711~720
711.
雨が降ったり止んだりで、なんとなく落ち着かない。風に乗って雨粒が飛んできて冷たいが、傘を差すほどでもない。「どっちかにしろよ」灰色の空に向かって薔薇が悪態をつくが、中途半端な空は変わらない。翌日、テレビのニュースで梅雨入りしたと報じられた。
712.
鶺鴒の隣に湯呑が浮いている。隼の目には見えない何かがお茶を飲んでいるのだろう。暫くすると湯呑がテーブルに置かれ、勝手に窓が開いて閉った。「何…?」「日本て不眠の人が多いねって」ソファに落ちていた銀の砂を鶺鴒が払い落すと、伊庭がコテンと眠りに落ちた。
713.
気持ちよく晴れたので傘を干すことにした。ぽんっと傘を開くと残っていた雨粒が飛び散る。くすくすくす。楽しそうな笑い声。隼と薔薇が傘を開くたびさざめく笑い声。「あ、こら」鶺鴒の慌てた声。沸きたつ笑い声と一緒に傘がふわっと浮き上がり庭のあっちこっちへ転がっていった。
714.
「捕まえて!」珍しい鶺鴒の大声に驚いて隼が振り向けば、蟲のように小さなものがぴんぴん跳ねている。そこに雌獅子の如きかっこよさで猫の君影が前脚を振るう。だが何かも素早く身を翻し―待伏せしていた薔薇の手に捕われた。妹の手の中には「嘘」の文字が蟲のようにもがいていた。
715.
鶺鴒がコーヒーを淹れていると、窓ガラスがコツコツと叩かれた。にこにこしながら佇んでいたのは隣のおじいさんだ。ほっそりした皺だらけの手には駅前の洋菓子店の箱。五年前におじいさんが亡くなり、去年店が無くなっている。とても上手に淹れた時だけ、洋菓子のお土産がある。
716.
そこはテナントがすぐ変わる。別段客の入りが悪いようには見えないのに、コンビニも美容院もレストランも、もって半年。新しく入ったのは雑貨屋。薔薇はマグカップを買った。一月後雑貨屋は閉店した。マグを持っていて大丈夫かと珍しく怯える薔薇に兄は微笑む。「何もないよ」
717.
洗濯機を壊した…と、泡まみれで意気消沈した鶺鴒が言った。洗濯機はまるで爆弾を洗ったかのように粉々である。父は怪我はないかとちょっとテンパっただけで細かいことはスルーなようだ。「何洗ったの?」「一反木綿。花粉症に苦しんでたから洗ってやったら、目を回して錯乱したんだ」
718.
玄関に蝉の抜け殻が落ちていた。季節的には早過ぎるし、点々と道標のように一列に道路に落ちている。薔薇は道路に出てみた。道の先、抜け殻が途切れている。見ている間にひとつずつ消え、家に近付いてくる。十個程踏んで粉々にして風に飛ばす。最後の抜け殻が消え、何も起らなかった。
719.
味噌汁の入った鍋を覗いたら、グッピーが泳いでいた。優雅な尾ヒレと鮮やかな色彩を持つ小魚が煮えて湧き立つ味噌の中を突っ切ってキラキラ光る。十匹はいる。とりあえず鶺鴒を呼ぶと、味噌こし器で掬いあげ、今は住むもののない金魚鉢にいれた。今も元気に泳いでいる。
720.
空からキラキラ輝く糸が垂れていた。なぜか分からないがとても魅力的で隼は思わず手を伸ばし、慌てて引っ込めて逃げた。同じ道を薔薇も通った。やはり糸は魅力的で、薔薇は迷わずむんずと掴んで引っ張った。ぶちいぃっとえらい音がして、遥か高みから絶叫が轟いた。
お久しぶりです
約1年ぶりの更新でございます
新規縛りの方がネタがつきてきまして、久し振りに彼らにお出ましいただきました
いやあ、久々に書くととても楽しいですなぁ




