#32 予言の文体
Deeeeeepのライブが開催されるスカイアリーナは、堂坂府の中心部から少し離れた海沿いの埋立地『万博記念公園』の一角にある。スカイアリーナ周辺は人工の小規模な丘や自然林が点在し、都市の喧騒から離れた開放感があるエリアだ。
平日でも公園散策目当てで訪れる人は少なくなく、土日祝日にはたいていイベントが開催されるため多くの人で賑わっている。なにより、スカイアリーナはスタジアム型の野外イベント会場で音が外へ漏れるため、会場外でもいいからライブの雰囲気だけでも味わいたいという人が一定数集まるのだ。
そういった音漏れ参戦と呼ばれる行為は一般的にマナー違反と言われるが、万博記念公園内にあるスカイアリーナではそういった人たち相手にグッズやフードを販売し、音漏れ参戦はほぼ公認となっている。これは、スカイアリーナが広大な埋立地の中の万博記念公園の一角にあり、近隣住民に迷惑をかける心配がないからだ。
国民的人気アイドルDeeeeepのライブとなれば必然的に集客も増え、さらに解散予言騒動の最中であればどんな騒ぎになるか。砂川マネージャーは相当頭を痛めているだろう。
「小山内さんは、Deeeeepのライブ行く予定なの?」
心配になって問うと、彼女はぐいっとテーブルに身を乗り出した。が、返ってきたのは「行けないんです〜」という嘆き。
「気合いれて抽選に応募したけどダメでした。結局、その日に法事が入ったから諦めがついたんですけど、そうじゃなかったら万博記念公園に行って雰囲気だけでも楽しむつもりだったのに。
でも、ちょっと怖いですよね。ファンだけじゃなく、予言信者や冷やかしの人も来そうで心配です」
合田部長と糸井部長が「騒ぎが収まればいいんですがねえ」「本当に」と悩ましげに言い合っている横で、私は自分のタブレットでリテラ・ノヴァ公式Pitterを開き、注意喚起を促すポストを投稿した。『#AI翻案』とつけたからインプレッション数はそこそこ伸びるが、リポストや〝いいね〟はほとんどつかない。
蒼君の解析はどうなっているのだろうと壁掛けモニターを見たとき、「アッ」と彼の声がした。画面の右下に『Pitter:翻案予言botがリポストしました』という通知メッセージが表れ、すぐに消える。
全員が注視する中で蒼君はPitter画面を操作し、翻案予言botのタイムラインを映した。
「『aiの予言』の預言投稿をリポストしたのか」と、合田部長が意外そうに口にし、「らしくないですよね」と蒼君が続ける。
「今回の解散予言は騒ぎがかなり大きくなってるので、保身に走って無視すると思ってました。自己顕示欲が強く出るなら、予言元の翻案抜粋文を独自に解釈して、別の予言を投稿するかもしれない――とも考えてたんですが。まさか、他人の予言文をそのままリポストするとは予想外です」
「独自解釈したところで、Deeeeep解散以上に話題性のある予言なんて、なかなか思いつかないだろう」
AIチームふたりの会話を聞いていた糸井部長が、「あの」と遠慮がちに割って入った。
「何の根拠もないんですが、このAI翻案抜粋文を〝某コミュ〟に書き込んだのが翻案予言botっていうことはないでしょうか?
〝某コミュ〟は、例のAI翻案コミュニティの可能性が高いし、翻案予言botなら招待されててもおかしくないですよね」
「僕も似たようなことを考えました」
蒼君から反応があり、糸井部長の表情がパッと明るくなった。しかし、蒼君の話は部長の期待とは別の方向へと進んでいく。
「でも、翻案予言botのPitter投稿にそれっぽいリプライはひとつもついてないんです。AI翻案コミュニティがあるのがPitterじゃないなら、別の名前で登録している可能性はありますが、翻案予言botを招待した誰かはそのアカウントの正体を知ってるわけです。匂わせ投稿ひとつくらいあってもいいと思うんですけど」
「たしかにね。じゃあ、惣領君としては、翻案予言botはこの予言と無関係だと考えてる?」
「無関係の可能性が高いとは思いますが、翻案予言botはこうして初めて他人の『予言』をリポストしました。この行動はスルーすべきではないと思います。漆黒の夜の予言と、Deeeeep解散予言には共通点がありますから」
「ハヤト君ですよね」と小山内さんが勢い込んで即答する。
「そうです。漆黒の夜と呼ばれている、『七月、大都市で大停電が起きる』という予言の元になったAI翻案抜粋の投稿には、『#闇ハヤト文体』というタグが使われていました。今回のDeeeeep解散予言は、グループの中でも平井先生がクローズアップされた内容です」
「私も思ったこと言っていいですか?」
予言がハヤト君に関わることだから、今日の小山内さんはかなり積極的だ。
「漆黒の夜の予言は未だに広がり続けてますけど、トレンドにも乗らなかったし、爆発的な反応はありませんでしたよね。それ、翻案予言botにとっても期待外れだったんじゃないかって思うんです。
もしそうなら、望んだ反応を得るためにもっと話題性のある予言をしてみようと考えてもおかしくないんじゃないでしょうか。Deeeeep解散予言みたいな」
「こらこら、みんな妄想が過ぎるぞ。まったく、惣領までが」
糸井部長と小山内さんは顔を見合わせ、蒼君はPCモニターに視線を向けたまま「すいません」と小さく肩をすくめた。表情はとても反省しているようには見えない。
「合田部長。他にも違和感があります」
蒼君は淡々と話を続け、合田部長は呆れたような表情をしつつも「なんだ」と先を促した。
「この予言元のAI翻案抜粋、本当にAIで生成したと思いますか?
Deepを表す『深い』、ハヤトを想像させる『疾風』、それに5人グループを連想させる『五色の虹』。Deeeeepと平井先生を狙い撃ちにするような、あまりに都合のいい文章です」
「それは俺も思っていた。その点において、これまでの翻案予言botが予言のために選んできたAI翻案抜粋とは傾向が違うんだ。曖昧さがない。だから、俺は翻案予言botがこの予言元の文章と関係しているようには思えない」
糸井部長は納得した様子でうなずいているが、蒼君は考えをまとめるようにじっとモニターを見つめている。小山内さんは壁掛けモニターに表示された予言元の文章を、ブツブツと小さな声で読み上げた。
「ここ数年で最も暑かったその夏のはじまりに、深く沈んだ疾風は散り散りになって消滅したのだった。かつて空を覆った五色の虹は姿をくらまし、人々は地を掘り返し探したが、見つかる欠片はどれも虹とは言い難い、手垢のついたガラクタばかり。
――この文章、いかにもハヤト文体っぽい詩的な比喩を使った文章ですよね」
「そこが怪しいんです」
そう言って蒼君が全画面表示にして映したのは、ふたつのレーダーチャートだった。
「左のチャートは通常用いている文体解析モデルによるもので、青線がハヤト文体の平均、赤線がDeeeeep解散予言の元になった文章の解析結果です。ほぼ重なり合ってますよね」
マウスポインタがチャートをなぞる。解析項目は一文の長さ、各品詞の使用頻度、感情の強さなど20以上。
「次に、右に表示してあるチャートは特定の文体との一致率を表すもので、ここに書いてあるように、これはハヤト文体平均値とさっきの文章の一致率を計算したものです。構文や表現、語彙選択パターンに加え、ハヤト文体もこの文章も短文のため、『140字文脈維持』というマイクロノベル専用項目も追加しています」
「ほぼ100%一致してるな」
合田部長が唸った。チャートのオレンジ色の線はほぼ外周に沿っている。つまり、解析モデルは今回の予言元となった文章をハヤト文体と判断したということだ。
「そうなんです。次に、これに別のチャートを重ねます。今表示した緑の線のチャートは、僕がコモンズ・ギャラリーの長編翻案から予言元になりそうな部分をランダムに100ほど抜粋し、それを先ほどの文体解析システムで解析して平均値を出し、それをハヤト文体と比較した結果なんですが――」
蒼君が示したふたつのチャートには明らかな違いがあった。一文の長さや、句読点間隔といった項目はほぼ100%一致しているが、他の項目はかなり歪な線を描いている。
「ハヤト文体の特徴は、基本的にマイクロノベルの特徴も兼ね備えています。140字という短い文章の中に情報が詰め込まれるため、長編の中の一部分を切り取ったものより、どうしても名詞頻出率が高くなるんです。
それから、興味深いのは感情表現に関する解析項目です。予言元として僕が抽出した文章は、事件または事故が起きるような箇所を優先的に抽出していますから、必然的に動揺や困惑、怒り、悲しみといった大きな感情変化の描写をともなうことが多い。これは、僕の意図とは無関係にPitterユーザーが投稿したAI翻案抜粋文の解析でも概ね似たような傾向を示しました。
一方で、意外かもしれませんが、ハヤト文体はあまり感情を表す語彙が使われていないんです」
私は記憶しているハヤト文体のマイクロノベルを思い返し、納得した。今回の予言元になった文章もそうだが、状況を描写しているだけで誰の感情もそこには描かれていない。
「短歌や俳句みたいなものね。感情を直接描くのではなく、情景を描く」
「あ、そうですね」と、小山内さんがパチンと手を合わせた。合田部長は腕組みして壁のモニターを睨みつける。
「つまり、この文章は長編から抜き出したものである可能性は低いということか」
「そうです。これはむしろPitterの文字数上限を考慮して意図的に作られた文章のように思います。
AI生成か、人の手によるハヤト文体模倣かはこの際関係ありません。翻案ではなく、何かしらの意図を持って作られた文章だということです」
「AI翻案を騙った茶番ってことか。まあ、予言騒ぎ全部茶番みたいなもんだが、この予言が出るまでの経緯がどうにも怪しい。あえて、誰が発信元なのかわからないよう細工しているとしか思えない」
合田部長の言葉に一同うなずきあった。
『LINion』という予言元の翻案抜粋を投稿したアカウントは〝某コミュ〟の所属メンバーで間違いなく、コミュニティメンバーと思われる複数のアカウントからリプライがついている。しかし、どれも予言内容に関するものばかりで、LINionが他人の翻案をPitterに投稿したことを非難したり、たしなめたりする者はいない。
「ねえ、蒼君。新文部って、所属メンバーそんなに多くなかったよね?」
そう尋ねたあと、私は蒼君と合田部長の表情を見て失言したと気づいた。




