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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter8 Deeeeep解散予言
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#38 ドキュメンタリーの価値

 私の言葉の意図は、説明するまでもなく砂川さんに伝わったようだった。


「SLNを揺さぶるために所属タレントの予言を、ということですね」


「はい。予言が外れればファンは安心するし世間もすぐ忘れるでしょうが、SLNさんはライブが終わるまで対応に追われることになります。今でも大変でしょう?」


「たしかにその通りです。本宮さんの推測が合っているとすれば、現状、この騒ぎを仕組んだ犯人の目論見通りというわけですか。

 しかし、それを言うならリテラ・ノヴァを狙った可能性もゼロじゃないんじゃないですか?

 あの偽の翻案抜粋文は、意図的にハヤト文体に似せて作られてるんですよね。そのせいでAI翻案やリテラ・ノヴァを批判する投稿もチラホラ見かけました。DRIさんに迷惑かけてるんじゃないかって、ハヤトがずっと気にしてたんです」


「迷惑だなんて。うちは全然大丈夫ですが……」


 今回ほとんどDRIへの影響がなかったため、リテラ・ノヴァがターゲットだという可能性を無意識に除外してしまっていた。時間に余裕があればこの場で蒼君の見解を聞いてもいいのだが、タブレットに表示された時刻は21時25分。

 

「DRIがターゲットかどうかという点については、社内で再度検証してみます。

 Sheeeeep★Oracleや、新文部、関係アカウントの調査も継続して行いますので、何かわかれば随時お知らせします。

 DRIとしては、今回の予言に言及した注意喚起を行う予定は今のところありません。騒ぎを煽ることにもなりかねませんので。他に、うちでできることがあれば遠慮なく言ってください」


 会話を締めるような言葉を口にしたからか、ふたりが壁の時計に目をやった。私はタブレットの電源を切って鞄にしまう。


「砂川さん。先ほどの資料はメールで送付しておきました」


「ありがとうございます。

 しかし、予言っていうのは厄介ですね。翻案予言botも、AI翻案抜粋の投稿も、内容だけ見れば罪に問えるような内容ではありません。もっとわかりやすい誹謗中傷なら情報開示請求できるんですが、予言は拡散されているうちに余計な尾ひれがついて、いったい誰を訴えたらいいのやら。

 後手に回ってる感はありますが、早いうちに解散はデマだと発信する予定です。ライブの警備強化も一応話に出ていたんですが、本宮さんの話を聞いて、警備体制の抜本的見直しも必要かもしれないと思えてきました」


「ネット上だけじゃなく、ライブ会場で直接何か仕掛けてくるかもしれないってことですか?」


 砂川さんの言葉でハヤト君は顔色を変える。


「いや。仕組んだ犯人が何かするっていうより、予言に踊らされてる信者が騒ぎを起こすかもしれないし、予言に怒ってるファンの子たちとの間に揉め事が起きないとも限らないだろう。そういう意味での警備強化だ。

 ただまあ、リスクマネジメント部の斉田さんにも言われたと思うけど、騒ぎがおさまるまでは出歩かないほうがいい」


 ハヤト君が「はい」と答えるのと同時にノックがあった。


「ハヤトさん、そろそろ出発時刻です。駐車場までお願いします」


 外から聞こえた声に「すぐ行く」と砂川さんが応じると、足音は慌ただしく遠ざかっていく。ハヤト君はポケットに突っ込んでいたキャップをかぶり、椅子から立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行きます。こんな時間にありがとうございました」


「今からまだ行くところがあるなんて、忙しいですね」


「Deeeeepのシェアハウスに帰るだけです。そのあと10時からみっちり2時間ライブの練習なんですけど、今日はドキュメンタリー用のカメラクルーが入ることになってて」


 Deeeeepのシェアハウスというのは、華泰堀に近い高層マンションの3フロアを貸し切ったDeeeeep5人の住居。もちろん正確な場所は明かされていないが、メンバー各自の自室の他、リビング、ダイニング、トレーニングルーム、練習用スタジオなどがあり、そこでの5人の生活はSLNが運営する動画サイト内で配信されている。


 シェアハウス内各所に設置されたAIカメラで自動撮影された動画と、人の手によって撮影された動画とを編集して構成するのだが、人気なのはやはり自動撮影されたタレントの「素」の姿だ。とはいえ、プライバシーにも配慮されており、AIカメラは決まった時間・場所で作動するようになっている。


 こういったドキュメンタリーチャンネルは、今の時代のアーティストには欠かせないものだった。


 AIが進出しているのは芸能界も例外ではなく、人間離れした歌唱力のAI歌手や、超絶技巧を見せつけるAIギタリストなどもサイバー空間には存在する。結局、人間のアーティストは技術とは別に「人間であること」をウリにすべきだという結論に、この業界が至ったということだ。


 俳優、芸人、アナウンサー、天気予報士までそういうドキュメンタリーチャンネルを持っているのがむしろ普通で、映画監督やアニメ監督、脚本家、演出家、振付師、アニメーターなど、クリエイティブに携わる様々な人が、自分を、そして作品を売るためにメイキング動画だけでなく日常動画も配信している。


 ドキュメンタリーコンテンツ市場は今まさに急成長中。それは出版業界にも影響をもたらしていた。


 作家は取材旅行や編集者との打ち合わせ風景などを動画配信プラットフォームに投稿し、副収入を得ている。著作の売上に結びつけられなくても、新たな才能を開花させて動画配信収入で稼いでいる作家もいるくらいだ。


 しかし、メディア出演を極端に嫌う匠真は、当然ながらそうういった配信とは無縁の人だった。砂川さんが「古いタイプの作家」と彼のことを評するのは、そういった部分も含まれていることだろう。


「一緒に降りましょうか」


 砂川さんに促され、私は一緒に部屋を出た。エレベーターに乗り込んで、ふたりがドキュメンタリー撮影について打ち合わせをするのを、聞こえないふりをしつつ耳を澄ませる。


 内容は予言騒動への動揺を顔に出さないようにという趣旨のものだったが、思いのほか細かな指示をしていて、大手芸能事務所はドキュメンタリーコンテンツにも相当力を入れているのだと実感せずにはいられなかった。ドキュメンタリーのクオリティーの差が、タレントの人気の差に繋がるとも言われているくらいだ。


 ふと、リテラ・ノヴァを作っている9階メンバーのドキュメンタリーコンテンツを配信したら――と頭を過った。が、すぐに却下した。文学コモンズのためのサイトが、ドキュメンタリーコンテンツの配信サイトになっては意味がない。リテラ・ノヴァを支える裏方は裏方に徹するべきで、主役は翻案小説なのだ。


 そういう意味で、匠真が頑なにメディアに出たがらない理由もわかっていた。彼は純粋に小説を小説として読んでもらいたいだけ。結城匠真を知りたければ、小説を通して知ればいい――そう考えているに違いない。


 1階でふたりと別れてSLNビルの裏通りに出ると、蛸のスプレーアートの前ではさっきと同じ男性2人組が歌っていた。20人近くが足を止めて聞き入っており、手拍子も起きている。


 その人垣の中に頭ひとつ飛び抜けた影が見え、心臓が跳ねた。


 もしかして匠真が待っていたのだろうか――そう思ったが、その影はストリートミュージシャンに興味を失ったように、すぐ雑踏に紛れて見えなくなった。

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