341~350
341.
帰り道、どうしてもお腹が空いた薔薇はスーパーの特売タイムに行きあった。幾多の苦難の末に薔薇は焼きたてのたこ焼きを手に入れた。少し歩いたところの公園のベンチで食べ始めると、魚っぽいような蛙っぽいような顔の外国人男性が怯えきった顔で逃げていった。
342.
子どもがボールを追って赤信号で飛び出した。トラックは、反射神経の限界のタイミングでブレーキをかけた。だが、絶対に間に合わない―だが見ているしか出来なかった人々の前で歩道に転がった子どもが号泣し始めた。薔薇は金属の細い腕が信号機の柱にすっと消えるのを確かに見た。
343.
割れたスイカが道端に落ちている。そうに違いない。今時果物は年中食べられる。スイカが食べたくなった誰かが買って、うっかり落として割ってしまったのだ。人の頭のわけがない。隼は自己暗示しながら通り過ぎようとした。「スイカというよりザクロじゃね?」ソレがぼそっと呟いた。
344.
鶺鴒がびくりと震えた。薔薇が兄を見ると見上げるような大男が兄の隣に立っていた。男の背中のリュックは豪快に開き、中に女の生首が逆さに入っていた。女の血の気のない唇がもごもごと動く。鶺鴒は妹の手を引いて背中に隠しながら「通報したりしないよ」女の唇がニイッと笑った。
345.
青空に白いものが点々と浮いている。鳥の群れだろうかとよく見ると、それはビニール袋だった。長距離を渡っていく鳥のようにV字の編隊を組んだいくつものビニール袋が、風をいっぱいにはらんでふわふわと上空を飛んでいく。隼の手の中でアイスの入ったビニール袋がガサガサと鳴った。
346.
どうしても喉が渇いたので自動販売機で飲み物を買うことにした。ここでは以前、手がジュースを直接渡してくれたことがあって怖いのだが…隼がペットボトルのボタンを押すと、缶コーヒーが出てきた。「すいません間違えました」手が缶を掴んで引っ込み、ペットボトルがそっと置かれた。
347.
「いい月夜ですね。わたくしが死んだのは、こんな夜でした」まどろみの中、スゴイ台詞を聞いて隼は目を覚ました。「おや弟さんを起こしてしまいました」「気にしなくていいのに」「わたくしが気にするのですよ。とても美味しそうですから」窓辺の兄の傍から何匹もの蝙蝠が飛び立った。
348.
ひそひそと小さな声がして隼は目を覚ました。薄く目を開くと小人が平身低頭している。「猫をどうにかしてください」「もう五人もやられた。甘がみでも怖いんです」「妹をどうにかしてください」「とにかく怖いとても怖い」「兄をどうにかしてください」「一番怖い」隼は無視して寝た。
349.
「1,2,3,壁たたけ」壁を向いた鶺鴒が呟くとコツコツコツと壁を叩く音。「1,2,3,壁たたけ」コツコツコツと音が近付く。いっしょに帰宅した隼と薔薇は居間の入り口で凍りついて動けない。振り向きもせず兄が言う。「1,2,3,壁たたけ。ふたりとも、逃げてくから避けて」
350.
朝、新聞を取りに行くと大きな蓮の葉っぱを傘にした燕尾服の蛙が立っていた。当然、凝固する薔薇に蛙は「新聞も牛乳も届いておりますよ」「…あ、どうも」「梅雨入りのご挨拶に参りました。暫くお世話になりますね」そう言って庭に入っていく。慌てて追うと池の水がぽちゃんと跳ねた。




