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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter9 サマー・エクスプロージョン!
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41/150

#40 オフ会

「17、18、19、20、21……。夏至まで今日含めてあと5日。大丈夫かなぁ」


 エレベーターでDRIオフィス8階に向かいながら、指を折って数えた。ため息のあと「あっ」と声が漏れたのは、またうっかりひとり言を口にしていたせいだ。続けて「ふわぁ」と欠伸が出る。


 5時起きで茶楠町を出て、そのあと電車でうつらうつらしながらマンションに一度帰り、軽く朝食を済ませていつもより少し遅めの出勤。10時を過ぎたばかりだというのに、すでにひと仕事終えたような気分だ。毎日5時半起きで旦那と息子のお弁当を作っている市原のことを改めて尊敬する。


 8階に到着してエレベーターを降りたところで、その市原とばったり出くわした。


「おはよ、理久。実家どうだった?」


「相変わらずの田舎。うちの祖父母は5時に畑に出かけたよ。一緒に起きちゃったから眠くて、市原を尊敬してるとこ」


「私もさすがに5時から畑仕事は無理だわ。あっ、それより、惣領君から伝言。理久のデスクにもメモ置いといたけど、出勤したら9階来てほしいって。たぶんDeeeeepの予言の件だと思う」


 話しながらキュレ部に入ると、誰の姿も見当たらない。櫻井さんはリモートの日だからいないのは当然として、


「糸井部長は?」


「佐伯部長のとこ。昨日、佐伯部長が基調講演したクリエイティブAIシンポジウムの話してるみたい。パネルディスカッション、けっこう荒れたらしいよ」


「やっぱり1970年代レトロ調アニメの件?」


「それもだけど、AI翻案予言の話も出たんだって。リテラ・ノヴァを責めてるわけじゃなくて、クリエイティブAIへの誤解が増長される状況は放置できないから、わかりやすい情報発信をしていこう――みたいな論調らしいけど。でも、それって昔からずっと言ってるよね。正しい理解を、わかりやすい情報提供をって。結局、いくらわかりやすく噛み砕いて発信したところで、受け取る側にその意思がないと伝わんないんだろうな。

 ――はい、じゃあ、理久はこれ受け取って9階に行ってらっしゃい」


 市原はデスクにあった付箋を剥がし、ペタと私の腕に貼り付けた。そこには『出勤したら9階来てください。惣領』と、右に傾いた特徴的な癖字で書かれている。


「惣領君っぽい字だね」


「そうかも。9階メンバーの筆跡ってなかなか見る機会ないから貴重」


「基本、PC画面のUDゴシックだからね」


「あっ、もしかしたら小説も直筆で書いたら売れるんじゃない? 人間が書きましたって感じがするし」


「理久、今どきAIアーティストでも直筆サイン書けるのよ。一時期、筆跡で性格診断するアプリが流行ったじゃない。あれの逆バージョンで、キャラの性格を設定すればそれっぽい筆跡で文章書いてくれるんだから。

 結局さ、多くの人はAIに人間性を求めてるってことだよね。まあ、AIアーティストやAIタレントに人間性を求めるのは当然といえば当然なんだけど」

 

 市原は「雑談終了」と私の背中を叩いて追い出した。


 スマホだけ持って9階に向かい、エレベーターを降りる。ガラス越しに一希君と目が合った気がしたけれど、彼は気づかなかったようにそのまま背を向けて自分のブースへと身を埋めた。かろうじて頭だけが見えている。


 最近、一希君の態度に妙な素っ気なさを感じることがあった。コモンズ・カフェで顔を合わせ、いつも通りの軽口を叩いても、以前のようにダラダラ喋ることなくさっさと切り上げて戻っていく。


 気にし過ぎかもしれないが、ふと頭を過ぎるのは、蒼君の才能を見せつけられた時の、暗く落ち込んだ彼の表情。

 

「おはよう、本宮さん。そこで話そうか」


 通路奥から声が聞こえて振り返ると、合田部長だった。彼はAI開発部の自動ドアをコツコツとノックし、それに気づいた蒼君がノートパソコンを抱えて出てくる。

 

 自動販売機前のテーブルに陣取り、蒼君が「解散予言に関する投稿を追ってたら、こんなのを見つけたんです」とモニターに表示して見せたのはPitter画面だった。


『スカイアリーナライブ当日朝から行く人いたらDMください。一緒に予言待ちしませんか。チケットなしの野次馬です』

『行けるかもです。現地合流Okですか?』

『予言信者キモ。邪魔だから来ないで』

『チケット外れたけど行こうかな。Deeeeepどうなるか気になるし』

『予言に踊らされてるバカを見物する会やったら行く人いる?』

『予言に踊らされてるバカを見物するバカを見物する会もやったらwww』

『Japan突劇隊が当日スカイアリーナ前でライブ配信するって言ってた』

『誰それ?』

『迷惑系配信者』


 ライブ当日の混乱が目に浮かぶようだった。この動きがさらに加熱すれば、警察が出動する事態にもなるかもしれない。むしろ、その方が安全ではと思えてくる。


「昨日、砂川さんが警備強化するような話をしてました。これ見てると、本当に予言信者とDeeeeepファンの間で衝突が起きそうですね」


「予言信者というか、騒ぎたいだけの野次馬だな。こいつらだけじゃなく、メディアも現場に行くだろうし、警備強化は必須だろう」


「新文部メンバーもスカイアリーナに行くみたいです」


 蒼君はそう言って、別のウィンドウでCommuLinkを開く。


「コミュニティ内のやりとりは見えませんが、コミュニティメンバーの投稿をチェックしたら、こんなやりとりが見つかりました。返信してるのも新文部のメンバーです」


『今週末は堂坂旅行です。初めてのオフ会。みんなに会えるの楽しみ〜。張り切って新しい服買っちゃいました(買った服の写真を添付)』

『土曜の飲み会は行けないけど、日曜は現地合流します』

『土曜の飲み会も日曜も参加予定です。よろしくお願いします』


 合田部長は老眼鏡をポケットから取り出し、蒼君の体を押しのけるようにして投稿を読んでいる。


「オフ会1日目が堂坂の飲み会で、2日目がスカイアリーナの予言待ちってところか」


「具体的な場所は書かれてないので、もしかしたら堂坂城をみんなで観光するのかもしれませんけどね」


「それなら平和なんだけどなあ」


「興味深いのは、コミュニティやその活動内容がわかるような書き込みを、他人に見える場所でしてないってことです。たぶん、世間を騒がせたのが自分たちだという自覚はあるんでしょう。もしバレたらコミュニティ自体が炎上しかねません」


「自分がポイ捨てした煙草で山火事になったら、たいていの人間は怖くて黙るだろうからな。それでもって、放火犯は現場に戻るのが常だ。みんなで行けば怖くない」


 ふたりの話もわからないではないが、私は腑に落ちなかった。


「私には、この人たちが罪の意識を持ってるようには見えないです。騒ぎに対して楽観的過ぎる感じがするし、本当にPitterの予言騒ぎとは無関係な人たちなんじゃないでしょうか。巻き込まれたくないから発言は慎重にしてるけど、コミュニティ内への書き込みが公になっても安全圏にいられるような」


「たしかにな」


 合田部長は腕組みをし、背もたれに体を預ける。そのガッシリした重みに耐えかねたように、椅子がギィッと悲鳴のような音を立てた。


 ふと、昨夜の匠真の姿が脳裏に蘇った。見上げるほどの、私との体格差。懐かしい香水の匂い。


「理久さん、どうかしました?」


 蒼君が私を見ていた。


「なんでもない。ただ、AI翻案コミュニティのオフ会がこんな形で開かれるのは、DRIの人間としてはちょっと複雑だなって思って」


「実際は予言コミュニティかもしれませんからね」


 私は頷いたが、DRIが把握しているリテラ・ノヴァ関連の非公式コミュニティの中で、予言がまったく話題になっていないところはなかった。特に、ハヤト文体メインで活動しているコミュニティは蜂の巣をつついたような騒ぎだ。


「合田部長。オフ会のことは砂川マネージャーにも伝えておいたほうがいいでしょうか? 彼らの言う現地がスカイアリーナかどうか確認できない状況ですけど」


「そうだな。伝えた上で、判断は向こうに委ねればいいだろう。警戒するに越したことはないし、向こうにも知っててもらったほうが柔軟に対応できるはずだ」


「部長」


 会話を遮るような蒼君の声は、いつもと同じようでいて、どこか固く強張っていた。意思のようなものがそこに宿り、合田部長もそれを感じたのか、うんざりした顔で「なんだ?」と問い返す。


「僕、当日現地に行ってみようと思います」


「ああ、絶対そう言うと思った」


 合田部長は、諦めたように大きく息を吐き出した。


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