#37 ターゲット
砂川マネージャーがはっきりと予言文の意図を口にしたことで、ハヤト君の顔色がサッと変わった。ただでさえ自分を責めがちな彼をこれ以上追い詰めたくはなかったが、身の安全を考慮すると伝えないわけにはいかなかった。
「不安にさせてしまって申し訳ありません。ただ、この件を伝えておくかどうかで、SLNさんの対応も変わると思いますし、何かあってからでは遅いと思ってうちの見解を申し上げました」
「いえ、むしろDRIさんの方からこういった分析を提供していただけて良かったです。
Pitterや例の予言まとめサイトでは『Deeeeepとハヤトを狙った嫌がらせではないか』という意見が出ているようですが、社内ではDeeeeepを利用した『PV稼ぎ』だと思ってる者の方が多いんです。DRIさんは、もう少し深刻に受け止めているということですよね?」
まっすぐな砂川さんの眼差しは、私に率直な返答を求めている。
「今回の予言文がこれまでの予言と違うのは、最初に誰がネットに投稿したのかが巧妙に隠されていることです」
私は、『LINion』というアカウントが投稿で言及した〝某コミュ〟がSNS『CommuLink』の『新文学』だろうという推測と、そのコミュニティが招待制で現在内部が確認できない状況にあるということを説明した。
「コミュニティメンバーは確認できるのですが、CommuLink上にも、Pitter上にも、翻案抜粋文を書き込んだアカウントに言及する投稿はないんです。むしろ、CommuLink内の見える場所では『新文部』に関する投稿ややりとりも見当たりません」
「そのコミュニティ自体が怪しいということですか?」
「個人的には、コミュニティメンバー全員が怪しいとは考えていません。実は、少し前――」
私はその続きを話すことを一瞬躊躇ったが、下手に誤魔化すのも失礼かと考え、その名前を口にした。
「結城先生に、書架の小径で会ったんです。先月末くらいに、カフェに入ったらちょうど先生の文章講座が開かれていて、生徒さんとご一緒でした。その生徒さんが、AI翻案コミュニティで翻案予言が話題になっているという話を結城先生にしたらしいんです。
DRIでは、さっき話した『新文部』が、そのAI翻案コミュニティだろうと考えています。結城先生の講座に参加していたその生徒さんもコミュニティメンバーだと思うのですが、直接話した感じでは、普通の読書愛好家のようでした。
だから、コミュニティ自体が怪しいというより、メンバーの中に悪意ある何者かが紛れ込んでいるのではないかと思います。その悪意がどの程度のものなのかはわかりませんが」
「しかし、結城先生の講座に行くくらいなら、その生徒さんはハヤトを良く思っていない可能性もありますよね?」
砂川さんの指摘にドキリとした。たしかにその可能性は否定できないが――、
「それは、何とも言えません。あの時、その生徒さんは私がDRI職員だと知ると態度がそっけなくなったんですけど、それは結城先生の前だからそうしたように感じました。
結城先生は生徒さんがAI翻案の話題を出したことに不快感を抱いていたようですし、あの生徒さんが反AI派だというふうには思えません。むしろ、『新文部』のメンバーならAI文学に肯定的な方かと」
「理久さんの今の話を聞くと、余計に怖いですね」
ハヤト君は冗談めかすように言ったが、実際に恐怖を覚えたのだろう。さらに言葉を続ける。
「もし本当に誰かがAI翻案予言を利用して僕を貶めようとしてるとして、翻案抜粋をPitterに投稿した人や、予言文を投稿した人は無関係なのかどうかが微妙です。
予言文を投稿した『aiの予言』というアカウントは、きっとPV稼ぎだと思います。最初に『LINion』の投稿に気づいた予言アカウントが『aiの予言』だったというだけで、他にも複数のアカウントがDeeeeep解散予言をしてますから。
『LINion』についてはちょっと判断が難しいけど、この人けっこう日常投稿とかもしてるので、身バレの危険性が高いと思うんですよね。だから、意図的に誰かを貶めるために翻案抜粋を投稿したというより、純粋にただ疑問に思ったからPitterにあの翻案抜粋を載せた気がするんです。
だから、もし真犯人がいるのなら、その犯人に踊らされたか仕組まれたかして、コミュニティに書き込まれた翻案抜粋をPitterに投稿したんじゃないかって」
「私も、『aiの予言』と『LINion』は利用されたか巻き込まれただけなんじゃないかと思ってます。ただ、本当にこの一連の経緯に誰かの意図が介在しているのだとしたら、どうやって偽の翻案抜粋文を他人の手でPitterに投稿させたのかがわかりません。実は、直接『LINion』に接触しようとしたんですけど、アンチコメントがつき始めたからかDMもリプライも制限されていて」
砂川さんはコツコツとテーブルを指で鳴らし、考え込んでいた。
『新文部』内でどんなやりとりが行われたのかわかれば色々見えてくるはずだが、まだ何も起きてないため開示請求もしようがない。結局は、世間の動向を予測して対応策をとるしかないのだ。
「予言の内容に、心当たりはないんですよね?」
躊躇いつつ、私は口にした。砂川さんは「そうですねえ」と、言葉を探すように顎を指で揉む。
「人気者ほどアンチもいますから、アイドルに嫌がらせはつきものです。ライバル関係にあるアイドルグループのファンとか、業界内の足の引っ張り合いもそうです。
いずれにせよ、Deeeeepは解散しません。ハヤトも心当たりはない。だろう?」
砂川さんに話を振られ、ハヤト君は「たぶん」と自信なさげにうなずく。
「何もやってないつもりですけど、無自覚に何かやってるかも。リスクマネジメント部の質問には嘘なく答えたし、大丈夫だろうって言われたけど」
「なら心配する必要はない。他のメンバーも心当たりがないって言ってるし、報道関係者にも問い合わせたけどそれらしい情報は流れてない。まあ、それで社内ではこの問題を軽視してるわけなんですが……」
ふたりの話を聞いていて、ふと思いついたことがあった。
「あの、ターゲットはDeeeeepやハヤト君ではなく、SLNさんということは考えられませんか?」




