#13 『青春レイルロードは終わらない』
電車に揺られながら、私はリテラ・ノヴァのリスニング機能で『青春レイルロードは終わらない』というタイトルの中編小説を聴いていた。
昨日、コモンズ・カフェにいるときに蒼君が見つけた、予言元となっていた翻案抜粋。それが、この『青春レイルロードは終わらない』の一部だった。
翻案元表記はなく、それはつまり、同著が60の質問によるカウンセリングデータを反映して生成された、パーソナライズ翻案だということ。当然ながら、翻案生成したユーザーは特定できないし、翻案抜粋を投稿したのが生成者本人かどうかもわからない。PitterのDMで問い合わせれば「はい」「いいえ」いずれかの答えが得られるかもしれないが、それを裏付ける証拠はないのだ。
蒼君がD-Baseで共有してくれた1000文字程度の要約によると、ストーリーは次のようなものだった。
――上流家庭に生まれた主人公は当たり前のように親の敷いたレールを歩いていたが、陰謀によって親は失脚し、主人公は自分が見下していた人々と同レベルの生活水準に落ちる。その後、人々との交流を通じて新たな世界で自分なりの価値観を見出していく――。
予言元となっている抜粋、『それは五月も終わろうとしている頃だった。僕の目の前で、目指すべき道は慈悲なく崩壊してしまったのだ。敷かれたレールの脆さに愕然としながら、転がり落ちた海で次々と打ち寄せる波に揺られている。』――この抜粋部分は、起承転結の転にあたる。
私はまさにその文章を耳で聴きながら、Pitterを開いて予言投稿へのリアクションをチェックした。すると、昨夜寝る前に見たときよりもリプライが増えている。
『5月末あと3日しかないけどいつ事故るんだろ』
『サービス業だから土日出勤。海岸沿いの路線だから怖い!』
『電車やめてバスにしたいけど、開演に間に合わない』
『海沿い電車のぶらり旅満喫中〜。騒いでるやつ頭大丈夫?』
『当たらなくても当たったって騒ぐやつが湧いてくるに一票』
翻案予言botは予言だけを淡々と投稿していて、リプライには一切反応していなかった。
一体、何の意味があってこんな投稿をしているのか。単なる承認欲求というには、投稿の裏に秘めた感情がまったく見えてこない。
昨日このアカウントを見つけた直後、蒼君は私のタブレットを使って手早くタイムラインを追った。さらに、リテラ・ノヴァサイトの検索機能で照合し、こんなふうに言っていた。
「アカウントは2042年9月に開設されていて、初投稿は2043年1月。この4カ月の空白期間は、ROMってたとも考えられますけど、アカウント名を変えたと思われるリプがついてるので、黒歴史を全削除してアカウントの運用方針を変えた可能性もあります。
1月の投稿は6件。AI翻案抜粋のタグをつけた短文投稿が3件と、それぞれに対応する予言投稿が3件。これらの翻案抜粋は、今確認したら全部コモンズギャラリーに掲載されているようです。
2月になると予言信者らしいフォロワーのリプが増えてきています。信者が投稿したAI翻案抜粋を引用して、予言を投稿するという形が生まれたのはこの頃のようです。
2月の予言投稿は4件で、そのうち他のアカウントの翻案抜粋を元にしたものが3件。3月からも同じくらいのペースで予言が投稿されています。ひとまず2月に投稿されてる分を調べたら、コモンズ・ギャラリーではヒットしませんでした。
ということは、リテラ・ノヴァで非公開選択をしたパーソナライズ翻案か、他のサービスを利用して生成したものでしょうけど、もう少し詳しく調べる必要があります。
気になるのは、ほとんどすべての予言投稿に『当たりました』という報告がついてることです。
臨時会議で糸井部長が話していた見重豪雨の予言投稿にも、この『#AI翻案抜粋』というタグがついてました。あの投稿は、この予言ムーブの流れで投稿したものかもしれませんが、翻案予言botはあの投稿には反応していない。
もしかしたら、『#リテラ・ノヴァ』のタグがついてるものは、あえて触れないようにしてるのかもしれません」
一希君が「何のために?」と問うと、蒼君は「目立たないためではないか」と言っていた。もしくは、DRIに目をつけられないようにするため。『#AI翻案抜粋』という主流ではないタグを使用しているのにも、同じような意図を感じる――と。
普段はなんでもかんでも茶化そうとする一希君が、この時は真顔で「怪しすぎるな」と口にした。そのせいもあり、私はこの翻案予言botというアカウントにカルト的な薄気味悪さを覚えずにはいられなかった。
今のところ問題は起きていないが、翻案予言botがAI翻案抜粋として1月に投稿した文章3つはリテラ・ノヴァの生成文。パブリックドメインとはいえ、誰かのカウンセリングデータが反映された翻案だ。自分の翻案が勝手に予言になっているのを知ったユーザーはどんなふうに思うのか。不快感を覚えても不思議ではない。
一方、自ら『#AI翻案抜粋』タグをつけて翻案を投稿している信者は、むしろ「予言」として翻案予言botに選ばれることを望んでいるのだろう。あえて「予言」になりそうな箇所を抜粋しているようでもあった。
思索に耽っていると、手に持ったスマホが振動して我に返った。画面の上部に表示された、『目的の笹浦駅まであと3分程度です』という通知を指でスワイプして削除する。
小説の内容はまったく頭に入っていなかった。考え事をはじめると何も耳に入らなくなるタイプだから、私は「耳で聞く派」にはなれないのだ。
イヤホンを外し、電車から降りた。地下鉄笹浦駅から階段を上って地上に出た瞬間、タイムスリップしたような感覚に包まれる。
古風な洋館と、レトロ感漂うアパートが軒を連ね、ショーウィンドウには色褪せた地球儀やアンティークのタイプライターが飾られている。人々の歩く速度もどこかゆっくりとして、ふわりと緊張が緩む、この感覚が好きだ。
横断歩道を渡ってすぐの路地に曲がると、足元はアスファルトから磨耗した石畳に変わる。道の左右に建ち並ぶのは、古民家を改装した小さな書店やギャラリー。書架の小径と呼ばれるこの一帯は、文化的な香りを残す貴重な場所として準景観保護地区に指定されている。
ガラス戸越しに、棚にぎっしり詰め込まれた古書、無造作に積み上げられた本の山、それを物色する人の姿が見えた。コネクト・アベニューの書店『Grimoire』の客とは違い、開いたそのページに記された言葉を求める客。
中には掘り出し物を見つけて『Grimoire』のような古書取扱店に売る「せどり」もいるだろうが、それでこの古書店街が維持できている部分もあるのだろうと思う。そう考えると、一概にコレクター本を否定することもできない。
軒先に並べられた古書の背表紙をながめながら、私は石畳の路をゆっくり奥へと歩いていった。時々暑さに追いやられるように店内を物色し、一冊手に取り、戻してを繰り返すこと小一時間。空腹を覚え、珈琲豆の香りに誘われるようにお気に入りのブックカフェ『紡ぎ』へと向かう。
店のシンボルである、大きなアンティークの書棚には、平成あたりまでの作家の小説が並んでいる。その奥には読書会などイベントが開かれる十畳ほどの個室があり、何もないときはガラス戸が開け放たれているのだが、今は扉が閉まった状態だった。立て看板のようなものが出ているが、なんと書いてあるのかは、棚が邪魔で読めない。
私は店員にサンドイッチとコーヒーを注文し、テーブルの上で『マルット読物6月号』を広げた。
目玉企画は翻案ショートショート・スワップ。冒頭に掲載されているのは同時企画の学生制作アニメ特集記事で、キャラクターデザインの舞台裏、声優インタビューなどがカラーページを飾り、これを見て文芸誌だと思う人はまずいないだろう。目当ての翻案小説は、アニメと漫画の間に押しつぶされるように掲載されていた。
この雑誌が匠真の元に届いた光景を想像すると、無性にいたたまれない気分になる。プライドの高い彼が『マルット読物』からの依頼を受けた理由が、もし経済的理由だったらと考えると余計に。
彼の元配偶者はそこそこ成功している事業家で、結婚している間は、匠真は母校である西京大学の非常勤講師と執筆だけをしていたらしい。しかし、離婚後は経済状態も苦しくなり、校閲・校正依頼を受けたり、文化講座の講師も掛け持ちしていると出版関係の知り合いから聞いていた。
もしかしたら、文学コモンズを拡大しようとしている私を、匠真は憎んでいるかもしれない。AIに書かせた小説を無料で提供して、それが文学の価値を下げていると考えているかもしれない。実際、リテラ・ノヴァに対してそういった批判を直接送ってくる人もいるのだ。葛藤は常に、胸の中にある。
私は運ばれてきたサンドイッチにかぶりつくと、気を取り直して雑誌の文字に目をやった。
『特別企画・翻案ショートショート・スワップ――人の手による翻案の可能性を探るため、今をときめく人気作家が互いの小説を翻案する!』
企画ページの半分を占めるレトロポップなデザインのキャラクターは、1980年代アニメ風だった。そのことに軽いめまいを覚える。
企画に参加した純文学作家は結城匠真だけ。他はSF作家が2人、ミステリー作家が1人、ホラー作家が1人。ホラー作家はアニメ化、ミステリー作家は映画化の経験がある。
『マルット読物』読者の認知度を考えると、悪くないメンバーだった。実力派揃いだし、個人的にはかなりそそられる企画。しかし、ふと思い出すのは市原の辛辣な言葉だ。
――DRIでキュレーターなんてやってると、世の中の人がみんな本読んでるような気になるけど、それ幻覚だから。
実際、そういうことなのだろう。どの作品も人間ならではの繊細な描写、AIには真似できないような読者の感情を揺さぶる表現が散りばめられ、よく8千字ほどでこんな物語が書けるものだと感嘆したが、この掌編を最後まで読める読者がどれだけいるかわからない。
作家同士がプライドをぶつけ合って生まれた5作の翻案は、玄人ウケはしても、活字慣れしていない読者は数行で読むのをやめた人もいるに違いなかった。
以前、Pitter上で行ったアンケートでは、普段小説を読まない層にとって、1万字は『長い』、2千字が『適当』という結果が出ている。気になる長編小説は、漫画化、アニメ化、実写化されるのを待つという意見も多かった。
そんな中、人間作家が流行に乗ってなんとか注目を集めようとしても、小説を読む前にタイトルの横にあるQRコードからアニメーションへと移動するだろうことは、火を見るよりも明らかだ。




