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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter8 Deeeeep解散予言
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#36 タレントと作家

 壁にかかった時計は午後8時55分。匠真と出会ったせいでハヤト君の時間を10分も無駄にしてしまった。


「遅れてしまってすいません。お忙しいのに」


「僕こそ、またわがまま言って呼びつけちゃって」


 言い訳する時間も惜しく、手土産を渡してそのまま本題に入ろうとしたが、砂川さんが話を蒸し返した。


「そう言えば、本宮さん。エレベーターの中で遅れた理由を言いかけてましたよね。何かあったんですか? 変な人に絡まれたりしたとか」


 その言葉にハヤト君が「えっ」と私を見る。結局、最初の話題は私が結城匠真と偶然出会ったという話になった。


「結城先生もこのあたりに遊びに来たりするんですねえ」


 砂川さんの声が少々尖っているのは、作家・平井颯人に批判的な匠真への嫌悪感からだろう。一方、批判されている本人は、匠真を嫌っているようには見えない。


「いつ頃だったかな。たしか、僕が芥河賞を受賞して間もない頃だと思うんですけど、結城先生とのテレビ対談が持ち上がったことがあるんです。結城先生の著作はよく読んでたし、ふたつ返事でオッケーしました。でも、結城先生が乗り気じゃなかったみたいで、結局流れたんですよね。

 そのあと、結城先生が僕のことをあまりよく思ってないって噂も聞いたし、最近ではAIを使った僕の執筆手法への批判をされてるコラムを読みました。クリエイティブへのAI利用については、人それぞれ考え方が違うから仕方ないのかなって思ってますけど」


 匠真の態度に比べると、ハヤト君の方がよっぽど大人だった。けれど、私はハヤト君の寛容な態度を手放しで称賛する気にはなれなかった。


 匠真が嫉妬しているのはハヤト君の作家としての才能というより、社会的立場、経済状況といった、クリエイティブとは別のところにある要素が根底にある気がしている。今の時代に柔軟に対応して、純文学作家の中では頭抜けた売上をあげているアイドルのことが、匠真は気に食わないのだ。


 大人げなく若手作家を批判する匠真は、たぶんタレント作家・平井颯人の何倍も書くことに必死だろう。書くことを取り上げられたら息もできないんじゃないかというくらいに。身勝手なことを言うならば、私は、ハヤト君にも大人げない態度で匠真と向き合って欲しかった。勝手に匠真のことを分かった気にならないで。


 でも、そんなことを口にするわけにはいかない。


「結城先生は気難しい人だから、ハヤト君が気を遣うことはないと思います。ハヤト君が最新技術やメディアを軽やかに利用して活躍してる姿を、もしかしたら羨んでいるのかもしれません」


「そうなんですね」という声は砂川さん。


「結城先生は古いタイプの作家で、メディア出演は一切断ってるって聞いたことがあります。雑誌なんかの対談は受けてるようですが、相手を選ぶみたいだし。でも、ハヤトを羨んでるっていうのは、さすがにないでしょう?

 結城先生もハヤトと同じ芥河賞作家ですし、文壇が評価してるのは結城先生です」


 砂川さんは「文壇」という言葉を皮肉めいた口調で口にした。


「芥河賞作家同士だから、余計に比べてしまうんだと思います。ハヤト君はこうして成功していますが、出版業界は、いくら芥河賞作家でも状況が良いとは言えませんから」


「――ああ、なるほど。そういうことですか」


 関西の商業都市・堂坂の中でも一層華やかな華泰堀で過ごし、人気タレントに囲まれて働いている砂川さんは、この時ようやく作家・結城匠真の経済状況に考えが至ったようだった。


「たしかに、タレントでも時代のニーズと合わないことをしていれば売れません。純文学というのは、演歌のようなものかもしれませんね。歌い継いでいくべきとは思うけれど、昭和・平成世代の名曲があるから存続しているだけで、新たな名曲は生まれづらい。

 ハヤトの本が売れてるのは、Deeeeepの人気あってのことだというのは本人も自覚しています。結局は、名前の売れてる人の本が売れるということなんでしょう。うちの所属タレントも高級な装丁のフォトエッセイ集なんかを出したりするんですが、電子以外の書籍販売ランキングを見ると上位はほとんどそういったタレント本です。これまでなんとなくそういうものだと思っていて、小説なんかは電子で買うんだろうと考えていましたが、作家の環境は想像以上に厳しいようですね」


 コツコツとノックがあって、若いスタッフがコーヒーの香りとともに入って来た。彼は紙コップの3つ乗ったトレーを差し入れて戻っていく。それを機に、私は鞄からタブレットを取り出した。


「あまり時間もないでしょうし、例の予言文について説明させていただいてもよろしいですか?」


「ああ、本題がおろそかになるところでした。よろしくお願いします」


 砂川さんは表情を引き締めたが、ハヤト君は「あの予言文はコモンズ・ギャラリーにはなかったんですよね?」と申し訳なさそうに私の顔をうかがう。


「リテラ・ノヴァとは無関係かもしれないのに……」


「たとえリテラ・ノヴァの生成物でなくても、このような形でAI翻案が利用されるのは不本意です。ですので、できる限りのことはさせてください。

 ハヤト君が言うようにDRIには予言文に該当するデータがありませんので、パーソナル翻案で非公開選択して著作権がユーザーに移ったという可能性があります。その場合、翻案データはDRIに残りませんから。

 しかし、うちのAIチームの見解によると、この予言文がパーソナライズ翻案の一部である可能性は低いということです。AI生成物である可能性はありますが、翻案であるかどうかにも強い疑問を抱いています」


 ハヤト君は眉をひそめ、砂川さんが「どういうことですか?」と身を乗り出した。私は蒼君が用意してくれた資料を開き、例の文体比較のレーダーチャートを表示する。そして、彼の話を思い出しながら状況を説明した。


「――つまり、これは意図的にハヤト文体を模倣して作られた可能性が高いということです。それに、長編の一部にしては、あまりに都合よく情報が詰め込まれています。人間が書いたにしろ、AIに書かせたにしろ、誰かが予言内容を先に決めて、それに合わせて文章を創作したのではないかと」


 説明を終える頃には、ふたりの表情に翳りが差していた。砂川さんは低く唸り声を漏らし、腕組みをする。


「それはつまり、この文章は最初からハヤトをターゲットにして書かれたものだということですね」


 まさに、彼の言う通りだった。

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