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「え? どこが?」
「俺は、『二位』や」
「……はい?」
予想外の単語に、今度は俺がフリーズする番だった。
「一位のやつが最初に断って、次に二位の俺に話が回ってきて、それを俺がさらに断ったから、推薦一位の崎本に話がいった。多分、それが真相やな」
「いや……それはさすがに想像できんかった!」
俺は思わず、食堂の天井を仰ぎながら、つっこんでしまった。まさかの三番目の打診か。
「そうやんな。普通、そこまで断られてへんと思うもんな」
ふふ、と犬星が声を立てて笑った。俺と犬星の間にあった緊張感が、ふんわりと解けていくのが分かった。
「なんだ。てっきり犬星くんがトップの天才じゃと思って大尊敬しとったのに! というか、何で犬星くんは自分が二位って分かったん?」
「俺のときも、教頭が言ったんよ。『犬星くんにぜひ引き受けてもらいたくて』って。でも俺、自分の成績開示請求せえへんかったから順位も知らんかったし。出席番号順の可能性もあるけど、流石に一学年二百人おる中で、『い』の俺に回ってくるってことはなさそうやし。『何で俺ですか? 俺が一番だったんですか?』って聞いたら、モゴモゴ言いにくそうにするし、誰かに断られて俺んところきたんだろうなって。で、『一位の人に断られたんですか?』ってカマかけて聞いたら、そうだって言うしな」
「なるほどねー」
俺としては、犬星が一位だというか予想は外れて、犬星が断ったって推理は正解。半分正解、半分外れ。
それで十分だった。一位だろうが二位だろうが、そんなことは俺にとってどうでもいい話だ。
なんだか、この俺のいい加減な推理のおかげで、犬星のエンジンもかかってきた気がする。俺は、ほっとした。
「よかった、色々すっきりした。あとさ、一昨日の入学式のとき、俺のためにわざわざ坂を走って台本取りに行ってくれたじゃろ。ちゃんとお礼言えてなかったけん、気になっとったんよ。取りに行ってくれて、サンキューね」
改めて正面からお礼を言うのは少し気恥ずかしくて、俺はわざと軽いトーンで伝えた。
犬星は一瞬、言葉に詰まったようにスプーンを握る手を止め、もごもごと言った。
「いや、俺こそ……」
バツが悪そうに視線を泳がせるその姿がおかしい。言葉数が少なくて、まわりからはすでに「マイペースなちょっと変なやつ」扱いされているけれど、俺のために全力で走ってくれて、自分のせいで俺が困っているのを心配してくれる、めちゃくちゃ良いやつじゃないか。
「そういえばさ、明日も食堂? 良かったら、これからもたまには一緒に昼ごはん食べん?」
俺が控えめに誘うと、犬星は今度こそ、心底驚いたというように目を丸くした。
「……えっ」
「えっ?」
犬星の驚きっぷりに、俺も同じように驚きを返してしまう。
「何にそんなに驚いとるん?」
「……普通さ、崎本は『なんで俺が新入生代表挨拶を断ったんか』とか、その理由を聞かんの? 俺が素直に引き受けてたら、お前はあんな面倒な大役を押し付けられずに済んだんやで? 無駄に緊張せんですんだやん」
俺は首を傾げた。
「うーん、断った理由は、興味がないこともないけど。一位の人も断っとるわけじゃし。人には色んな事情があるじゃん。春休み忙しい、とか。あとは……」
そこで俺は、言葉を切った。
頭の中に、昨日の夜に思い当たった仮説が浮かんだのだけれど、さすがにそれは自分の偏見が過ぎるかと思って、口にするのをやめたのだ。
「あとは何?」
けれど、犬星はめざとく俺の沈黙を逃さなかった。僅かだが身を乗り出して、俺を問い詰めてくる。
「……俺、そういう途中で話を隠されるの、一番嫌やねん。ちゃんと言うて」
あ、また関西弁が出てる。
俺は観念して、降参するように苦笑いを浮かべた。
「分かった、分かったよ……じゃあ言うけど、怒らんでね? もしかしてさ、関西弁を喋って、初日から悪目立ちするのが嫌だったからとか? 関西の人ってバレたくなかったとか?」
「……は?」
犬星が完全にフリーズした。
「いや! じゃけん、ごめんって言うたじゃん! 犬星くん、口数は少ないけど、たまに喋る時のイントネーションがちょっと違うなーって思っとって。しかも、全部短い言葉しか使ってなかったし。あんまり喋りたくないんかなって思ったんよ。しかも、昨日の夜にテレビで『トドーフケンミンSHOW』を観とったときにピンときたんよ! 前に番組で全国の珍しい苗字を特集しとって、確か大阪の苗字として『犬星』って紹介されとったんを思い出したわけ!」
一気にまくし立てて、俺はコップの水を一気に飲んだ。たくさん話した分、いつもより喉が渇く。
昨日までの時点で、俺は犬星が大阪の人間であると当たりをつけていた。今日、話す中で、会話が増えれば増えるほど、やっぱりイントネーションが広島人のそれとは違っていることは明白だった。
対面の犬星は、まるで未知の化け物でも見るかのような目で俺を見つめていた。
「……いや、崎本、怖いわ」
「何が!? 方言を隠したがっとるって、決めつけみたいに言って本当にごめんって!」
「いや、当たってるから怖いねん。苗字と一言二言のイントネーションだけで大阪人って見破るとか……あと、俺の気持ち当たっとるとか、なんでやねん。俺、最初のうちは目立たんように極力関西弁を隠して、口数を減らそうと思てたのに……。目立つの嫌やし、いちいち『関西弁なんや』って揶揄われるんも鬱陶しいしな」
図星だったらしい。犬星の口からは、完全に流暢で心地よい関西弁がポロポロと溢れ出していた。
そして、今の発言の中に聞き捨てならない言葉があったことを、俺は逃さなかった。
いやいやいや! と俺は首を激しく横に振った。
「待って、絶対に犬星くんの方が怖いけんね!?」
「何が怖いねん」
今度は犬星が、心外だというように綺麗な眉をひそめた。
「だって、入学式の日のホームルームの前、犬星くんはずっと机に突っ伏して寝とるフリしながら、実は腕の隙間から俺のことを覗き見しとったわけじゃろ? そのときに俺の持っとる封筒が見えたんじゃろ? 俺、そっちの方がよっぽど『怖っ!』って思ったもん!」
「それはちゃうで!!」
犬星が顔を真っ赤にして、大慌てでスプーンを振り回した。声のボリュームが上がったせいで、周囲の上級生がチラリとこちらを見たけれど、犬星はそれどころじゃないといった様子で必死に弁明を続ける。
「ずっと突っ伏しとったわけちゃうわ! 崎本が自分の世界に入ってボーッとしとったから気づかんかっただけや! 俺が顔を上げたとき、崎本が手に封筒を持ってほわーっとしとったのが視界に入っただけ! しかも、ちょっと口パクしとったで。絶対何か練習しとるやつの雰囲気やったもん。……腕の隙間から覗き見とか、そんなホラーみたいなことするわけないやろ!」
改めて、想像してみる。腕の中からじっと周囲を偵察する犬星の姿を。
――俺はとうとう我慢できずに吹き出した。
「ほんまに、想像したらめっちゃ怖いと思ったわ」
お腹を抱えて笑う俺を見て、犬星も最初はムスッとしていたけれど、やがて諦めたように「勝手に俺をヤバいやつにせんといてな」と、呆れたような、でもどこか楽しそうな笑みをこぼした。




