#33 新文部
「本宮さん、新文部というのは?」
糸井部長が訝しげに首をかしげて私を見る。合田部長の顔をうかがうと、仕方ないから話せというように顎をクイと動かした。
「実は、例のAI翻案コミュニティを探すために、新しく作ったPitterアカウントでAI翻案抜粋を投稿したり、予言関連投稿にいいねつけたりしてたんです。コミュニティ側から招待してくれないかと思って――」
私が息を継いだ刹那に、蒼君がフォローするように「僕もです」と割って入る。
「騙して招待制コミュニティに潜入するようなやり方は佐伯部長が良い顔をしないだろうし、DRI職員だとバレたら問題が起きるかもしれないので、個人で調査しようって僕が言ったんです。合田部長にOKもらいました」
巻き込まれた合田部長はバツが悪そうに顎をさすっている。
「俺は、たまたまふたりがその話をしてるとこに居合わせて、プライベートでやるっていうから目をつぶったんです」
「それで、ふたりのうちどっちかが、その新文部に招待されたってことですか?」
糸井部長だけでなく、小山内さんもテーブルに身を乗り出している。けれど、私も蒼君も首を横に振るしかなかった。
「招待されるのを待ってたんですけど、残念ながら」
「僕も招待はされてません。でも、AI翻案抜粋を投稿してるアカウントの他の投稿を解析して、『CommuLink』っていうワードが時々使われてるのに気づいたんです。『新文部』っていう見慣れないワードを見つけたのもその時です」
CommuLinkは、一世代前に流行ったSNSプラットフォームだ。中高年の利用者が多く、アクティブユーザーは少ない。私の大学時代には同年代ユーザーもいくらかいて、匠真も「いちおう登録している」と言っていたけれど、積極的に運用しているふうでもなかった。
「それで」と蒼君は説明を続ける。
「CommuLinkに登録して新文部を探したら、まさにその名前のコミュニティがあったんです。今、モニターに映します」
蒼君はレーダーチャートを消して、少々時代遅れなデザインのCommuLinkを開く。今回の調査のために作ったアカウントだから、蒼君のホーム画面には何の投稿もない。彼はメニューからコミュニティを選択し、新文部を検索して表示した。コミュニティ紹介文には次のように書かれている。
『新文部はAIによる〝新しい文学〟を愛する読書家のためのコミュニティです。翻案を読み合って感想を言い合うのが基本活動です。たまにオフ会もやります。※現在は招待を中止しております。状況次第では招待再開もあり得ますが、今のところ未定です。』
「AIによる〝新しい文学〟か。まさにうちが掲げてる理念そのものだな」と、合田部長は何とも言えない複雑な表情を浮かべる。蒼君は全員が読み終えたのを確認し、説明を続けた。
「未加入状態で確認できるのは、ここにあるコニュニティ紹介文の他に、所属メンバーです。一番上に表示されてる『泉狂歌』というアカウントがコミュニティ運営者。
おそらく、解散予言の元になった翻案抜粋文がここに書き込まれてるはずで、Pitterに投稿した『LINion』というアカウントは、たぶんこの『恩田凛』じゃないかと思います。名前も似てるけど、投稿内容の一部がPitterとCommuLinkでかぶっていました」
「コミュニティの中が見れないのが残念ですね」と小山内さん。
「見ようと思えば見れないこともないんですが」
蒼君がヒヤリとするようなことを言い、合田部長は呆れたような、それでいて感心したような、何とも言えない表情で首を振った。それを見ていた蒼君が「冗談ですよ」と、親しい人にだけわかるようなわずかな笑みを浮かべる。
「惣領さんの冗談、わかりにくいですよ」
小山内さんが真面目な顔で言い、合田部長がプッと吹き出して空気が和んだ、その時だった。テーブルに置いていた私のスマホに、砂川マネージャーからの着信があった。電話を受けると「もうご存知ですよね?」と少々疲れの滲んだ声が聞こえてくる。
「Pitterで拡散してる予言の件ですよね。今ちょうど予言元になった投稿文について惣領が解析しているところで、DRIとしての見解をまとめて、必要であれば直接そっちにうかがって報告させていただこうと考えていたところです。ひとまずわかっているのは、あの翻案抜粋文はコモンズ・ギャラリーには該当するものがないということです」
「そうですか。予言騒ぎへの対応はSLN内で進めているんですが、ハヤトが本宮さんと直接話がしたいみたいで、ご迷惑でなければ、うちに来てもらえるとありがたいです。こちらからDRIさんの方に出向いて行ける状況ではなくて」
時間はハヤト君の都合に合わせることにし、彼が事務所にいる今夜8時45分から9時30分の間に訪問することになった。電話はほんの3分ほどで終了したが、通話を聞いていた蒼君が私にじっと視線を向けた。
「理久さん、大丈夫ですか?
メディア関係者が事務所のまわりをウロついてるかもしれないし、そうでなくても夜の華泰堀を女性が一人で歩くのは危ないです」
スターライト・ネクストのビルがある、堂坂府の中心地『華泰堀』。高層ビル群がそびえ立ち、夜になるとLED照明や巨大なデジタルサイネージが街を鮮やかに彩る、活気と躍動感に満ちたエンターテイメント産業の集積エリアであり、関西最大の繁華街だ。
「平気よ。深夜ってわけでもないし、SLNのビルは大通りに面してるから」
「本宮さん、私も同行しようか?」
糸井部長も、蒼君に負けず劣らず心配性だ。だからこそ、AI翻案コミュニティを〝釣る〟作戦も内緒にしていた。
「糸井部長はお子さんがまだ小さいんですから、早く帰ってあげてください。みなさん、心配しすぎです。あの付近は監視カメラが異常に多いし、犯罪は滅多に起きないんです。警備員もあちこちにいますから」
「僕、一緒に行きましょうか? 邪魔なら外で待ってますから」
「やっぱり二人は付き合ってるんじゃないのか?」
なかなか引かない蒼君に反応したのは合田部長。糸井部長と小山内さんが驚いた様子で私と蒼君とを見比べている。
「違いますよ」
「そうです。合田部長は前もそんなこと言ってましたけど、そうやって若者をからかうのはハラスメントだって言いましたよね。女性が夜に一人で華泰堀に行くのを心配してるだけです」
「惣領。おまえは佐伯部長が一人で華泰堀に行くと言ったら、ついて行くのか? 今も一人で東都に行ってるぞ。東都は中心地を外れるとかなり治安の悪い場所もあるし、犯罪発生率は東都のほうが高い」
蒼君は珍しく言い負かされて、それでも何か言おうと口を開いたが、結局「気をつけてください」と不満げに口にした。合田部長はニヤニヤと笑い、糸井部長は苦笑している。私はなんだか蒼君に申し訳ない気分になって話題を変えた。
「せっかくなので、今夜は実家に帰ろうと思います。堂西線沿線で、堂坂から西京に戻る途中だし、最近、祖父母の顔を見に帰ってなかったから」
咄嗟の思いつきで口にしたことだったけれど、いざ実家に帰ると決めると、今朝からの解散予言でかき乱されていた気持ちが少し和らいだ。




