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小さな謎が解けたらー凸凹バディの呉日常ミステリー  作者:
第4章 君の笑顔を守りたい
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4-4

 人違い……か? いや、でも……。

 俺は必死に女の子の顔を見つめた。しかし、すぐにそれに意味はないことが分かった。

 俺は、女の子の顔を見ていないのだ。

 さっきの追跡の最中、俺は人混みを掻き分けるのに必死で、彼女のことは、ほぼ後ろ姿でしか認識していない。正面から顔をちゃんと見ていないのだ。だから、目の前の女の子がさっきの子と同一人物なのかどうか、俺の記憶では照合のしようがなかった。

 完全に困ったことになった。俺は助けを求めるように、隣に立つ環の顔を見た。

 しかし、当の環はといえば、顎に手を当てたまま「心ここにあらず」といった様子で、虚空をボーッと見つめている。

 おいおい、嘘じゃろ……!?

 さっき俺を必死に追いかけて、前髪を振り乱して汗だくになってくれた熱い環は、一体どこへ行ってしまったんだ!

 心の中で激しくツッコミを入れたが、環の意識は完全にどこか遠くへトリップしてしまっている。頼りになるはずの相棒は完全に機能停止状態。スタッフのお姉さんも、俺の手元と女の子の顔を交互に見つめながら、どう対応すべきか出方を探っている。

 この場の空気を動かせるのは、俺しかいなかった。

「あの……その、お財布……」

 女の子が、俺の手に握られた青い財布をじっと見つめながら、消え入りそうな声で呟いた。その健気な視線に、俺の胸がズキリと痛む。

「あ、えーっと……うん。このお財布、さっきあっちの呉焼きの屋台の前で拾ったんよ」

「知っとるよ。私がそこで落としたもん」

 女の子は、さも当たり前だと言わんばかりに、確信に満ちた目で俺を見上げてきた。

 どうする。どうすればいい?

 俺の頭の中で、二つの感情が激しくぶつかり合い、火花を散らし始めた。

 もし、この子が本当のことを言っているとしたら――。

 お気に入りの財布をなくして、この広い会場で、きっと焦っただろう。小学生にとって、キャラクターの財布とそこに入っている小銭は、大人にとっての何万円、何十万円にも匹敵する宝物だ。それが手元にないときは、絶望的に感じられるはず。

 俺にも記憶がある。昔、旅行先の土産物屋で買い物をした後、そこに財布を忘れてしまった。慌てて取りに行ったが、俺の財布は返ってこなかった。その後、車の中でどんなに泣いたか。

 だから、もしこれが本当にこの子の財布なら、一刻も早く手元に返して、安心させてあげたい。今すぐにでも「よかったね」って笑顔にしてあげたい。

 だけど、もし、この子が嘘をついているとしたら――?

 あるいは、同じような青い財布を持っている、まったく別の子どもの勘違いだとしたら。

 ここで俺が確認を怠り、雰囲気だけでこの子に財布を渡してしまったら、どうなる。

 あとから、本当に青いスカートをはいた子が泣きながら本部テントにやってきたとき、その財布はもうここにはない。その子に、二度と宝物は戻らない。

 そんな最悪の事態だけは、絶対に避けなければならなかった。

 嘘だと決めつけて疑いたくはないけれど、確信が持てない以上、無責任に渡すわけにはいかない。

 そうだ、まずは一緒に来ているはずの大人を確認しよう。立ち会ってもらえれば確実だ。

「お母さんかお父さんは、近くにおる? 一緒にいるなら、呼んできてもらえる?」

「お母さんもお父さんも、今、手が離せないの……。私、今は一人なの」

 女の子は、ギュッと自分の小さな手を握りしめ、寂しそうに視線を落とした。

 その表情があまりにもリアルで、俺は「余計なことを聞いて傷つけてしまったか」と激しい罪悪感に襲われた。だけど、『今は手が離せない』ということは、この会場のどこかには保護者がいるということだ。

 さて、本当にどうしたものだろうか。

 今にも大粒の涙をこぼしそうな女の子を目の前にして、俺の脳内は次のセリフのシミュレーションでパンク寸前になっていた。

 その一。

「はい、どうぞ。もう落とさんようにね」

 笑顔で渡してしまう。

 この選択肢を選べば、目の前の女の子は救われる。その瞬間は笑顔になるだろう。でも、万が一これが他の子どもの財布だった場合……別のどこかで、本当の持ち主の子の泣き顔が増えることになる。それはただの問題の先送りであり、俺の自己満足に過ぎない。できれば、確信を持って、本当の持ち主に返したい。

 その二。

「俺が財布拾った子は、君じゃないよね。服が違うもん」

 ストレートに突きつける。

 ……いや、そんな決めつけは絶対に良くない。もし、何らかの理由があって服を着替えただけだとしたら、本当のことを言っている子どもを俺の都合で泥棒扱いすることになってしまう。そんなことをして傷つけ、大声で泣かれでもしたら、申し訳なさで俺の心が潰れてしまう。

 その三。

「さっきまで、他の服着とった?」

 遠回しにカマをかけてみる。

 これは一見、悪くないように思えた。けれど、もしこの子が「誰のものでもいいから財布が欲しい」という悪知恵の回る子だった場合、こちらの意図を瞬時に察して「うん、着替えとった」と嘘の整合性を合わせてくるかもしれない。小さな子供をそんな風に疑うような真似は本当にしたくはないけれど……それでも慎重にいかなければ、本当の持ち主を守れない。

 その四。

「さっきまで、どんな服着とったか教えてくれる?」

 ディテールを質問してみる。

 これも論理的には正しいアプローチかもしれない。けれど、見知らぬ男子高校生が、年下の女の子に対して「さっきどんな服を着ていたか」を事細かに質問するのって、客観的に見ていかがなものだろうか。

 俺の気にしすぎかもしれないけれど、なんだか不審者っぽくて気持ち悪い気がする。

 何より、詰問するような口調は威圧的だ。「君を疑っているぞ」というトゲが明白に伝わって、女の子を怯えさせてしまう。

 ――本当は、信じてあげたい。

 この財布が、目の前で泣きそうになっているこの子のものであることを、何の疑いもなく信じて、今すぐ手渡して安心させてあげたい。

 でも、今俺の喉まで出かかっている言葉は、どれもこれも女の子を傷つけ、疑うようなものばかりで。何を言っても、この頼りない女の子を泣かせてしまいそうな気がする。

 板挟みになって、俺はついに、何も言えずに口を閉ざしてしまった。

 そのとき、ぽんと俺の右肩が叩かれた。

 ビクリとして横を見ると、いつの間に宇宙から帰還したのだろうか、環だった。

「崎本、財布その女の子に返してやれよ」

 いつも無愛想で、ぶっきらぼうな、あの環が、女の子に向けて、ほんの少しだけ口元を緩めて優しく微笑んでいた。さらに、かがんで女の子と目を合わせた。

 その声音には、迷いも疑いも一切混ざっていない。

「嘘ついてないんやろ」

 女の子は言葉こそ発しなかったが、環のその言葉に救われたように、大きな目に涙を溜めながら、コクコクと激しく、何度も首を縦に振った。

 環のその確信に満ちた態度に、俺の胸のモヤモヤが一瞬で吹き飛ぶ。俺は戸惑いを捨て、手の中の財布を女の子の手元へと差し出した。女の子はそれを奪い取るように両手でしっかりと受け取ると、愛おしそうに胸元にぎゅっと抱きしめた。

「それより」

 環は、まるで世間話でもするかのような淡々とした口調で、問いかけた。

「ジュース被って平気やったん?」

 ジュース……?

 突拍子もないその単語に、俺の思考は完全に停止した。何の話?

 しかし、女の子は驚く風でもなく、少しだけバツが悪そうに、でもホッとしたように小さな声を漏らした。

「……だいじょうぶだった。お着替え、ちゃんと持ってきとったけん」

「そうか、それなら気をつけてな。人がたくさんおるところで、走り回ったらダメやで。それから、持ち物の確認はちゃんとするように、な」

 環は、女の子に念を押して、満足そうに頷いた。

 それから、未だに状況が掴めずに固まっている俺の腕を引っ張り、「行くぞ」と促す。

「ごめんね、すぐ返さんで」

 俺が慌てて女の子に謝ると、女の子は財布を大事そうにポシェットにしまいながら、パッと顔を輝かせた。

「ううん! いいよ、見つけてくれてありがとう!」

 そう言って、女の子は今度こそ元気よく手を振りながら、本部テントを去っていった。その足取りは、さっきまでの重苦しさが嘘のように軽やかだった。

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