721~730
721.
喉の渇いたので台所に向かう。ポットの中の温くなった白湯を飲み、寝室へ戻ろうとした隼の目の前でTVが点いた。げ、と逃げる間もなく画面には古い映画のように縦線や黒い染みが映り込む。しかも濡れ場。ふと画面の中の二人がこちらを見た。二人がぎょっとして、TVが消えた。
722.
隼は異常に気付いた。白い卵のひとつに血管のような赤黒い模様がある。購入時こんな不気味なものがあれば店側が品物を変えてくれる筈。冷蔵庫内で発生したのか。脈打ってるように見えるのは絶対に気のせいだ。2秒後腹減ったという妹があっという間に目玉焼きにして喰ってしまった。
723.
伊庭が窓の外に向かって威嚇していた。人間には気の良い伊庭だが、同類の猫に対してはと容赦ない。背を弓なりにしカーッと牙を見せつけている。光の反射で外の様子が見えない。隼は一歩近付いて、すぐに踵を返した。窓いっぱいの毛むくじゃらの何かが震えているのが見えた気がしたから。
724.
「親父が帰ってくる…」緊迫した声で鶺鴒がつぶやく。珍しい兄の動揺した様子に弟妹もつられてきょどっていると、救命医の父が大声で帰宅を告げた。諦めたように立ち上がった鶺鴒に、父は可愛い息子よ!と抱きつく。鶺鴒の手が父の背中にしがみつく何十本もの腕をばさばさ祓っていく。
725.
とても眠くて、薔薇は床に寝そべった。全身が硬い床に沈むのではないかと思うほど体が重い。でも物凄く眠い。不安になるほど重い眠気。するとだれかが優しく肩を叩いた。頬に柔らかなものがいくつも当たり、ふっと目が覚める。背によりかかるように、桜が一枝落ちていた。
726.
毛の長い犬かと思った。公園のブランコに座った兄がじゃれつく大型犬ぐらいのものを撫でている。長毛種にしてもあまりに長い毛に気づき、隼は足を止めた。ぞわぞわ兄の足や胴に絡みつくのは女の髪だと何故か分かった。兄が手櫛でほつれをとるたび、長い髪はさらりさらりと消えていく。
727.「毎月14日はツイノベの日お題:up」
耳のそばを泡が掠めた。厚い青を貫く金色の光に向かって、銀の泡がコポコポと上がっていく。対して隼の体は沈む。冷たく重い海の深くに。静かだ。けれどその静けさが怖い。泡に手を伸ばすとパチンと割れて目が覚めた。コポコポと泡の音が耳を掠めて上がっていった。
728.
初遭遇時のインパクトの所為か鶺鴒はバイオハザードの化け物でリッカーが一番怖い。脳味噌や筋肉繊維が剥き出しで、鋭い爪と牙と舌を持つのだから恐ろしいに決まってるが今は慣れた。窓にへばりついて室内を覗くモノはリッカーに似ているが、つぶらな目があるので違うようだ。
729.
背後でゴボリと、泥が泡立つような重い音だ。薔薇は一瞬反応するが、止まらず歩き続ける。ゴボゴボと音が近づいてくる。次第に足元が泥濘はじめた。見ても普通の道路だ。ガボボルッ。ひと際大きな音、波打つ足元。頑として無視して帰った薔薇の靴は、溶けたアスファルト塗れだった。
730.
全身に汗をかいている。初夏の様な暖かさだ、汗ぐらい…いや分かってる、違う、と。隼はスクランブル交差点を急ぎ足で渡る。行き交う人々。信号機が赤くなる瞬間カランカラーンと鐘の音。隣で糸が切れたように男性が倒れた。大当たりの鐘の音が彼の手のスマホから鳴り続けていた。




