一希君がこっちを見ていたのは間違いなかった。
「じゃあ、まあ、冗談はこれくらいにして、現地に行くなら佐伯部長に事前に報告しておけよ。デートに行くわけじゃないならな」
「面倒なので、デートってことでいいんじゃないですか?」
「惣領。おまえはいいかもしれんが、それじゃあ本宮さんに休日手当が出んぞ」
蒼君は失念していたというようにアッと声を漏らしたが、私も言われるまで気づいていなかった。
「別に手当は期待してませんけど、何か問題が起きては困るので報告はしておきます。砂川マネージャーにもお伝えするわけですし」
「それがいい。善は急げだ。今報告してきたらどうだ?」
合田部長に促され、私は蒼君とふたりでエレベーターに乗り込んだ。
スムーズに許可が下りるよう、「プライベートだけど念のため報告しておく」というスタンスで話をしようと決め、おかげで佐伯部長からはすぐOKが出た。しかし、渋々といった表情だ。
「休日なんだから好きにすればいいけど、危険なことがないようにしなさい。本宮さんはたまに突っ走るから、惣領君がちゃんと止めてあげて」
佐伯部長の言葉は、過去の自分の行動を振り返れば仕方のないことだった。
蒼君が笑いを堪えるように「クッ」と声を漏らし、それに気づいた部長がおかしそうに微笑を浮かべる。こんなふうに、この2人はどこか似ていると感じる瞬間はこれまで何度もあった。倫理に厳しいところ、感情が読みづらいところ、その実、情に厚くて、リテラ・ノヴァやそこに関わる人たちを人一倍大切にしているところ。
そういう姿を見ているから、私も彼らと同じくらいリテラ・ノヴァの役に立ちたいと思うのだ。




