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小さな謎が解けたらー凸凹バディの呉日常ミステリー  作者:
第4章 君の笑顔を守りたい
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4-2

 ゆるキャラとこの祭りについて熱弁を振るっているうちに、じりじりと照りつける太陽の熱が、俺のシャツ越しに肌を焼き始めていた。

「ほんま、暑いな」

 環が額の汗を拭いながら呟く。本当に、今日はほぼ真夏の気温だ。まだ本格的な夏とは言い難い季節のはずなのに。年々夏が前倒しでやってきているような気がする。

 この暑さで気になるのは「彼ら」――ゆるキャラのことだ。妖精や神さまである彼らの中に「入って」頑張っている人たちは、さぞかしこんな日は辛いだろう。俺はゆるキャラの中に入ったことはないけれど、中はとてつもなく暑く、視界は小さな穴から覗く程度にかなり狭められていて、とても大変らしいと聞く。

 大好きなキャラクターたちに冷たい差し入れの一つでも持って行ってあげたいが、いかんせん、構造上その場でストローを差し込まれても飲めるキャラクターの方が圧倒的に少ない。

 どうか誰も熱中症になりませんように、と祈るような気持ちで特設ステージの方を見ると、ちょうど『みっけちゃん』のステージが始まるところだった。

 大阪府枚方市からやってきた、巫女の姿をした三毛猫の妖精。彼女も第一回の呉ご当地キャラ祭からずっと皆勤しているキャラクターで、今年もこうして元気な姿を見せてくれたことに、第一回の祭りに参加していたファンの一人として深い感慨が込み上げてくる。

「崎本、大丈夫か?」

 不意に、すぐ近くで環の低い声がして現実に引き戻された。見上げると、環が少しだけ眉の端を下げて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。どうやらボーッとステージを見つめていたせいで、熱中症で意識が朦朧としていると勘違いされたらしい。

「あ、ありがとう。……ペイ払いでいい?」

「ええよ。あとで送っといて。ほな、これ」

 環から手渡されたのは、近くのキッチンカーで買ってきてくれた「せとうちレモンスカッシュ」のプラカップだった。ストローを吸うと、キリッとしたレモンの酸味と強炭酸の刺激が、カラカラだった喉を一気に潤していく。うまい。生き返るとはまさにこのことだ。

 このままゴクゴクと一気飲みしたいところだが、キッチンカーに貼られたメニュー表には「600円」の文字。高校生の小遣いにとって、一杯600円のジュースはなかなかの高級品だ。

 なんとなく一気飲みするのはもったいなくて、俺はストローの先からチビチビと少量を口に含んでは、少しずつ喉を湿らせた。

「一気飲みせえへんの?」

「貧乏性って思ったじゃろ……。高級ジュースじゃけん、味わって飲まんとバチが当たるんよ」

 そう言って笑いながら、俺はふと、ずっと気になっていた疑問が口から出そうになった。

「そういえば、環って……」

 お金、どうしとるん?

 そう聞きそうになり、さすがにプライベートな経済事情をズカズカと尋ねるのは失礼かと思い直して、途中で言葉を無理やり飲み込んだ。だけど、遅かった。

「何」

「あ、いや……なんでもない」

 俺が適当に誤魔化そうとすると、案の定、環が深くため息をつく。

「途中でやめられるのが一番嫌って言ったやん。言い出したら最後まで言え」

 このセリフは、前にも言われたことがある。確か……初めて環と学食に行ったときか。

 レモンスカッシュに突き刺さったストローをぐるぐると回しながら、少し気まずく白状した。

「いや……環、一人暮らしじゃろ? じゃけん、普段のお金とかどうなっとるんかなって、ちょっと気になって」

「なんや、そんなことか」

 環は拍子抜けしたように肩の力を抜いた。

「ちゃんと実家から仕送りしてもらっとるよ。それに……」

 そこで今度は、環の方が言いたくなさそうに言葉を切った。

「それに?」

 俺がオウム返しに尋ねると、環は「あー」と小さく声を漏らし、自分の前髪をがしがしとかき回した。

「……言うのやめようかと思ったけど、さっき俺自身が『途中でやめるな』言うたばっかりやもんな。……それに、呉に離婚しそうな父親がたまに来るねん。そっちからも小遣い貰うがてら、たまに会っとるよ」

「え? そうなん? 呉って、お母さんの地元って言ってなかったっけ」

「そう。母親の地元。で、父親が来るのは、出張が多いからやね。もともと出張が多いんやけど、呉も行くからよろしくな言うてきて、ほんま呆れるわ。その出張の多さが離婚の原因やないか、ってつっこむ寸前やったわ」

 環は自虐的に、ふっと口元を歪めて笑ってみせた。

 けれど、俺はそれをどんな顔で受け止めていいのか分からず、ただボーッとレモンスカッシュの氷を見つめることしかできなかった。偶然の悪戯にしては、あまりにも皮肉が効きすぎている。

「まぁ、それはええよ。別に父親に恨みがあるわけでもないしな」

 環は自分で自分の話を打ち切るように、手元のカップを見つめた。

「……このレモンスカッシュ、うまいな。ほかの店の飲み物も気になるけど、さすがに節約するか。一応、親のお金やしな」

 確かに、キッチンカーでもう一杯別のジュースを買うのは、高校生の財布には優しくない。俺たちは少し歩いて、会場の端にある自動販売機へと向かった。

「あー! 大人になって自分で稼げるようになったら、この祭りの出店のジュース、端から端まで全部買って飲み比べるのになぁ!」

 自販機の前で俺が無駄に大声を上げると、

「そういう考え方が、一番子供やん」

 と、環が今度は本当に、おかしそうに声を立てて笑った。その笑顔を見て、俺の胸の奥の気まずさも、すっと引いていくのが分かった。

 150円のペットボトルのお茶を買う間も、潮風に乗って様々な美味そうな香が俺たちを誘惑してくる。

 呉名物の「がんす」を揚げる香ばしい匂い、地元の居酒屋が出している「みそだき」の甘辛い匂い。さらには、ソースが鉄板の上で焦げる、食欲をそそる匂いまで混ざってきた。

「ちょっと待って、あっちのキッチンカー、『呉焼き』出しとるじゃん!」

「くれやき? 広島風お好み焼きと違うん?」

 おぉ……。

 俺は、環の『広島風お好み焼き』と言った言葉に心の中で、ほんの少し感心した。

 呉に来たばかりのときは『広島焼き』と言っていたはずなのに、今日は『広島風お好み焼き』と言うあたり、環も少しはこっちに馴染んできたんだろう。

「違う違う! 広島のお好み焼きはキャベツと豚肉と、それからそばかうどんが定番じゃけど、呉焼きは細うどんを入れるんよ! しかも生地を半分に折りたたんで、半月型にしとるのが特徴。まぁ、これを出す店もそんなに多くないと思うけど……」

 熱弁を振るう俺の視線は、すでに隣のテントにも移っている。

「あ、でも待って! あっちにはメロンパンの店の『アイスメロンパン』もあるじゃん」

「崎本、さっきから食欲とゆるキャラに支配されすぎやろ。財布と相談するんやないんか」

「えー! どうせ昼飯食わんといけんし。ほら、あそこの牛すじのみそだきだって、めちゃくちゃ美味そうじゃん」

「……まぁ、あの牛すじは、確かに美味そうやけど」

「お、やっと乗ってきたねぇ! じゃあいくつか買って、あそこのベンチでシェアしようや」

 今日の大和波止場はどこも大盛況で、ステージ前は言わずもがな、キッチンカーや出店が並ぶエリアも常時多くの人で賑わっていた。うまく体を斜めにしながらすり抜けなければ、お互いの肩がぶつかってしまうほどの過密状態だ。

「あ、すみません」

「失礼します」

 俺の前を歩く環は、背が高くて体格が良い分、どうしても人混みの中で周囲と接触しがちだ。ジュースを持った人、焼きそばを持った人たちと、ぶつかりそうになりながら何度も頭を下げながら進む彼の後ろ姿を見て、俺は名案を思いついた。

 環の後ろにぴたりと張り付き、彼を巨大な盾にして、その後ろをついていくのだ。これなら全く人とぶつからずに進むことができる。

「崎本、ずるいやん。俺を盾にするな」

 すぐに気づいた環が、振り返ってジト目を向けてくる。

「まぁまぁ、効率的でいいじゃろ?」

 キッチンカーの列に並んでいる間も、遠くの特設ステージからは割れんばかりの歓声と、ダンスミュージックが響いてきている。

 右を見ても左を見ても、限定グッズの入った紙袋を下げた家族連れや、お目当てのキャラのぬいぐるみを愛おしそうに抱えたファンたちでごった返している。誰もが笑顔で、このお祭りを楽んでいた。

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