331~340
331.
テーブルの向こうに目が三対並んでいる。淵から目から上だけ覗かせた妹と二匹の愛猫だ。六つの目は、同じものを追っているのか面白いように揃って動く。止まるのも同様だ。隼としては見えないなにかが天井にいるのが気になって仕方ないが、鶺鴒は楽しげに瞳のシンクロを眺めている。
332.
ミルクのような真っ白な霧が出ていた。霧の中でなにかが動いているように見える。子どもの笑い声のようなものも聞こえる。「今日は外に出るな」背を弓なりにして威嚇する君影を宥めながら鶺鴒が凍えるような声で呟く。霧が晴れると道路には血のような奇妙な足跡がいくつもついていた。
333.
郵便受けを開くと、何頭もの揚羽蝶がひらりひらりと舞い出てきた。ぎょっとする間もなく、掌に淡く湿った冷たい朝顔の花が溢れだす。愕然としていると、まばたきと同時に揚羽蝶も朝顔の花も消え去った。「もう夏の便りかあ」二階の窓から鶺鴒が嬉しそうに笑っている。
334.
ほの暗い雨の中、水たまりを跳ね散らかして遊ぶ子どもがいた。レインコートのフードをまぶかにかぶっていて、男の子か女の子か判らない。右手に身長の二倍以上の向日葵、左手にてるてる坊主をぶら下げている。水面になにも映っていないことに気付き隼はもと来た道を引き返した。
335.
鶺鴒と隼は一卵性の双子だが不思議と見分けがつく。見間違えられることは滅多にない。曇り空に追われながら家路を急ぐ薔薇の前を、鶺鴒でも隼でもない兄が横切った。無論長兄でもない。顔は双子だが二人のうちどちらでもないのが「判る」。珍しく怖気を感じて薔薇は暫く硬直していた。
336.
眠っていると急に背中を蹴り飛ばされてベッドから転げ落ちた。怒るよりなによりびっくりして凍りついていると、隣の部屋で轟音がした。同じく転げ落ちていた兄と薔薇の部屋へ飛び込むと、妹の正拳突きが壁に埋まっていた。「当てたけど、逃げた」乱れた髪の下か覗く妹の目が怖過ぎる。
337.
「タスケテー」甲高く音声加工したような悲鳴。歯を磨いていた薔薇は、窓の外を覗いてみたりするが、人の姿はない。とりあえず口をゆすごうと蛇口をひねると、「ああああああああああああ」という悲痛な声が排水溝に吸いこまれていった。
338.
世紀の天体ショーを前にして、朝からなんとなく人の気配が色濃い。隼が窓から空を見上げると銀の針のような雨。父が日食グラスを買ってくれたが、これでは見えないだろう。薔薇は窓際で粘っている。ふと鶺鴒が来たら晴れるかと兄を見る。「頼んでみる?」何にとは訊かず大きく頷いた。
339.
薔薇がイギリスの妖精図鑑を熱心に読んでいる。「レッドキャップってさ。血は黒ずんじゃうからいつまでたっても赤く染まらなくない?」ホラーなことを真面目な顔で言った。「だからずーっと人を襲うんじゃない?」「いつか染められる日が来ると良いよね」「きれいに纏める事なのか…」
340.
不幸の手紙が来た。メールではなく葉書だ。だがクラシックだなと笑い飛ばせないほど狂気に満ちていた。むしろ呪いの手紙だ。異常に筆圧が高くハガキはほとんど真っ黒だ。鶺鴒が淡々と葉書を破り捨てるので祟られないかと怯えるが「怖がらせる事しかできないんだよ」と物憂げに呟いた。




