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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter4 再会
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#12 書店Grimoire

 土曜午前の地下鉄はふだんよりは空いていた。JR西京駅で降りると、大型ビジョンには清川寺のライブ映像を背景に『5月30日(土)AM10:38/予想最高気温28℃/晴れ時々曇り/降水確率20%』と表示されている。


 自動ドアを抜けてコネクト・アベニューへと入った途端、体感温度が2、3℃下った。私は腕に掛けていたカーディガンを羽織り、見慣れた地下街を人の流れに合わせて歩いていく。


 コネクト・アベニューは巨大な地下ショッピングモール兼交通ハブとして機能している。JR西京駅や地下鉄駅に直結し、平日は通勤通学、休日は観光客でごった返しているが、土曜日の今日、私の目に入るのは、スーツケースを手にした旅行者、今年流行のホットパンツを履いたティーンエイジャー、観光客用のレンタル浴衣を纏った男女。地下街の空気は平日よりどこか浮ついている。


 普段だとこのまま地下1階を奥へと進み、5番出口と書かれた看板を左へ折れる。そこはポスターも広告サイネージも何もない、タイル壁に点々と照明があるだけの素っ気ない通路。地上への階段とエスカレーターを無視して真っ直ぐ行くとDRIオフィスの入居しているビルの地下1階駐車場に出るので、そこからエレベーターで8階へ――というのがいつもの出勤ルート。


 今日の目的地はDRIではなく、6番出口近くにある地下1階の本屋だったけれど、ふと思い立ったことがあり、私は方向転換して下りのエスカレーターに乗った。


 地下3階に降り、ティーン向けのファッションストリートを抜けると、地下2階と3階とが吹き抜けになった交流広場『ハニープラザ』にたどり着く。


 イベント用の小さなステージは立ち入りできないようにロープが張られ、背面の壁に縦横3枚ずつ、計9枚のサイネージが常設されていた。映っているのは最近人気急上昇中のR&BシンガーMOka。去年デビューしたばかりだが、愛らしい見た目とは裏腹なパワフルでソウルフルな歌声が魅力だった。一方、話す時は舌足らずで、そのわりにズバズバと思ったことを口にする裏表のないキャラクターもウケている。


『MOka with 堂坂ジャズジャングル 9.15堂坂スタジアム公演抽選受付中!』


 曲の終わりに大きく画面に表示されると、映像は堂坂リゾートホテルの広告に切り替わった。足を止めてサイネージに見入っていた少女たちは興味を失い、ハニープラザを後にする。

 

 ここは、DRIの翻案ミュージックを披露する予定だった場所だ。コモンズカフェに食事に来たコネクト・アベニュー関係者が、エントランスロビーでやっていたのを見て「ハニープラザでもできないか」と打診してきたのはGW明け。


 AIチームはふたつ返事でOKし、トントン拍子で話は進んでいたはずなのに、突然の延期。臨時会議での佐伯部長の様子を思い返すと、このまま話が流れると踏んでいるに違いなかった。『リテラ・ノヴァ』の名前を出しただけで批判する反AI派がいることを考慮すると、ある意味仕方のないこととはいえ――。


「せっかくがんばってたのに」


 徹夜明けで疲れた様子の、蒼君の横顔を思い出した。あれは仕方なくやってる顔ではなく、むしろコネクト・アベニューでの翻案ミュージックを楽しみにしてる表情だった。


 今も9階のAI開発・アルゴリズム研究部フロアでPCに向かっているだろう蒼君のことを考え、ぼんやりとサイネージ広告を眺めていると不意に映像が切り替わった。8枚のサイネージそれぞれに西京観光地のライブ映像が映り、中央のサイネージにはアナログ時計が表示される。


「もう11時か……」


 私はハニープラザを離れ、本来の目的地である本屋『Grimoireグリモワール』を目指した。


 その書店は、書籍や雑誌のような紙媒体の中でもコレクターズアイテムを中心に扱う有名店。並ぶのは芸術品のように高価な装丁本や、限定部数のサイン本、ヴィンテージ本。活字離れで出版不況が叫ばれる一方で、本を単なる情報媒体ではなく、所有欲を満たすステータスシンボルとして捉え、新たな市場を開拓して成功していた。


 今日も変わらず店内は静謐な空気に包まれ、湿度と温度が管理された空間に革の匂いと上質な紙の香りが微かに漂っている。美術品のようにライトアップされた本。箔押しされた煌びやかな題字に、意匠を凝らした金具、『限定品』『初版』の文字が記されたプライスカードには、本とは思えない桁数の価格表示。


 ため息が漏れるのは、値段のせいでも装丁の美しさのせいでもなく、胸の奥から湧き上がる虚しさのせいだった。


 一番目立つ書架の中央に置かれている、平井颯人『リンデンブロッサムの羊』。彼の作家としてのデビュー作だが、Deeeeepの人気が上昇した後にアンカット豪華版として部数限定で販売されたものだ。アンティーク調の箱の中には、パラフィン紙で覆われた厚さ1センチほどの本。製本の際に化粧断ちしていないため、ペーパーナイフでカットしながら読むのだが、当然ながら切ってしまえば商品としての価値は下がる。これこそ完全なコレクターズアイテム。記された価格は、発売当初の5倍。


 ハヤト君がコレクターズ本を出したのは、この『リンデンブロッサムの羊』だけだ。出版社に勧められ(否、丸め込まれ)、すでに単行本と電子書籍として出版していた同著を豪華版として出したらしく、「あの頃は周りに流されるままに出版を承諾したんですけど、でも、あれは本じゃないですよね」と恥じ入るように口にしていた。別に悪いことではないのだけれど。


 私は彼の著作に背を向け、俗っぽい空気を漂わせる書架へと足を向けた。そこにあるのは今なお細々と発刊している専門誌や雑誌と、そのバックナンバー。探しているのは、先日発売されたばかりの『マルット読物6月号』。


 『マルット読物』は元々大衆向け文芸誌だったが、10年ほど前から小説だけでなく漫画が掲載されるようになり、最近では最新アニメ情報も載せる、総合エンタメ情報誌と化していた。雑誌がほぼ電子化する中、こうして物理的な書物として発行しつづけているのは、作家と漫画家によるコラボ企画や、デジタルディスプレイで鑑賞するにはもったいないほど貴重な挿画がいくつも掲載されているからだ。バックナンバーの中には、価格が10倍以上に跳ね上がっているものもある。


 6月号の企画は、翻案ブームに乗った『人間作家による翻案ショートショート・スワップ』というもの。5人の著名作家が互いの作品を翻案しあうというものだったが、ネット上では「6月号はハズレ」という反応が目立った。レビューサイトでは「電子版で十分」「小説いらない」と、なかなか辛辣なコメントが多い。


 翻案小説の出来がイマイチだったという理由ではなく、同時企画で翻案5作品のショートアニメを芸大の学生たちが制作していて、そっちに読者の注目が集まってしまったのだ。購入者は無料でそのアニメが見られるようになっているため、美麗な装画を掲載した号とは違って紙で持つ意味がない。


 アニメはどの芸大のものもおおむね好評。翻案についての批評は一部では盛り上がったものの、漫画やアニメ目当ての読者からは「文学界隈の選民思想うざい」なんてコメントもあり、これが『マルット読物』の現実だと思わざるを得なかった。


 私がこの翻案企画に匠真の名前を見つけたのは発売後のことだ。匠真がこの企画に参加していることに驚きを隠せなかった。この通り、『マルット読物』を文芸誌と認識している読者はほぼいない。それは作家においてもそうだ。私もまったくチェックしていなかったため、匠真の作品が載っているにも関わらず予約しそびれ、売り切れてしまった。


 もちろん電子書籍は売り切れにはならないが、作家・結城匠真の作品は実物を購入しないと気が済まなかった。ネット販売はすでに値段が上がっていたため、注文する前に『Grimoire』を確認しようと思ったのだ。


 ふと、「未練あるんですか?」という蒼君の言葉を思い出し、私は首を振ってレジに向かった。


 カウンター奥で顔をあげた店員が、私を見て「あっ」と声を漏らした。見覚えのあるその女性は、先日7階のエントランスロビーで翻案ミュージックを利用していた彼女だ。


「こんにちは。リテラ・ノヴァの方ですよね」


「はい。たまに、コモンズ・カフェでお見かけする方ですよね。先日は翻案ミュージックを」


「そうなんです、そうなんです」


 彼女は興奮気味にうなずいたあと、悲しそうに眉をハの字に垂らした。胸の名札には『店長 花尾瑞希』とある。


「あの翻案ミュージック、ハニープラザでやる予定だったじゃないですか。でも、テナント組合の頭の固い人たちが反対したらしくて」


「延期になったみたいですね。残念です」


「そうなんですよ。アンチAIが最近うるさいのは知ってますけど、何でもかんでもそんな及び腰になるのってどうかと思いませんか?

 あれ、むしろAI翻案のイメージを変えるのにすごくいいと思うんです。音楽もAIで生成されたものなんですよね? 音楽っていうか、ヒーリングミュージックみたいな感じ。クジラの鳴き声とか入ってませんでした?」


「入ってます。あとは風鈴の音とか、蝉の鳴き声とかも」


「いいですよね〜。あの翻案ミュージックはリテラ・ノヴァのサイト上ではやらないんですか? あっ、お支払いはどうされます? うちはまだ現金でも大丈夫ですよ」


 想像していたのと違い、彼女のペラペラと良く回る舌に感心していた私は、不意に現実に引き戻されて「Bodyで」と慌てて答えた。


「すいません、現金は持ってなくて」


「謝らないでください。現金で払う人は1割もいませんから。じゃあ、生体認証部位を選択してからそちらの画面にかざしてください」


 言われるがままに支払いを済ませると、花尾店長はさっきした質問を放置して話を続ける。


「でも、現金もいくらか持ち歩いたほうが安全だって、うちの父が言ってました。あ、遺言じゃないですよ。ちゃんと生きてます。東都の流通AIフリーズの時向こうで働いてて、電子決済が機能しないから鞄をひっくり返してようやく見つけた千円で水を買ったって。

 まあ、店側も釣り銭なんかほとんど準備してないから、ごちゃごちゃもめたみたいですけど、それでうちは現金も常に用意してるんです。災害時に本買いに来る人はいないだろうけど、自分用の小銭として。

 うちらの親世代はけっこう現金持ち歩いている人多いみたいですよ。西京駅周辺のここらへん一帯はAI実装の最前線だし、もし何かあったらって考えるとゾッとしますよね〜。

 あっ、変な話しちゃいましたね。お待たせしました。また、コモンズ・カフェに食べに行きますね」


 花尾店長はひたすら喋って話を完結させ、私は雰囲気に流されるまま「ぜひ」と笑顔で会釈して書店を出た。振り返って確認した書店『Grimoire』のファサードは、まさに魔法書でも売っていそうな重厚な雰囲気。


 ずいぶんお喋りな魔法使いだったみたい――そう考えると、さっきの彼女の言葉も全部魔法の呪文のように思えておかしくなった。私は笑いを堪えつつ、魔法をかけられたように銀行ATMコーナーに向かい、現金を下ろして堂京電鉄の西京駅に向かったのだった。


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