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小さな謎が解けたらー凸凹バディの呉日常ミステリー  作者:
第4章 君の笑顔を守りたい
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4-1

 まさか、こんなことになるなんて。

 俺と環は顔を見合わせた。

「それ私のだよ。私の財布、返して……!」

 小学校低学年ぐらいの小さな女の子が、泣きそうになりながら、小さな声で訴えかけてくる。

 俺たちは、女の子を泣かすつもりなんてない。

 子供が、みんなが、笑顔になるはずのイベントに来ているというのに。

 俺の手には、小銭が入った透明なポーチが一つ。俺のものではない。この財布は、本当の持ち主に返すべきものだ。

 でも、どう考えても、さっき財布を落とした子とは違う子がやってきて「返して」なんて言っているように思えるから……。俺はこの財布を、この目の前にいる子に渡していいものか分からなくて、途方に暮れた。


 ***


「まだ大和ミュージアムも行ったことがないのに、先にゆるキャラ祭に来るとはな」

 押し寄せる人の波と、屋台から漂うソースの香りに包まれる中で、(たまき)が呆れたように呟いた。

「まぁ、大和ミュージアムはそのうち行けばいいじゃん。常にやっとるんじゃけん。俺も去年リニューアルしてから行ってないけん、今度一緒に行こうや」

「……別に一人で行けるけど」

「まあまあ。そう言わずに」

 休日に環と会うのは、あの釣り以来、約一か月ぶりだった。この日は梅雨入り直前の、貴重な晴天。俺たちは今、呉の街を毎年熱狂させている一大イベント『呉ご当地キャラ祭』の真っ只中にいた。

「しっかし……なんやねん。この人だかりと、着ぐるみは」

「着ぐるみじゃない! ゆるキャラ!」

「おんなじやん」

「違うし! ゆるキャラに対する冒涜を許さんよ!」

 俺がおどけて指を突きつけると、環は呆れ半分に肩をすくめた。

「ほんますごい数やな。……そんなにみんなゆるキャラが好きなんか? 崎本(さきもと)も、何かお目当てとか……高校生にもなって、まさかあるんか?」

「あるよ! つーか、高校生になって、はかなり余計じゃわ。いくつになっても好きなものは好き、この前学んだじゃろ」

 俺が軽く言い返すと、環は素直に謝った。

「ごめん……」

「ええよええよ。俺もそう思うことあるもんな。環ならまあこうやって言い返せるけんええよ。今日は俺の『推し』に会いに来たんよ!」

 俺は意気揚々と、今日のメインキャストを指折り数えて説明し始めた。環は「話が長くなりそうだ」とばかりに怪訝な顔をしたが、俺は止まるつもりはない!

 まずは『呉氏』。言わずもがな、我が町・呉の顔だ。頭にデカデカと「呉」の文字を掲げた、あのシュールで愛くるしいフォルム。一度見たら忘れられない、呉における絶対王者だ。フォルムだけではない。すごいのはその動きだ。『キミクレハート』という呉のテーマソングに合わせて、ゆるキャラらしくないキレッキレの踊りを披露する。

 それから、『ふなっしー』。言わずもがな、全国的大人気キャラだ。悔しながら、呉氏よりもふなっしーを知っている人の方が多いだろう。

 この祭りにおいて、ふなっしーの存在は特別だ。

 2018年の夏、呉は大変な集中豪雨災害に見舞われた。甚大な被害が出る中、ふなっしーは復興に向けて真っ先に駆けつけてくれたのだ。さらに、全国のゆるキャラたちに支援を呼びかけ、呉で会おう!と言って呉を盛り上げ、勇気づけてくれた。ふなっしーが動けば、皆が動く。あの梨の妖精が全国の仲間たちを連れてきてくれたことで、この祭りは復興と希望の象徴になったのだ。

 そして今日、俺が何としても会いたかった本命……。

「あ! いた、さぬどん!」

「さぬ、どん?」

 環が怪訝な顔をする。香川県の『うどんの妖精♪さぬどん』。八の字になった困り眉と、分厚い唇が特徴的なキャラだ。だが、彼はただのキャラではない。とんでもなく臨機応変でかっこかわいいキャラなのだ。

 あれは昨年のステージ。子供たちとさぬどんたちが踊るはずだった曲が、手違いで「歌の入っていないカラオケ音源」になって流れたのだ。静まり返る会場。一瞬、「あれ? いつもと違う?」という雰囲気が流れた瞬間、なんとさぬどんはその場で歌い始めたのだ。

 音楽の代わりに、さぬどんのかわいらしい歌声が会場に響き渡った。しかも、曲はなんと『キミクレハート』。自分のテーマソングでもないのに、呉のテーマソングを堂々と歌い上げたのだ。

 SNSでその映像を見たとき、俺はスマホの前で感動した。あの状況で、機転を利かせて子供たちを笑顔にし続けるなんて。あれ以来、俺はさぬどんのファンである。

 環に話しながら、俺はスマホでパシャパシャとさぬどんを撮った。

「……中の人、やるな」

 俺の熱い説明と、SNSにアップされた動画を見て、環がボソリと呟く。

「中の人なんておらん! うどんの妖精さん!」

 冗談を混ぜて否定の言葉を発してみたが、俺も現実が分かっているから、苦笑いして同意する。

「俺もそう思う。運営しとる人たちの熱量、ほんま凄いよな。俺もそんな臨機応変な大人になりたいわぁ。そういえば環、大阪のどこ出身やったっけ?」

「泉佐野市やけど」

「泉佐野市!?」

 俺はおそらく、今日一番大きい声を出した。周囲の人が少し振り返る。

「なんや、いきなり……」

「泉佐野市のゆるキャラ、知らんのん!?」

「知らんし」

 平然と「知らん」と言い放つ環に対して、俺は、この世の終わりを見るような哀れみをこめて見つめた。

「環、人生半分損しとるで。泉佐野のキャラ、ぶちかわいいしかっこええで。……イヌナキンって言うんよ。大人気漫画を描いた漫画家がリライトしたデザインなんよ。ほんまに知らんのん? 正直、めちゃくちゃ好き。犬鳴山があるからイヌナキンらしいよ。というか、環も苗字に『犬』あるし、何か関係あるんかな」

「まじで? イヌナキンかぁ……。知らんかった」

 このイベントに誘ったときは、興味なさそうだったのに。今は環の目に、少しだけ光が宿る。

 きっと、環もイヌナキンの魅力に落ちる日は近い……はずだ。まぁ、そこは長い目で見ていきたいと思っている。

 バッチリ、環に今日の目的と、推しのゆるキャラを布教した俺は、まず一つ満足をしたのだった。

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