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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter8 Deeeeep解散予言
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#34 華泰堀

 JR新堂坂駅に到着したのは、午後7時半になろうという頃だった。


 ここは、情報と商業が交錯する関西一の結節点。比較的最近――2030年代の首都機能分散と同時に開発が進められた西京府の地下街『コネクト・アベニュー』とは違い、20世紀から増築を繰り返し、まるで巨大な迷路だ。


 私はイヤホンでナビを聞きながら、駅から続くショッピングエリア『D○Connectドゥー・コネクト』を足早に進んだ。


 途中で手土産を購入し、なんとか地下鉄駅にたどり着き、そこから2駅。心妻橋駅で降り、ごった返す地下街を抜けて地上に出ると、華やかな夜の街が目に飛び込んでくる。エンターテイメントの街、華泰堀だ。LED照明や巨大なデジタルサイネージの電光に彩られたビル群の合間に、まだ薄っすらと陽光を残した西空が見えていた。


 華泰堀の中心部は昼も夜もない。道行く人々は活気と躍動感とに溢れ、解放的で、どこか危うい。ここは希望と孤独とが混在する場所。


 その空気感にふとハヤト君のことを思い出し、それだけでなくなぜか匠真のことも連鎖するように脳裏に浮かぶ。そして、正反対に見えるふたりが根っこの部分で似ているように感じるのだ。


 私は今日も、華泰堀の風景をながめて平井颯人と結城匠真という、ふたりの芥河賞作家のことを考えていた。


 堀を挟んだ対岸の明かりは『好本通り』の提灯。あの辺りはお笑い芸人や落語家が活動するエリアで、華泰堀の中では唯一古き良き日本の面影を残す一角。


 匠真と初めてふたりで出かけたのは、好本通りの寄席だった。その時はまだ付き合ってもいなかったけれど、笑いやユーモアとは無縁のように見えた匠真が、寄席で声をあげて笑ったのが印象的だった。


 今になって思えば、「アナログ人間」を自称する匠真が人間的なエンターテイメントや伝統芸能に惹かれるのは当然のことだ。生身の人間が生み出すその場限りのエンターテイメント。そこに宿る魅力と緊張感。世間に溢れる過剰なほどの消耗品コンテンツとは一線を画した「存在意義」が、確かにそこには存在する。


 しかし、そういったタイプの「存在意義」を持つものは、今の時代にあっては概ね存続の危機に晒されていた。


 好本通りは一見賑わっているが、落語家人口は減少の一途をたどっている。お笑いも以前とは傾向が変わり、AI技術を駆使したコントがメディアでのメインコンテンツとなっていた。掛け合い漫才で最近人気なのが、ヒューマノイドと人間のお笑いコンビ『あうふへーべん』。日常生活でヒューマノイドと接する機会が増えてきたからか、そういったシチュエーションでの「あるあるネタ」がウケている。


『10メートル先を左です』


 イヤホンから聞こえたナビの声で、私は道の先に視線を戻した。ちょうど、ナビが言った辺りに『←ストリート・アート・ウォール』と路地へと誘う看板が立てられている。

 

 その看板を素通りした先に建つのがスターライト・ネクスト(SLN)ビル。大通りに面して設置された複数のサイネージではタレントの動画が流れ、通りすがりの観光客が芸能人の出入りを期待してウロウロしていた。


 砂川さんから聞いた話によると、建物自体はSLNの所有だが、フロアの半分は他の芸能関係企業に貸し出しているらしかった。SLN本社含め関連会社のほとんどがビルの上層階にあり、下層階にあるのは1階から3階までのタレント養成事務所と、4階のSLNホール。このイベントホールは200人ほどの収容人数しかなく、養成所の発表会や、メディア向けの会見場として使用されるということだった。


 何にせよ、正面から入るとその洗練された近未来的な空間に圧倒される。私が正面玄関から入ってSLNフロアに案内してもらったのは最初の訪問の時だけで、それ以降は裏口から出入りするようになった。


 この裏口こそが、生粋のファンが出待ちを狙う場所。ビルの裏手にある、グラフィティや壁画が描かれた『ストリート・アート・ウォール』という、一方通行の小道。そこに面して地下駐車場の出入り口があり、車で出てきたタレントが、ごくたまにファンサービスで窓を開けて手を振ってくれるという。


 裏口自体は地下駐車場出入り口の少し奥まったところにあり、主に業者やスタッフが使用している。タレントたちは地下出口から駐車場に出て、さらに専用地下道で近接するスタジオやライブ施設へ――というふうに、地上に出ることなく移動することもできるらしかった。


 そういった華泰堀の事情を知ったのは、スターライト・ネクストと関わるようになってから。公にしているわけではないらしいが、業界内だけでなくファンの間でも常識になっており、特に口止めされることはなかった。


 大通りから路地に曲がると、またすぐ『約30メートル先を右です。目的地まで約50メートルです』とナビの案内が聞こえた。目的地をストリート・アート・ウォールに設定していたが、これ以上は必要ないため、イヤホンを外してポケットに入れる。


 ビルとビルに挟まれた幅2メートルほどの路地は、犯罪防止のためライトアップされていた。巡回の警備員と、何箇所かにたむろする若い女の子たち。彼女らがスマートフォンを開いて確認しているのは、きっとお目当てのタレント情報。


 いつもと違うのは、記者風の男の姿があったことだ。私は声をかけられないよう、顔をうつむけて路地を進む。女子高生3人組の横を通り過ぎる際に「予言」と聞こえ、ポスターを眺めるふりをして足を止めた。


「予言のせいでザワザワしてるじゃん。きっと裏口は使わないよ。記者っぽい人もいるしさ」


「だよねー。あたしさっき声かけられたよ」


「マジ?」


「うん。予言についてどう思うか、だって。あんなの信じるわけないじゃんね。解散とかあり得ない」


「ホント、あの予言サイト腹立つ。

 知ってる? あのSheeeeep★Oracleってサイト、最初はDeeeeep★Oracleだったんだって。事務所からクレーム入って名前変えたらしいよ」


「聞いた聞いたー。名前だけじゃなくて、ハヤトの写真まで使ってたんだって。しかも、あのサイトやってるの、ファンクラブのプレミアム会員だって噂だよ」


「うわー。あり得ない。解散するならDeeeeepじゃなくてそのサイトでしょ。ファンのくせにあんなデマ流すなんて、マジ狂ってる」


「ほんと、消えてほしい。ハヤトがかわいそうだよ」


 サイト運営者の情報を彼女たちが知っていたことに、ネットの恐ろしさを感じた。幸いなのは、彼女らが予言を信じていないことと、ハヤト君に同情的なことだ。


 会話はまだ続いていたが、私はそっとその場を離れた。路地に設置されたサイネージの前に来た時、たまたま『Deeeeepサマー・エクスプロージョン!』の告知動画が流れ始める。チケットは完売しているが、スカイアリーナ周辺エリアでのグッズ販売を報せるものだ。


「すいません、Deeeeepファンの方ですか?」 


 うっかり足を止めたせいで記者が声をかけてきて、私は「食事に来ただけです」と早口に言って立ち去った。裏通りにはダイニングやジャズ喫茶、バーなどもあるため、記者は簡単に信じて別のターゲットを探し始めた。


 スマホを確認すると、時刻は午後8時半前。すっかり日は暮れて、路地の向こうに見える明かりは昼よりも華やかで艶やかだ。裏道沿い数十メートルに渡るストリート・アート・ウォールを照らすカラフルな光に目を奪われ、道を曲がってきた人にぶつかってよろめいた。


「すいません」


 私は条件反射で頭を下げる。鼻をかすめたのは、覚えのある香水の匂い。


「理久……?」


 顔を上げた瞬間、匂いと他の記憶とが結びついた。眼の前に立ちふさがった大男は、結城匠真。彼は驚いた様子で目を見開き、引きつった笑みを浮かべている。


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