#21 Deeeeeep★Oracle
翻案予言botがリポストした、コモンズ・ギャラリー掲載の長編翻案『青春レイルロードは終わらない』からの抜粋文。
『それは五月も終わろうとしている頃だった。僕の目の前で、目指すべき道は慈悲なく崩壊してしまったのだ。敷かれたレールの脆さに愕然としながら、転がり落ちた海で次々と打ち寄せる波に揺られている。 #AI翻案抜粋』
これを元にした翻案予言botの予言は『5月末に海岸沿いで脱線事故』というものだったが、6月に入ってすぐ『列車事故予言的中』がPitterトレンドに載った。
バズったのは翻案予言botの予言文を引用リポストする形で投稿した、写真付きの「当たりました」投稿だ。6月1日、事後報告的にこの投稿をしたのは列車の乗客で、「#リテラ・ノヴァ」「#AI翻案」の他に、「#ハヤト文体」のタグがつけられたことで反響が大きくなったと考えられる。
実際は脱線事故を起こしたわけではなく、『海岸沿いの線路』で、『列車が』飛び出した野生の鹿にぶつかり、緊急停車したらしい。投稿された写真に写っているのは、鹿をひきずる作業員、列車の車体の一部、背景にわずかな海。列車はその後30分遅れで運行再開し、大きな影響は出ていない。
予想できたことだが、投稿から派生した「当たった」「当たってない」論争が繰り広げられ、それは脇道にそれてハヤト文体信者への揶揄、AI翻案への批判へとすり替わっていく。
一夜明けて、6月2日火曜日。
昨日出張でいなかった佐伯部長にこの予言騒ぎについて報告するため、私は糸井部長と一緒に8階最奥にある倫理法務部門に向かっていた。カウンセリング・サポート部のガラス壁越しに、小山内さんが席を立ったのが見える。彼女はタブレット画面に目をやったまま、ちょうど私たちがその前を通るタイミングで扉を開けた。
「あっ、すいません。ボーっとしてて」
鉢合わせた途端、彼女は廊下の端に身を寄せてペコリと頭を下げた。その後、私たちの目的地を察したのか、「例の予言の件ですか? 鹿の列車事故の」と同情の眼差しを寄越す。
糸井部長は複雑な表情で「ええ」と答えた。
「写真を投稿したアカウントがハヤト文体のタグをつけていたし、うちのサイトへの反響も大きかったので。抜粋元がコモンズ・ギャラリーに公開されてる作品で、すでにタイトルも拡散されてるみたいなんだ。しかも、その作品は自分が翻案した小説だと主張する投稿が複数あって」
「それは……、大変そうですね」
ご愁傷さまですと言いたげだった顔が、何か思い出したようにパッと私に向けられた。
「あのっ、そう言えば、『Deeeeep★Oracle』っていうサイトができたみたいですね」
私と糸井部長とが顔を見合わせて苦笑を浮かべると、小山内さんはそれも私たちの悩みの種だと気づいたようだった。
「やっぱり問題ですよね」
「まあ、そうですね。あのサイト、ちょうど月が変わった6月1日の深夜零時に開設したみたいで、その後すぐ関連投稿の拡散傾向が検知されて、アラート通知が夜中に届いたんです」
私のあとに糸井部長がさらに続けた。
「緊急度が低レベルで、プッシュ通知がなかったんだ。私は朝起きてから気づいたんだけど、本宮さんは夜中に通知に気づいたらしくて、昨日出勤したときにはすっかり把握してたんだよ」
「へえ〜、さすが平井先生の担当者ですね」と、小山内さんはまっすぐ私を見た。実際、勤務時間外にもDチャットを確認するのが癖になったのは、ハヤト君の担当になった後だ。
ハヤト君が関連するPitter投稿は、良い意味でも悪い意味でも拡散しやすい。ファンが好意的な投稿をしても、それに対してアンチAIが悪意ある絡みをして炎上する可能性もある。
彼の所属事務所であるスターライト・ネクスト(SLN)は当然SNS対策をしているだろうけど、DRIのAIチームが専用のSNS解析ツールを用意したのは昨年の11月。以来、自動解析されたレポートが定期的に担当者の私と糸井部長にも共有されている。
さらに、特定の投稿が顕著な拡散傾向を見せた場合、リアルタイムアラートが発動して通知が届くことになっている。
緊急度が高い場合――すなわち、投稿にネガティブワードが含まれ、炎上の可能性が高いと判断された場合は糸井部長と佐伯部長の個人端末に直接プッシュ通知が届く。一方、悪意ある投稿とみられない場合は緊急度が低く、Dチャット経由で関係職員にアラート通知が送信され、ログイン時に確認できるようになっている。今回は後者だった。
私はいつもの習慣で寝る前にDチャットを開き、そこでアラート通知が届いているのを知った。そして、アラート通知の直後に蒼君からもメッセージが届いているのに気づいた。
『こんばんは。理久さんはログインされていなかったようなので、アラート通知は未確認だと思います。簡単に概要を送ります。
拡散傾向にある当該投稿は、AI翻案予言のまとめサイト開設を報せるPitter投稿。投稿文に「#ハヤト文体」「#AI翻案」タグがあり、サイト名が『Deeeeep★Oracle』であることから、Deeeeepファンが拡散の原動力になっている可能性。Webデザインについては素人と推測。サイト開設者はDeeeeepファンかつ予言信者の可能性大。サイト開設はおそらく6月1日0時。
サイト内容は次の①〜③がメイン。
①Pitter上の予言投稿リンク(ほぼ翻案予言botの投稿だが一部別のアカウントによる投稿もあり)
②予言元のAI翻案抜粋投稿リンク(予言文がないものも掲載)
③AI翻案抜粋元のコモンズ・ギャラリー作品へのリンク(あれば)
詳細についてはまた明日。おやすみなさい。 午前0:27・2043年6月1日』
このメッセージが送られてきたのは私がDチャットを開く5分前のこと。蒼君なら9階で解析中だろうと考え、私は当該投稿とサイトを確認した上で次のようにメッセージを送り返した。
『おつかれさま。まだサイトはざっとしか見てないんだけど、サイトを開設したのが翻案予言botっていう可能性はない? 午前0:48・2043年6月1日』
『その可能性は低いと思います。
以前話したと思いますが、翻案予言botは「#ハヤト文体」「#AI翻案」「#リテラ・ノヴァ」という目に留まりやすいタグを避け、「#AI翻案抜粋」という独自タグを使っていました。
予言投稿をしているので承認欲求はあると思いますが、『目立ちたいけど、目立ちたくない』という、矛盾した欲求を投稿から感じます。一方、『Deeeeep★Oracle』開設告知投稿は、拡散を目的として検索されやすいタグをつけ、サイト名も目を引くものにしています。
翻案予言botとサイト開設者の間に何らかの繫がりがある可能性は否定できませんが、サイト運営に翻案予言botは関わってないと思います。 午前0:52・2043年6月1日』
『同一人物だけど、意図的にキャラを変えて別人を装ってる可能性は? 午前0:53・2043年6月1日』
『ゼロではないですが、やっぱり僕は別人だと思います。
翻案予言botは、DRIやSLNに予言投稿が捕捉されないよう慎重に投稿している印象です。注目を浴び始めて開き直ったという考え方もありますが、サイト開設者には慎重さが極度に欠けています。
問題は『Deeeeep』という実在のグループ名をサイト名に入れていることです。これは商標権に関わる問題をはらんでおり、平井先生の所属事務所であるSLNが、何かしらの注意や警告をサイトに対してする可能性があります。翻案予言botであれば、そういう危ない橋は渡らない気がします。 午前0:56・2043年6月1日』
Dチャットでのこのやりとりのあと、1時間ほど『Deeeeep★Oracle』をあれこれ見て回った。そのあと蒼君の見解をベースに砂川マネージャーへのメールを作成し、翌朝に送信するよう設定。起きたら『SLNも把握しており、現在対応を検討中』と返信が届いていた。
『Deeeeep★Oracle』トップページには訪問者数が表示されているが、この時点(6月1日朝7時)で約3200人。サイト開設告知の投稿も予想したほどは伸びていなかったが、状況が変わったのは昼前のことだ。
例の、鹿による列車緊急停止を予言的中として報告する投稿がされたことで、その投稿のリポスト・リプライ数だけでなく、『Deeeeep★Oracle』の開設を告知するPitter投稿のインプレッション数、サイト訪問者数もあっという間に跳ね上がり、勤務中に再度アラート通知が届いた。
リテラ・ノヴァサイトでも『青春レイルロードは終わらない』へのアクセスが5桁に達し、他の翻案のアクセス数も増加。この騒ぎを機に翻案予言botを知ったPitterユーザーが、『Deeeeep★Oracle』のリンクをたどってコモンズ・ギャラリーを覗きにきたようだった。
この日、『Deeeeep★Oracle』サイトに繋がらなくなることが何度かあった。それも夕方には落ち着いていたが、夜になっても落ち着かないのは私と糸井部長。
出張中の佐伯部長から、『アラート通知の件について、コンテンツ・キュレーション部で状況をまとめておいてください。明日報告を聞きます。』とDチャットで指示があった。
リテラ・ノヴァへのアクセス数だけ見れば、「訪問者が増えた。わーい」で済むのだが、ことはそう単純ではない。『Deeeeep★Oracle』に掲載されたAI翻案抜粋の中には、先日の臨時会議で指摘された「DRIにデータが存在しない翻案」も含まれているのだ。
そして、サイト運営者の倫理意識の低さも頭痛の種だった。サイト名のことだけではない。訪問者数の多さに気をよくしたのか、サイトデザインに手を加え、ハヤト君本人や、彼の著作の写真を使用しはじめたのだ。
その変化に気づいたのが今朝――6月2日早朝のこと。「あのサイト自滅するかもしれないね」というのが、出勤するなり糸井部長からかけられた言葉だった。だから、小山内さんから『Deeeeep★Oracle』の話を振られ、私も部長も苦笑するしかなかったのだ。
「小山内さんはPitterでサイトのこと知ったんですか?」
私が聞くと、彼女は「はい」とうなずいた。
「PitterでDeeeeepのファンの子たちと繋がってるので、それでけっこう早く知ったんです。でも、みんな怪しいサイトじゃないかって警戒してます。勝手にDeeeeepの名前使ってるし、公式から注意されればいいのにって。
それに、朝見たら平井先生の写真まで載せてて驚きました。あれって、肖像権とかの侵害ですよね? あんなサイトに公式がOK出すはずないし、掲示板に『権利侵害の可能性がありますが、おわかりですか?』って書き込んじゃいました。私以外にもそういう書き込みがちょこちょこあるんですけど、予言が当たった当たらないっていう論争や、投稿されてる翻案抜粋の独自解釈とかで盛り上がってて埋もれちゃうんです。早く公式が動いてくれたらいいのに」
Deeeeepやハヤト君のことになると、小山内さんの饒舌スイッチが発動するらしい。糸井部長がチラと腕時計を確認したのを見て我に返ったのか、彼女はアッと声を漏らした。
「引き止めてすいません。じゃあ、これで」
小山内さんはペコッと会釈すると、ペンギンを思わせる小走りで総務に向かった。その後ろ姿に糸井部長がクスッと笑みを漏らす。
「Deeeeepが絡むと小山内さんは面白いね。あれが素なのかな」
「アラート通知がなかったら、小山内さんが一番先にサイト見つけてた気がします」
そんな話をしながら、私たちは倫理法務部に向かったのだった。




