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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter5 凡才
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#20 フライドチキン

 蒼君は「どうぞ」とコンビニの紙袋をハヤト君の前のテーブルに置き、「AIチームの惣領です」と頭を下げる。フライドチキンのような香ばしい匂いがした。


「文脈も理解せずに余計なことを言ったかもしれませんけど、ひとつひとつの言葉に軽いも重いもありません。あるのは、言葉に対する意味づけの重い軽いだと思います。そしてそれは、言葉を受け取る人それぞれで違います」


 立ったままの蒼君を3人が見上げるという状態のまま、妙な沈黙が流れた。口を挟んできた本人は、居心地悪そうにペコッと頭を下げる。


「じゃあ、僕はこれで。お邪魔しました」


 背を向けた蒼君に「待ってください」と声をかけたのはハヤト君。


「あの、せっかくなので惣領さんも一緒に食べられませんか? 今の話、もう少し聞きたいんですけど」


 私の顔をうかがう蒼君に、隣のスツールを指差す。彼はコーヒーベンダーの抽出ボタンを押してから腰掛け、「チキン食べてください」と勧めると、自分用の紙袋からハンバーガーを出してかぶりついた。そのマイペースな態度は人に寄っては反感を買いそうだが、ハヤト君が評した通り堂々としていて自然体で、見ている方は毒気を抜かれる。


「それで、僕は何を話したらいいですか?」


「あ、えっと。リテラ・ノヴァのシステムを作ってる方が、どんな考えを持ってるのか知りたいです。惣領さんは、翻案についてどう捉えているんですか?

 AI翻案に対しては、先人の言葉を盗んだとか、切り貼りしたものだという批判がありますよね」


 蒼君は考える時間を稼ぐように口をモグモグと動かしていた。コーヒーの抽出完了を報せるピーッという音が鳴ると、手を伸ばして紙コップを取り、口の中のものをアイスコーヒーで流し込む。


「『切り貼り』というのは、ある意味では間違いではありません。大規模言語モデル(LLM)は意味単位で言葉を把握しています。文節単位と言い換えてもいい。それくらい言語をバラバラにして、与えられた指示に基づいて再構成します。AIにそれをさせるなと言われたら、AIを利用できるのはかなり限られた人間になります。大勢の人が日常に使ってるパーソナルAIや、各所に設置されてる音声案内も自然言語で話すなってことです。

 今のは極端な例えでしたけど、AI翻案だけでなく、AIによる自然言語での出力において考えるべきなのは、『切り貼り』よりも『盗み』のほうでしょう。

 これについては、僕は『盗む』ではなく、『学ぶ』という意味での『模倣』だと考えています。バラバラにした言葉を、どう並び替えるかというルール。つまりは文体を学ぶのに使われる学習データが、クリアなものかどうか。システム開発の人間としては、そこが一番重要だと思ってます。

 実際には、AI黎明期のAIテック企業による無許可学習によってLLMが急速に進化したという事実もあり、完全にクリアな大規模言語モデルは存在しないんですが、そんなAI無法時代はとっくに終了しました」


 ハヤト君を相手に話す蒼君は、普段DRIで見る彼の姿とは違っていた。丁寧な言葉遣いは、芥河賞作家であり翻案契約作家に対する敬意もあるかもしれないが、むしろ生徒相手に話す先生のような印象だ。ハヤト君は惹き込まれるように聞き入っている。私も、天才エンジニア・惣領蒼のミニ講座に参加している気分だ。


「じゃあ、『模倣』に対する批判についてはどうですか?

 小説なんかの文体模倣は、だいたいが習作として発表されたものだったり、オマージュだと受け止められます。でも、今問題になってるアニメ業界やイラストなんかの画風模倣は、常に訴訟やなんかの問題が起きてますよね?」


「それは、生成物が『猿真似』レベルだからじゃないでしょうか。基本的に、人が何かを学習しようとすると真似から始めますよね。でも、他人のものを真似するだけのものは『猿真似』。クリエイティブ分野では、多くのものを真似て取り入れ、自分なりの文体なり画風なりを見つけ出さないと一流とは言えません。平井先生の文体も、きっとそういうものでしょう?」


「惣領さんの仕事も、真似からですか?」


「まあ、そうです。小説や絵や映像なんかと違ってクリエイティブな仕事には見えないかもしれませんけど、AI技術者がリテラ・ノヴァを創り出したって言ったら、理解してもらえます?」


「あっ、そっか。そうですね」


「僕はリテラ・ノヴァの初期設計には関わっていないけど、当時の技術が、先人たちの生み出した技術に支えられていたのは確かです。ものを生み出す側が権利ばかり主張して成果物を囲い込んでたら、その恩恵を受けられるのは限られた人間だけになる。

 例えば、平井先生が手に持ってるフライドチキン。世界で最初に油で鶏肉を揚げてフライドチキンを作った人が、これは俺のやり方だから同じやり方をするなら金払えって主張したら、フライドチキンはこんなに美味くなってなかったと思います。まあ、そんな権利を主張されてもみんな無視するでしょうけど」


 流暢に話しながらも、蒼君はいつの間にかハンバーガーを食べ終えていた。テーブルに置かれたタブレットの時計を見て、ハヤト君に視線を戻す。


「こんな話で役にたちました?」


「あ、はい。ありがとうございます。なんか、ちょっと気持ちが楽になりました。すいません、引き止めちゃって」


 蒼君は立ち上がると、「じゃあ」とカフェを出ていった。嵐が去ったような気分で後ろ姿を見送っていると、ハヤト君が「ハァ」と胸いっぱいの表情で吐息を漏らす。


「惣領と話してどうでした?」


「なんか、フライドチキンの話が目から鱗でした。それに、AI技術者の人って著作物を学習データとしか見てないんじゃないかって、勝手に思ってたんですけど、それも違う感じがしたし」


「惣領は著作物を軽んじたりしません。先人たちに敬意を払いつつも、いいものはみんなで共有したいって考えなんだと思います。このフライドチキンみたいに」


 私は、チキンを食べ尽くして空になった紙袋を指差す。すると、ハヤト君がクスッと笑った。


「これ、みんなで共有したかったわけじゃなくて、理久さんにあげたかったんだと思いますよ。僕とマネージャーはおまけ。惣領さんって、理久さんの恋人じゃないんですか?」


「恋人? まさか、違いますよ」


 否定しても、ハヤト君は疑わしげな眼差しで首をかしげる。


「理久さん休日だっていうから、仕事中の恋人に会いにきたのかと思いました」


「あっ、それは」


 ここに来た経緯を話そうとしたが、「『Grimoire』に来たついでに」と誤魔化した。


 せっかく蒼君のおかげでハヤト君の表情が明るくなったのに、誌面で堂々とハヤト君の批判をしている匠真の名前を出す気にはならなかったのだ。


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